第439話 3つのサイン
川合が3連打を浴びた後タイムを取った西郷は、マウンド上で川合とこんな会話をしていた。
「いきなりヒットを3発も打たれたらあせるかもしれないばってん、今日の球自体は悪くないたい。ただ、相手は完全に長打を捨てて確実に当てにきてるたい。バットの握りが、事前に見ていた映像と比べてもかなり短くなっているのが何よりの証拠たい」
「そんな御託はいいからよ、何かこのピンチを無失点で切り抜ける手はねえのか?」
「正直難しいたい。7番以降の下位打線ならともかく、これから控える中軸のバッター、特に4番の高見沢はバットコントロールがピカイチで、打率は今大会7割を超えているたい。しかも5番の坂崎は打率6割、6番の桜井も打率5割を超えていて油断できないたい。この強力打線相手に最小失点で切り抜けるためには……」
「ためには……」
「川合にはノーコンピッチャーに戻ってもらう必要があるたい」
「はっ? 何言ってんだ。せっかくこの甲子園にきてからコツを掴めてきたってのに、何でわざわざまたコントロールを悪くしなきゃなんねえんだよ」
「正確に言うと、ノーコンピッチャーに戻ったように見せかけるだけたい。いつデッドボールを当てられるか分からない、そんな恐怖心を与えるようなリードをすることで、少しでも相手のバッティングを乱してやる。そんな荒っぽい作戦でもしない限り、この打線は抑えられないたい」
「正直そんな作戦に乗るのは不本意だが、今の俺の実力では、こうでもしないとあいつらには勝てそうにない。その作戦、乗るぜ」
「じゃあ川合には、これからサインを3つ覚えてもらうたい」
「えっ、ストレートしか投げられない俺にサインだって? 覚えられるか心配だな」
「なに、簡単なサインたい。まずは1つ目のサイン。右手で頭を掻いてからミットを構えた時は、そのミットの位置とは上下左右真逆の位置に球を投げてもらうたい。例えば、内角低めに構えた時は外角高めみたいな感じたい。次に2つ目のサイン。右手で右膝を搔いてからミットを構えた時は、左右反対の位置に球を投げてもらうたい。例えば、外角高めに構えた時は内角の高めみたいな感じたい。そして3つ目のサイン。右手で左膝を掻いてからミットを構えた時は、上下反対の位置に球を投げてもらうたい。例えば、内角高めに構えた時は内角の低めみたいな感じたい」
「それくらいならなんとか」
「あっ、あとどこも掻かずに普通に構えた時はいつも通り構えた位置めがけて投げてくれたい」
「了解!」
「先に言っとくたいが、この局面だと1、2失点は仕方がないたい。特に4番の高見沢は甘いコースに投げたら確実に打たれるたい。だから高見沢との対戦では特に、内角ギリギリのコースにしか配球しない予定たい。中途半端に甘いコースに投げて打たれるくらいなら、ぶつけて押し出しのデッドボール。そんな気持ちで投げてもらいたいばい」
「任せとけ!」
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