11.魔王を追う者たち
「どういう体たらくだ!」
魔王城に領兵を送り込んだプルートルの領主が怒鳴り散らす。
目の前にはあちこちケガをして、杖を突き、骨折部分に添え木をして包帯を巻いた領兵の一団がいる。数は半分に減っている……。
「それが、魔王城は既に廃墟。人っ子一人いなくなっておりまして……」
「魔王はいなかったのか!」
「いませんでした」
それにしても異様である。だったらそのまま帰ってくればいいものを、こいつらは裸に布をわずかばかりに巻いた様子。盗んできたらしい女物の服をムリヤリ着ている奴までいる。
「金目の物は?」
「ありませんでした」
「お前ら、そもそもなんでみんなやられてる?」
「そ、それは……」
まさか、接収しようとした開拓村の連中に返り討ちにあってやられましたとは口が裂けても言えない。
「帰還の途中で魔物にやられまして……」
考えていた言い訳をすると、全員うんうんうんと頷いて見せる。打ち合わせ通りである。
「弱体化したとはいえ、魔物は健在か。やっかいだな魔王城という奴は」
装備も服も奪われて丸裸にされましたとしか思えない苦しい言い訳を聞き流す。そんなことをするのは野盗盗賊のたぐいだが、自分たちの領兵がそんなものにやられっぱなしというのもおかしい話なのである。こいつらの言うことは何だか変だが、かといってそれ以外に説明もつきそうにない。
そんなことよりもっと重大なことがある。
このプルートルは魔王城に最も近い最前線都市。強固に防御を固め、多くの軍団、勇者パーティーを送り出してきた人間側の拠点である。不思議なことに魔王側からの攻撃は過去一度もなく、最前線という割には安全なのだ。そのことで潤ってきたそれなりにうまみのある領地であったのだが、肝心の魔王城がすでに無人。魔王がいなくなったとなればその存在価値はゼロになる。
「先に帰って来た勇者様のパーティーも、『今回は実入りが少なかった』と暴れていたな……」
「魔王の弱体化が行き過ぎて、今度こそ本当に勇者に討伐されてしまったのかもしれません」
魔王は有益な資源として、生かさず殺さず、略奪を続けられる程度に痛めつけるだけと教会とも勇者とも、百年も前から話は通っているはずだ。裏の取り決めである。それを勇者が破って、というかミスをして魔王をうっかり殺してしまった?
「勇者が強くなり過ぎたか、魔王が弱くなり過ぎたかして、手加減を間違えたのでは……」
魔王がその程度の強さなら、勇者に頼らずとも自分たちで魔王城の財産を根こそぎ奪えるという領主の目論見は外れてしまったことになる。魔王がいなくなってしまった魔王城など、ただの廃墟に過ぎない。
要塞都市、プルートルの存続の危機だ。
「仕方がない。国王に使者を出そう。教会にも……」
領主は頭を抱える。
甘い蜜を出し続けてくれるはずの花を摘んでしまった。
勇者め、なんてことをしてくれた。
教会はどう出るか。いや、「勇者様がついに魔王を討伐した!」と自慢げに広報するか。魔王の討伐で今まで十分に民衆の支持を集めてきた教会にとって、なんら痛手とはならないだろう。
国の経済は百年に及ぶ魔王城からの収奪で今まで十分に潤ってきた。そのため産業は発展し、生産も軌道に乗り続け、国力は豊かになっている。空前の好景気と言っていい。貨幣、流通、産業、一度整ったインフラは、何十年も国の産業を支え続ける。魔王からの財産の収奪など、きっかけに過ぎない。成長している今は、産業構造的にも、もう魔王は不要と言えた。
領の主な産業であった「魔王城」の終わりと共に、このプルートルも終焉を迎えるか……。
悪夢である。
いっそ、魔王、復活してはくれまいか。
そんなことまで考えてしまう領主であった……。
今回はちょっと短めでしたね。
次回「12.魔王、不治の病にかかる」