忍び寄る危機③王都周辺の異常
「離せえええええ」
「行かせてくれえええ」
「私も行きますわ」
「駄目だ、死にに行ってどうする」
「避難する時間はまだあるんだろ?」
寮へ戻ると食堂で何人かが騒いでいた。よく見るとリュシとマヌエーラがフル装備で外出しようとしているのを皆で止めているようだった。
「あっ! トラーオ先生、ちょうど良いところへ来た」
「ティモ! だから先生じゃねぇ」
「ちょっと冗談言ってる場合じゃないのよ」
いつもクルーなブランシュに怒られてしまった。
「どうしたの?」
「リュシ君とマヌエーラさんの領で大変な事が起こるので戻ってなんとかしたいって聞かないのよ」
「大変な事?」
「魔物氾濫が起こりそうだという兆候が見つかって調べてもらったら、やっぱり起こりそうなんだって。それで二人が少しでも戦力になりたいからって行くって……」
「行かせてくれ、トラーオも賛成してくれ」
「行ってどうするの? 魔物って数千から数万体出てくるんでしょ?」
「少しでも減らして領内の被害を減らしたい。父上達は絶対に避難しないだろうから……」
「そこにリュシが行って全滅したらどうするの?領は誰が継ぐの?」
「ううぅっ」
「しかし、貴族に生まれたからには領民を守る義務がありますわ! たとえこの身が朽ち果てようと領民の盾にならなければ……」
「マヌエーラさんも朽ちたら終わりだよ?」
「いえ、終わりません魔物に対して最後まで戦い力尽きれば、この身が無くなっても功績は未来永劫残ります。ここで王都に逃げていたという不名誉な称号をもらうくらいであれば死を選びます」
何その考え…… 怖い……
「マヌエーラさん、死んだらもうケーキとか食べられなくなりますよ?」
「大丈夫です。行く前に全財産を払ってでもヴァンサン商会のケーキは制覇して行きますから、思い残す事はありません」
「ヴァンサン商会のケーキっていまから毎月新作出るよ? いいの?」
「なんですって? ううぅぅっ…… 残念ですがそれは私の運命です、仕方ありません……」
「どうしても二人共行くの?」
「行く」「行きます」
「しょうがない、とりあえず出ていくのは明日まで待ってくれ。あと1ヶ月は余裕あるはずだから」
「なんでトラーオがその話を知っているんだ?」
「ヴァンサン商会から聞いた。当然ロンメル領にも支店があるからね。ヴァンサン商会は一時撤退を決めて全従業員と食料品以外の物資を王都へ移動する事にしたそうだ」
「なあ? 1ヶ月もあるなら騎士団がどうにかしてくれないのか?」
「ブランシュの言うことも解らないではないが、離れた場所で戦うよりも防衛力も高い王都で待ち構えるほうが殲滅させる確率が高いので多分派遣はないと思う」
「そんな…… 王都以外は見殺しにするの?」
「今から1ヶ月以内に王都へ避難させるんだと思う」
「でも私の家族は避難しないでしょう。領主として最後まで残ると思います。領兵の一部も残るはずです」
マヌエーラが寂しそうな顔をこちらに向けてきた。
「とにかく明日まで待ってくれ」
「わかりましたわ、でも明日の夕方には出ていきますわ」




