キャラ弁
新しい生活にも慣れてきた可愛い少女のため、今日も男は朝から慣れた手付きで弁当を詰めていく。
もともと自分の分の弁当も作っていたので、作る量や材料としては以前と然程変わりがないのだが、何せ食べるのは小学一年生の女の子である。
ハムで作ったお花。
ハート型の卵焼き。
海苔とスライスチーズを切り貼りした、クマのおにぎり。
いつもお世話になっている料理サイトに並ぶレシピを見ては、よくそれらを作ってみたいと眺めていた。
手先が器用で細かな作業が好きな智哉にとっては、これは非常に楽しい作業である。
今回、智哉が比奈の小学校を選ぶにあたり、キャラ弁が禁止されていないかどうかも要素に入れていたというところで、どれだけ楽しみにしていたかが十分に察せられるだろう。
ちなみに、昔一度だけ一緒に暮らしてきた青年にも作ってはみたが、アラフォー男の作るキャラ弁って何の罰ゲームだ、と道路脇に転がる虫の死骸でも見るような冷たい視線を貰ったのでそれ以降は止めていた。
キャラ弁を作るおっさんは気色悪いことぐらい、一応自覚していたのだ。
自分用の弁当であれば、同じ材料でもハムと海苔とチーズは一緒くたに巻いてしまうだけだし、卵焼きも普通の形である。
ご飯もわざわざ握らないし、そのまま詰めてしまう。
それぞれの弁当が詰め終わった頃、真新しい小学校の制服を来た比奈がキッチンに現れる。
「トモくん、おはよー」
「お早うございます、比奈ちゃん。もう、お顔は洗ってきましたか?」
「うん。ちゃんと着替えも一人でできたよ」
「毎朝偉いですねぇ」
これぐらいの歳の子供がどこまで出来るのかは智哉にはわからないが、比奈は一人で着替えも出来るし、風呂にも入れるので大して手が掛からない子だ。
両親の死後は親戚に預けられていたからか、あまり我儘らしい我儘も言わないので、比奈を引き取った最初の頃は智哉は比奈の聞き分けの良さにいちいち感嘆していた。
何故なら、智哉は隆吾が十五歳の時に預かったのだが、当時の彼は今以上に智哉の言うことを全く聞かず、反抗期をかなり拗らせていたのだ。
六歳の女の子と十五歳の思春期男子を比べるのもどうかであるが、あの頃の隆吾には本当に手を焼いていた。
最近は随分と丸くなったなぁ、と智哉はしみじみと思い出す。
「……うっす」
「隆吾くんもお早うございます。ちゃんと顔は洗いましたか?」
「……後で洗う」
比奈の後ろからゆっくりとキッチンに入ってきた件の青年は、瞼が半分落ちたままの状態でまだ眠そうだった。
低血圧気味のせいか少し顔色も良くない。
二人で暮らしていた頃は、智哉がどんなに起こそうとしても隆吾が朝に起きてきたことは殆どなかった。
あれだけ悪戦苦闘していた朝起きを、小さな少女はたった一晩でさせるようにしてしまったのだから、彼女は実は魔法か何かが使えるんじゃないかと智哉は半分本気で思っている。
苦笑交じりに隆吾に声を掛ければ、覚束ない足取りで彼は冷蔵庫から野菜ジュースのパックを取り出した。
朝は何とか気合で起きれるようにはなってきたが、午前中は固形物は胃が受け付けないことを比奈に理解してもらった上での最近の隆吾の朝食である。
「相変わらず、ファンシーな弁当だな……」
「今日もトモくんのお弁当かわいいね!」
まだ蓋をしていない比奈の弁当箱の中身を覗きながら、二人がそれぞれの感想を述べた。
「今日のクマさんは上手くできたと思いますよ。明日は桜でんぶを混ぜて、ピンクのうさぎさんおにぎりにしましょうか」
「ピンク……」
「うさぎさん!」
弁当の中身で、ここまで反応が極端なのも面白いものだ。
つい、にやにやしながら二人分の弁当にそれぞれ蓋をしてハンカチで包んでいると、比奈からとある疑問が投げられた。
「トモくん、リュウちゃんのお弁当は?」
「え?」
「リュウちゃんは一緒のお弁当ないの?」
隆吾は基本的に一日中在宅しているため、普段から弁当はない。
冷蔵庫に作り置きされて入れられている物をいつも適当に食べていた。
弁当がなくても特に問題ないのだが、最近の比奈は何をするにも“リュウちゃんと一緒”がお気に入りである。
智哉は爽やかな笑みで隆吾を見遣った。
「お弁当の材料はまだ余ってますよ」
「断る」
智哉と同じものなら兎も角、比奈と一緒ということは、あの可愛らしい弁当である。
誰に見られる物でもないが、二十歳の男がそれを食すのはどうにも居たたまれない気分になる。
「……リュウちゃんは、ヒナと一緒はいや?」
お昼ごはんは同じもの食べたいな、と俯いて小さく呟いた少女の姿に、隆吾は慌ててすぐに前言を撤回した。
「嫌じゃない嫌じゃないっ。同じの食ってやるから、朝から泣くんじゃねぇ!」
そう言うと、ころりと比奈は笑顔に変えて面を上げた。
「うん!ありがとう、リュウちゃん」
「おぅ……。つーことだから、比奈の朝飯の面倒は俺が見るから…」
「はいはい。その間に隆吾くんのお弁当も作りますねー」
戸棚の奥から使っていない弁当箱を探す振りをしながら、智哉は吹き出しそうになるのを必死に堪える。
「……笑ってんじゃねぇよ」
「あいたっ。もー、痛いですよ。隆吾くん」
何度も背中を叩かれるが、それが彼の照れ隠しであることは知っているので、智哉はそのままにされておく。
子供の影響力と言うのは予想以上に計り知れないものだなぁ、と肩を震わせながら智哉は独りごちた。