【5話】恋のキューピッド
初投稿です!
恋のキューピッドなんて俺に務まるはずはない。
何しろ一度も恋愛経験がないのだ。
そんな俺が他人の恋をどうにかできるはずもない。
それ以前に俺と宮川は友達ですらない。
つまり、恋のキューピッドなんて夢のまた夢の話なのだ。
最も恋のキューピッドなんかになってしまったら俺は普通の高校生活を送れなくなってしまうだろう。
つまり、俺の取れる選択肢は.....
「すまん、一宮。たぶん俺じゃ力不足だ」
断ること、一択である。
「そんなことないよ。僕は青山くん以外にいないと思うんだよね!」
一宮は即答する。
何を根拠に言ってるのかは分からないがすごい自信だ。
「そんなことないと思うけどな」
「あるよ。だって僕、青山くん以外と話したことないんだもん」
「ああ。そういうことか」
「うん!」
あー、つまりあれだ。こいつ、友達いないのか。それじゃあ、しょうがないよな。
俺以外と話せないのだ。そりゃ、俺以外適任はいないだろう。
でもなぜだろう。男子からも女子からも需要ありまくりの男の娘キャラだと思うが.....
学校内のファンクラブくらいあっても不思議ではない。
いやむしろ、無い方が不思議なくらいだ。
一宮、友達いないのか.....
小動物系だし毎日、寝落ち通話とかしてるタイプだろうな。
でも友達いないから寂しくひとりきりで眠ってるんだろうな。
一宮、可哀想に.....
「一宮、寝落ち通話くらいなら俺が付き合ってやるからな」
「な、なんの話?そんな哀れんだ目で僕を見ないでよ!」
怒ったように一宮は言った。
「ぼ、僕、友達は青山くんだけで十分だよ。他にはいらないし!」
「でも彼女は欲しいんだろ?」
「欲しくない!僕が欲しいのは宮川さん」
「なあ、一宮。考えてもみてくれ、友達も作れないのに彼女なんて作れると思うか?」
「うん、思うよ!それに友達も作れないわけじゃないし、作らないだけなんだよ?」
あー出た。ぼっちの常套句だ。
だいたい友達作らないってなんだよ。
友達作れたこともないくせに。
「ねえ、勘違いだったら悪いんだけどね、青山くんもしかして嫌なのかな?恋のキューピッド」
「あ、バレたか」
嫌だろ。そりゃあ。だってなんのメリットもないんだぞ。
あるのは他人の幸福だけだ。
たぶん余程の善人でない限りこんな頼み受けたがらない。
「そう.....だよね。嫌だよね。こんな僕なんかの頼み。うん、そうだね」
一宮は暗い表情を浮かべた。
もっとグイグイ頼んで来るかと思ったのだが、意外にもあっさりと引き下がってくれた。
物わかりの良い奴で助かる。
心は傷むがこれでいいんだ。正解なんだ。
一宮、強く生きてくれ。
そう思い、俺は午後の授業が始まるまで眠ることを決めた。
声が聞こえる。
それもひとつじゃない、複数の声だ。
「うわ、最低!あいつ。春ちゃん泣いてるじゃん」
「一宮ちゃん可哀想に.....」
「一宮くん.....大丈夫かな?」
「一宮きゅん可愛すぎ!」
空耳だろうか。
俺に敵対する声と一宮を心配する声が聞こえてきた。
聞き耳を立てる。
「な、何かあったの?」
「あの青山とかいうやつが一宮ちゃんを泣かしたのよ」
「えー、どうやって?」
「なんか、汚い言葉を永遠に一宮ちゃんに聞かせてたらしいよ」
「うわあ、最低.....ホントのクズっているんだね」
どうやら空耳では無いらしい
まずい。これは非常にまずい。本当に大ピンチだ。
ひょっとすれば、いや、ひょっとしなくても俺の高校生活は今日で終わるんじゃないか?
いつの間にか俺が一宮に卑猥な言葉を言わせたということになっている。
このまま行くと確実にゲームオーバーだ。
というか一宮友達いないんじゃなかったのかよ。
さっきの会話を聞く限り、クラスの大半に好かれていた気がするのだが気のせいだろうか。
それとも俺が嫌われすぎているだけか?
いや、俺は嫌われるようなことした覚えはないぞ。
たぶん、一宮が好かれすぎているだけだろう、そう信じるしかない。
どうすればこの俺への反感を止められる?
どうすれば平凡な高校生活を再開できる?
方法はひとつである。
それも単純なことだ。
俺は後ろの一宮の席へと体を向ける。
一宮はすぐに気づき、取り繕うように言った。
「青山くん?どうしたの?」
「いや、さっきの話なんだが.....やっぱり気が変わった、やるよ恋のキューピッド」
そう。一宮の笑顔を勝ち取ること。
すなわち、恋のキューピッドを引き受けることである。
こんな頼みを引き受けるなんてもしかしたら俺は善人なのかもしれない。
それで平穏を守れるなら安いものだ。
「いや、いいよ。青山くんに迷惑かけたくないし。それに無理言って友達じゃなくなる方が嫌だからね」
そんなことはどうでもいいから、俺に恋のキューピッドやらせてください。
じゃないと俺の高校生活が終わるんです。
「一宮、そんなことで友達の縁は切れない。何があっても俺たちは友達だ!だから恋のキューピッドをやらせてくれ!頼む」
「え?ほんと!?」
「ああ」
「ほ、ほんとに?友達だよ?恋のキューピッドだよ?」
一宮は驚いた顔で言う。
「そうだな」
「信じるよ?」
「信じてくれ」
俺が本気で恋のキューピッドを引き受けるとは思って無かったのか、宮川は何度も確認してきた。
まあ、俺も引き受けるつもりは無かったが.....
「うん!えへへ、ありがとう!」
一宮はとびっきりの笑顔を見せる。
今日一番のとっておきのやつだ。
その瞬間、世界が笑顔に包まれた。
俺は争いのない平和な世界を勝ち取ることに成功した。
誰もが笑った、誰もが喜んだ、誰もが幸せになったのだ。
そう、俺以外は.........
だが、俺は高望みはしない。
俺は平穏を守れさえすればそれでいいのだ。
そう思った矢先
「青山くん、ほんとにありがとう!大好きだよ!」
興奮しているのか、一宮は教室中に響き渡るくらいのボリュームでそんなことを言った。
次の瞬間、幸せに包まれていたはずのクラスから笑顔が消え失せた。
俺の平穏は一瞬にして崩れ去る。
俺は急いで説得を試みたが無駄だった。
クラスの奴らは聞く耳を持たず、俺に敵意を向けた。
いや、俺は悪くないだろ.....むしろ被害者だ!
とは思ったが俺がそんなことを言えるはずもなく.....
俺はひたすらに一宮の好感度の高さを恨んだ。
それからのことは思い出したくもない。
おそらく生まれてから一番絶望した瞬間だったのだから。
結局、一宮に「大好き」と言ったことを訂正させることで俺は事なきを得た。
俺はもう二度と一宮には逆らわないこと決め、午後からの授業に臨んだ。
こうして俺は一宮の恋のキューピッドになったのだった。