第94話 ストレート勝負①
「バレたか。実は、ついさっきマメが潰れちゃって」
そう言って見せた黒山の左手人差し指の右側は赤く染まっていた。
「多分慣れないカットボールを投げまくったのが原因だろうな」
「そんな状態じゃもう投げられないだろ。交代しろ」
「いや、ダメだ。水谷にしろ白田にしろ投球練習もしてない状態でいきなり登板させるのはまずいだろ。このチームのエースとして、そんな無責任なことはできない。だからこの回だけは最後まで投げさせてくれ」
「確かに一理あるが、その指じゃもうもたないだろ」
「この位置のマメだとカットボールはもちろんカーブも正直厳しい。けどストレートならいけるぜ」
「まさかお前、大阪西蔭打線相手にストレートだけで勝負できるとでも思ってるのか?」
「逆に聞くけど、お前はどう思う?」
(キャッチャーとしての立場で言えば、絶対止めるべきだ。けど一野球好きとしては、この勝負、特等席のキャッチャースボックスから見てみたい……)
「ほら、お前も見てみたいだろ? 俺も最後にストレートだけで勝負してみたい。今まで大阪西蔭を抑えられたのはどうしても付け焼刃で覚えたカットボールに頼り過ぎた面があるからな。最後は本来の自分の力を試したいんだ」
「全く、しょうがねえな。水谷と白田を準備させてない状態で登板させたくないとかエースとして無責任だからとか言ってたのは建前で、本当はただただ自分がストレート勝負してみたかっただけだろ。ほんとわがままな奴だな」
「エースっていうのはわがままくらいの方が向いてるんだよ」
かくして、黒山の続投が決まった。
6番バッターの佐々木に対して、3球連続でストレート。初球は外角のストライク。2球目は内角の低めに外れてボール。3球目は外角高めの球をファールにされてカウントは1ボール2ストライクとなった。
(全球ストレートで追い込まれてもうたか。さすがにそろそろカットボールがきそうやな。いや、裏をかいてカーブか)
黒山がもうストレートしか投げられないことを知らない佐々木は、ストレートが続けば続くほど変化球への警戒を強めていった。
4球目。鶴田のサインは外角低めだったが、コントロールが乱れてど真ん中にストレートがいってしまった。
(えっ、ど真ん中?)
「ストライク! バッターアウト!」
(しかもまたストレートかいな。完全に裏かかれたわ。随分思い切った配球やな)
続く7番バッターの万場兄弟の弟浩二は、バントのサインを出されていた。
(さっき対戦した4番の万場はバッティングが明らかに下手だった。ということは双子のこいつも大したことはなさそうだ。となると、十中八九バントをやってくるはず)
鶴田は内野の守備陣にバントシフトのサインを出したあと、黒山にはバントをしづらい内角高めのサインを出した。
初球、黒山の球は内角ではなく真ん中の高めに向かっていた。
「カーン!」
浩二はなんとかバットに球を当てることはできたものの球の勢いを殺し切れずピッチャー正面に強い当たりの打球が転がった。
「セカンド!」
鶴田の声に反応した黒山は素早くセカンドへ送球した。
「アウト!」
セカンドの新垣はそのままファーストへ送球する。
「セーフ!」
ダブルプレーとはいかなかったものの、セカンドへランナーを進めることを防ぎ、2アウトランナー1塁となった。
(よし、これであと1人。この調子ならなんとか抑えられそうだな。黒山、最後まで踏ん張ってくれよ)
しかし、ここで戸次監督はチーム全員にある指示を出していた。
(黒山君はもうストレートしか投げれへん。ストレートを狙い打つんや!)
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