第76話 百瀬剛三⑥
9回表。5対0とすでに点差が5点もついていたため、試合は大阪西蔭の勝利で決まったようなものだった。しかし、こんな状況でも百瀬、川本バッテリーは最新の注意を払っていた。
「この回、万が一にもあの4番バッターまで打席を回してもうたら何が起こるかわからへん。最後まで気引き締めて投げなあかんで百瀬」
「わかっとるわ。しっかりリード頼むで」
8番の下位打線から始まるこの回だったが、百瀬は全力投球で抑えにいった。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク! バッターアウト!」
8番バッターの尾崎は為す術もなく三振に倒れた。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク! バッターアウト!」
9番バッターの鶴田も同じく三振に倒れた。これでツーアウト。もう船町北は後がなくなった。
(エースの千石ならまだしも、2番手投手の百瀬相手にこのまま無失点で終わってたまるかよ)
1番バッターの星は闘志を燃やしていた。
初球、内角を抉るカットボール。見逃しストライク!
(速っ! そろそろ疲れてきて球速も落ちてくるかと思いきや、ますます上がってんじゃねえか)
2球目、外角低めにストレート。星は打ちにいくもタイミングが合わず空振り。
(絶対絶命の大ピンチ。かくなる上は……)
3球目、百瀬が外角低めへのカットボールを投じる瞬間、星はバントの構えを見せた。
(バカの一つ覚えやな)
サードの山本を始め、大阪西蔭の内野手全員が、前の打席と同じく星がセーフティーバントを狙いにきたと瞬時に判断してバントシフトへと移行する。
(当たれ!)
星は心の中でそう願いながら、プッシュバントとバスターの中間のような独特のバッティングでバットを強引に当てにいった。
「カキーン!」
星の打球は前進していたサード山本の頭上をギリギリ超えていく絶妙なレフト前ヒットとなった。
(なんや今のバッティングは! プッシュバントでもバスターでもない中途半端なめちゃくちゃなスイング。もしかして前の打席のセーフティーバントはこの打席のための布石やったのか? だとしたらこの1番バッター、大した曲者やな)
戸次監督の中で星の評価がうなぎ上りしていたその頃、星は自分で自分の打球に驚いていた。
(今の打球、バスターでいくかプッシュバントでいくか迷って中途半端になっちゃったけど、結果的にうまくいったな。これは意外と使えるかも。そうだな……名付けてプッシュバスター。今度本格的に練習してみようかな)
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