【7話】涙の先
初投稿です!
「うわぁーん、何も話せなかったよおー」
宮川のところから一宮が逃げ帰ってきた。
どうやら落ち込んでいるようだ。
というかほとんど泣いていた。
無理もない。
恋心抱く女子を前に失態を晒してしまったのだ。
それも昼休み、クラスの大勢が教室に居る中でだ。
そんな空間で恥ずかしい思いをすれば涙くらい出るだろう。
たぶん俺なら泣きながら家に帰ってる。
というか涙くらいで気が晴れるなら存分に流して欲しい。
俺と違い、一宮の涙には一定の需要があるのだ。
その可愛い泣き顔でみんなを癒してくれ。
案の定、耳をすませば「可愛い」や「素敵」といった一宮への言葉が聞こえてきた。
どうやらみんな一宮で癒されているらしい。
よし。俺も癒されるとするか.....
そう、一宮の真ん前というこの特等席で!
と言っても、こうなったのは全て俺のせいなのだが.....いや、俺のおかげなのだが.....
俺が話しかけてこいと言ったことが全ての発端だろう。
しかし、一宮には悪いことしたな.....
俺は少し反省する。
「大丈夫か?一宮」
「うん。なんとか」
一宮は言う。
「僕ってほんと、だめだね。宮川さんと話すことは愚か、目を見ることすら出来ないなんて.....」
「一宮.....」
「こんなんじゃ、いつまで経ってもカップルになんて.....」
悲観する一宮。
「そんなことはない。一宮は確実に成長してる」
俺は慰めようと言葉をかけた。
「嘘だよ」
しかし一宮はその言葉を遮って言う。
「成長してるわけないじゃん。適当なこと言わないで!ああ、もう。なんで僕はこんななのかなあ」
一宮は涙を流しながら、教室中に聞こえるような声で言った。
教室にはクラスメイトたちも宮川もまだ居る。
恋は盲目というけれど、確かにそうだ。
いや、本来の意味とは全く違うが。
しかし、周りが全く見えていないという点では同じだろう。
「嘘じゃない。今まで一宮は宮川に近づくこともせず、ただ見てるだけの傍観者だった。そうだろ?」
恋のキューピッド.....それはたぶん一宮の絶対的な協力者。
どんなことがあっても一宮の強い味方でいるということ。
つまり、俺がすることは.....
「うん.....そうだよ」
一宮は暗い表情で言った。
「じゃあ一歩前進したじゃないか。今まで傍観者だった一宮が宮川に名前まで呼ばれたんだぞ。これは紛れもない成長だよ」
「え.....?ほんとに?」
「本当だ」
「そ?そうかなあ?僕、成長しちゃった?」
パアッと笑顔になる一宮。
おい、いくらなんでもチョロすぎないか?
「一宮は頑張った。じゃあ次にすることはなんだ?」
「頑張る!ひたすら頑張る!」
「そうか」
「僕.....頑張る。頑張るよ。絶対に.....」
涙を拭いながら一宮は言う。
自分の無力さに打ちのめされてもいいくらいの経験をしたのにも関わらず、一宮は折れない。
外見に似合わずメンタルは一級品のようだ。
いや、チョロいだけか.....
「ああ、頑張れ一宮」
「見てろよ!絶対惚れさせてやるんだからな!」
そう言って一宮は笑った。
台詞に似合わず可愛い顔で.....だが。
昼休みも終わりに差しかかるこの時間。
授業開始まであと5分という時。
俺はトイレにいた。
尿意を催したというわけではない。
午後からの授業に向け喝を入れるため、顔を洗いに来たのだ。
何しろここ数日は色々なことがあり脳の処理が追いついていない。
それによって、まともに睡眠も取れていないのだ。
こんな状態では学生の本分である学業が疎かになってしまう。
何とかして普通の高校生活にシフトチェンジしたいのだが.....
一宮の恋のキューピッド役。普通ではない。分かっている。
しかし、もはや後戻りの出来ない所まで来てしまった。
おそらく一宮を諦めさせるか、宮川とくっつかせるかしなければ元の生活には戻れないだろう。
一宮を諦めさせること.....それは無理だ。
いや、やろうと思えばできる。
しかし、それは普通の高校生活を捨てるも同然の行為になるだろう。
つまり、俺がすることは一宮の全力サポートということだ。
まあ、宮川と一宮がカップルになるというところは想像もできないが.....
「よし!」
そう言って俺は自分の頬を叩く。
それと共に悩みも眠気も吹っ飛んでいった。
俺は顔を洗い終わりトイレから出る。
そして教室に戻ろうと歩き出した.....
瞬間、
「ごめんね」
そんな声とともに俺の視界は真っ暗になる。
聞いたことのある声だ。
忘れもしないあの声だ。
ついさっき聞いたあの声だ。
俺は何も出来ず、どこかに連れ去られる。
どうやらこの学校で誘拐事件が起こってしまったらしい。