話したい 教えたい
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
知っていることってさ、どうして無性にしゃべりたくなるんだろう?
「そんなことない」って人もいるかもだけど、それって単に周りに人がいないだけじゃないだろうか?
僕はいろいろ話したい派だ。言い換えれば、「自分が、自分が」アピールしたい派だね。なんというかさ、無性に吐き出したくなるんだよ。不平不満に限った話じゃなくてさ。
――とどのつまり、誰かに構ってほしいんだろ?
うーん、それもある。でもどちらかといえば、「構いたいちゃん」ってとこ? 自分が「あらまほしき先達」になってさ、かつての自分と同じような目に遭いそう、もしくは遭っている人に、救いの手を差し伸べるんだ。
相手は助かる。僕は気持ちいい。とっても素晴らしいと思わない?
――恩着せがましくて、あんまいい印象を受けない?
いやいや、誰にだってあるでしょ? マウントとって、心地よくなりたいって気持ち。
相手をディスったり、足を引っ張ったりするなら問題あるだろうけど、助けになっているのすらダメとか……昔に嫌なことでもあった?
これでも一時期よりは、少しマシになったんだよ。僕のひけらかし欲求。というのも、小さい頃にちょっとやっかいな目に遭ってさ……。
聞いてみたい? けっこう、前のことになるんだけどね。
こーちゃんも、小さい頃からゲーマーだったろ? その情報を友達と共有するのに、学校はうってつけの場所だった。
いまみたいにメールなりLINEなりが使えない時期だったからねえ。電話も延々と使えない固定電話が主流。直接話すには、学校で顔を合わせるほか、どこかへ出かけるか相手の家にお邪魔して、時間を作るくらいしかなかったな。
僕は当時、マイナーなパソコンゲームにはまっていた。父親の趣味もあって、それなりのお値段がするゲームフロッピーを触ってきたよ。
だがみんなの話題に挙がるのはいつも、ファミコンを筆頭にした、テレビにつながる据え置き機ばかり。パソコンゲームどころか、パソコンに触っている人すら限られているのが、クラスの実情だった。
目を輝かせて、共通する話題に花を咲かせる姿を暖かく見守れるほど、僕は人間ができていない。
他人ののろけ話を、垂れ流されているのに似ている。当人たちは楽しくて仕方ないだろうが、ついていけない人間には退屈の極みだ。
彼らの口からは、僕の知っているゲームソフトのひとつも出てきやしない。
――僕のやっているゲームの話題さえ振ってくれれば、なんだって答えられるのに。教えてあげられるのに。
机に突っ伏しながら、拳をぎゅっと握りしめる。
万が一にも、僕の知る情報が出やしないかと、聞き耳だけは立てていた。そうして来る日も、来る日も期待を裏切られ続け、それでも諦めきれずに、僕はみんなの輪から外れながら、様子をうかがっていたんだ。
そして、あるゲームが発売して一ヵ月ほどが経ったころ。
手ごたえのあるパソコンゲームだと、まだ序盤ということもままある期間。でも、据え置き機のゲームにとっては、十分な時間らしい。一ヵ月前ほどの熱はたいてい冷めていて、別のゲームの話題が持ち上がることもしばしばだ。
ところが、今回はほとんどの面子が、同じゲームについて話題にし続けていた。漏れ聞いた話から、人気シリーズの最新作ということは僕も分かっている。よっぽど好きなんだなと、その時はぼんやり考えていた。
それがね、連日連日、ある町のところから話題が進まないんだ。
行き詰っているわけじゃなさそうだった。それならどこで詰まるのか、相談する奴が出てきそうなものだけど、それがない。みんな、その町に至るまで、あるいはその町自身に関する散策の成果を報告しあい、笑いあっている。
しかも話を聞いているうち、ローテーションこそしているものの、みんなは同じ話題を取り上げていることに気づいたんだ。
ほんの二日前、共有したアイテムの入手場所を、今日また確認している。話を振るのも、話を聞くのも同じ子だ。堂々と、堂々巡りしている。
ボケてんのか、と思った。
僕だったら行き詰ったところの攻略法を聞いたら、二日どころか一分だって放置したくない。すぐさまゲームを進め、そこを飛び越えたら、ぱっぱと脳の片隅へ追いやってしまう。そうして誰かに教えるとかの段になるまで、大切にしまっておくんだ。
もし、後になって同じ話を振ってこようものなら、「もう知ってる」と得意げになるだろう。そしてどこをどう乗り切ったか、聞かれもしないうちから、ひけらかすはずだ。
いまのみんなには、それがない。あたかも初めて聞いた、話したといわんばかりの、食いつきっぷりだ。演技には見えない。
最初からプレイしなおしたと話す子もいる。データが吹っ飛んだならお気の毒さまだが、あの明るい顔を見るに、自分からリスタートしたのだと分かったよ。
――何か。何か変だ。
そう感じながらも、もう一度机への突っ伏しかけた僕の肩を、いきなり揺さぶるものがあった。
最初に話題を振っていた彼だ。すでに周りのみんなが彼を必要とせず、情報を交換し合う中、「君は入らないのかい?」と首をかしげてくる。
カチンときた。ずっとこのクラスにいるなら、僕があの輪の中へ入っていける話題のないことを、知っているくせに。こうしてわざわざ来るなんて、嫌みとしか思えない。
「ほっとけよ」と突き放す僕の肩に、彼はもう一度だけポンと触れ、離れていく足音のみを残していく。僕はもう顔をあげることはしなかったけど、あれから先生が来るまでの間、彼の話す声が混じってくることはなかった。
その日の夜。僕は夢を見た。
クラスのひとりが、僕にやり込んでいるパソコンゲームのことを、尋ねてくる夢。もっとも、この瞬間は僕自身、夢だと気づいていない。
得たり、というのは、あのときを言うんだろうな。僕は得意になって、クラスメートの質問に答えた。
本題はもちろん、それによって生じる影響と対策。その先のことだって、ネタバレにならないギリギリの線を守って話した。夢の中のクラスメートは驚くくらいの聞き上手で、どんどん僕から話を引き出してくる。
話せるのが楽しかった。教えられるのが楽しかった。もしもこの頭と心のときめきを味にできたなら、すぐ口の中が熱々で香ばしい肉汁でいっぱいになると思う。
何ヵ月にも渡る雌伏は、ここでようやく終わりを告げた。飢えに飢えた腹を満たす獣のように、僕は夢の中で開示欲の解消に溺れ続けたよ。
夢から覚めた瞬間も、どきどきは残っている。数ヵ月ぶりに胸のもやもやが吹き飛び、その日は日曜日だったこともあって、揚々とパソコンゲームを立ち上げたんだ。
でも、違和感が生まれた。
僕はセーブ用のユーザーディスクを、いくつか作っている。最新のデータが何かしらの事情で使えなくなったとき、少し前からやり直せるようにだ。
僕は間違えて、その予備用のディスクを入れた。そこそこ前のデータだったから、このまま進めても、しばらくは知っている流れ。退屈な時間になるはずなんだ。
それがなかった。その部分の攻略情報が、すっぽり頭から抜けていたからだ。気づいたのは、最新のデータと並ぶほど進めたときだ。凍っていた水道から、ようやく水が噴き出したように、記憶があふれた。
忘れていたのは、夢の中でクラスメートに教えた箇所でもあったんだ。
それからも彼は、クラスの話題の火つけ役だった。
みんなも相変わらずゲームが進まず、それどころかデータを消す人も増え、聞く限りはスタート間もない地点の情報でもり上がっている。さも初めて聞いたという感じで、きらきらした表情で話していたよ。
僕はみんなほどではなかったけど、あの夢のあとはたびたび予備のセーブディスクと間違え、進めて進めて、記憶を取り戻す……を繰り返していた。
知識をひけらかす夢そのものも、たびたび見る。そのたび僕は自分が重ねた知識を吐き出し、夢の中の相手の関心を引き続けている。そして話せば話すほど、教えれば教えるほど、最初に夢で見た時と同じ、心地よさが高まっていくんだ。これまで溜まった不満もあって、僕はそれこそサルのように、快感を貪っていたよ。
学校から帰れば即ゲーム。休みの日は食っちゃ寝ならぬ、ゲームしちゃ寝の繰り返し。
ちょっとしたうたた寝でも、僕に攻略を尋ねてくれる誰かに出会えることがあったからだ。回数を重ね、忘却の法則にも感づいていた僕は、これを何よりの喜びだと思っていた。
記憶を消してゲームをし直したい。その願望が、こんな形で果たされるなんて、望外のことだ。
それを積み重ねた僕は、とうとうある日。夕飯ができた旨を告げる声で目を覚まし、ぼんやりとした心地で食卓へ下りた僕は、家族の顔を見渡して口走ってしまったんだ。
「あんたたち、誰?」と。
僕は家族の顏と名前が、認識できなくなっていたんだ。
悪ふざけと思われて、その場は大きな騒ぎにならなかった。
一晩経つと記憶も戻ったけど、学校へ向かったところ、あのゲームの話題で盛り上がっていたみんなも同じようなことを味わったらしい。
身内を含め、普通なら忘れないことを、忘れてしまっている、ということを。そしてこれまでも僕と同じ、誰かにゲームのことを話し、教える夢を見ていたということも。
件の彼は、学校に来なくなってしまった。ほどなく転校した旨が伝えられる。
僕たちは夢を見ることも、記憶が飛ぶこともなくなったけど、しばしばひどい頭痛に悩まされることになる。
それがどう漏れたか、先生の作るプリントに、「最近はやっている頭痛は、ゲームのやり過ぎが原因」とか書かれちゃってさ。ゲームプレイをだいぶ制限された時期があったんだ。
僕は彼が、夢で精気を吸うと伝わる、夢魔だったんじゃないかと思っている。
ことによっては、異性よりも優先され、大きな快楽を生むゲームとそれにまつわる欲。そんな時代に適応した、新しいタイプのね。