焼餃子
日下部家に比奈が来て、そろそろ二週間が経つ。
ようやく煩雑な雑事にも終わりが見え、比奈の新しい小学校への転入手続きも済んだ。
色々と手間はかかるが弁護士という職業柄、裁判所や役所とのやりとりにそれほど苦がなかったのは有難いことだと、家主の智哉は一人で満足しながら今夜の夕飯になる餃子のタネの下ごしらえを終えた。
後は餃子の皮にタネを包んで焼くだけである。
一緒に暮らしている隆吾は、ほとんど家事をしない。
時々であれば掃除や洗濯をするが、料理についてはからっきしである。
智哉の雇い主の息子という微妙な関係も相俟って、甘やかしている自覚はあるが、彼はもう二十歳の大学生だ。
そろそろ自炊の一つも出来るようにさせないと、とは考えてはいるものの中々それを実行することが出来ない。
散々、隆吾でからかって遊んではいるが、智哉なりの配慮は一応しているのだ。
「比奈ちゃーん。ちょっとお手伝いお願いしてもいいですか?」
リビングで隆吾と一緒にテレビを見ていた比奈を呼べば、すぐに可愛らしい声で返事をしてキッチンへ来てくれた。
「トモくん、何のおてつだいするの?」
「餃子を一緒に作ってもらえますか?」
「はーい!ヒナね、ギョウザ大好きだから、いっぱいつくるね」
「おや、頼もしいですねぇ」
この微笑ましいやり取りだけでも、智哉にとっては比奈と一緒に暮らして良かったと思う、大きな一つだ。
隆吾の場合は、呼ぶとそのまま自室へ戻ってしまう。
そもそも会話も始まらないのだ。
家で作る餃子というのは不思議なもので、一度に何十個と作っても案外簡単に消化されてしまうものである。
「――ごちそうさまでした!」
「はい、ありがとうございます。比奈ちゃんが手伝ってくれたから、今日は一段と美味しかったですよ」
「本当に!?リュウちゃんもギョウザおいしかった?」
「そうだな」
「隆吾くん、そこはちゃんと美味しいって言いましょうよ」
小振りの餃子とはいえ、一人で四十個も食べたくせに。
「…………」
しかもその殆どが、比奈ちゃんが包んだ形の歪な餃子でしたよね。
おかげで僕は比奈ちゃんの餃子、あんまり食べれなかったんですよ。
「…………っ」
敢えて言葉にせずに、智哉は笑顔で器用に隆吾に威圧を掛けた。
食べ物の恨みというのは、いつだって恐ろしいものである。
「隆吾くーん?」
「……う、美味かった。ごちそーさん!」
ついに隆吾が白旗を上げた。
「どういたしまして!」
智哉とは全く違う、邪気のない笑顔で比奈は答えた。
親戚同士だとは聞いているが、本当にこの二人は同じ血筋なのだろうかと隆吾は本気で思った。