収集家
悪魔の通った履歴が、門に残されていた。
『えっと……324体の悪魔が、この門を通ってこちらの世界に来たみたい』
ルナが、門に触れながら言う。
『で、帰ったのは、1体だけ。その後、この門を使った記録は残ってないよ』
「じゃあ、最後に命からがら逃げ延びた悪魔が〝この門は危険だ〟と伝えたのかもな」
きっと、魔界側には〝危険、入るな!〟的な看板が置いてあるだろう。
悪魔は賢いな。人間なら、そんな看板があれば、怖いもの見たさで何人かは立ち入るはずだ。絶対。
「ルナ、急いで門を閉じましょう」
『オッケー。じゃあ、彩歌。僕の背中に手を置いて!』
彩歌は、言われた通り、ルナの背中に触る。
『軸石の力にて、急ぎ、門は閉じられる。施錠を厳にせよ!』
ルナが黄色い光を放つ。開かれていたゲートは、大きな音を立てて、勢い良く閉じた。
門には、太い閂が2本通され、金色の鎖が、蛇のように絡みつく。
雁字搦めになった鎖に、どこからともなく現れた、白く輝く錠前が、ガチリと掛けられた。
『ふう。終わったよ。これでもう、彩歌以外、誰も開けられない』
「良かった! あとは、ハンナの呪いね」
そうだな。
……あと、忘れられてるみたいだけど、一応、僕の呪いもね?
『しかし、アヤカ。1体は帰ったというが、残りの323体分の呪いは、どうなったのだろう』
だから! ひとつは僕に掛かってるんだから、322体分だってば、ブルー。
「そう言えばそうね。ハンナのおばあちゃんに〝合言葉〟を聞かれた〝軍人さん〟とやらが死んでしまったという事は、この場所では〝呪い〟の存在を知らないまま、悪魔を殺していたみたいだし」
「彩歌さん、呪いって、期限切れで消えるとか、ないの?」
「期限付きの呪いでも、発動しなければ残り続けるのよ。例えば、〝10日で死ぬ〟という呪いは、奇跡的に10日目を生き延びても、そのさらに10日後に死ぬわ」
「イヤ過ぎる。その理屈だと、死なない僕って、数時間置きに、高い所から落ちるじゃんか」
『達也氏? 呪いは、発動して効果が発揮されれば、自動的に解呪されるよ』
「だからルナ、死ななければ、もう一度、転落する事になるだろ?」
「……あ、そっか! 違うわ達也さん」
え? 何が違うの?
『タツヤ。呪いの効果は〝数時間後、高所からの落下〟だよ』
「いやいやいや。知ってるよ。僕って、雲間から墜落して、砂浜に突き刺さっても、死なないんだぞ?」
「達也さん。呪いに〝死〟は、含まれていないわ」
いやだからさ、高い所から落ちたら、死ぬじゃない。全く何を言って……
「……あれ?」
「死ななくても、落ちるだけで良いのよ! そうすれば、ハンナの呪いは解けるわ!」
なるほど! 確かに〝落下〟としか書かれていないな。死ね! とか、死ぬ! とかいう呪いじゃなくて良かった。
……まあ、普通は〝落ちるだけで良い〟とか自体、おかしいけどな。
「それじゃ、ハンナは僕が抱えて、ちょっと高いところから海へでもダイブするかな」
と言った僕を、彩歌が無表情で見ている。なぜだ?
……あ。〝抱え〟ちゃダメだ。
彩歌スイッチだ。
「そういう事なら私がやります」
ピシャリと言い切られた。
「はい! お願いします!」
『タツヤは本当に、自然体でアレだな』
「アレって何だよ! 毎回毎回!」
『なるほど。達也氏はアレなんだな。彩歌も気をつけたほうがいいよ』
ルナが彩歌の頭に登りついて、ゴニョゴニョと耳打ちしている。
「聞こえるように言ってるだろそれ!」
僕はアレじゃないぞ? 紳士なんだぞ?
『さて置き、アヤカ、300以上の呪いが向かった先はどこだろうか』
さて置かれた!
しかし、そうだな。まだこの世界のどこかで、呪いが生きていたら怖い。
「たぶん、この施設の関係者で、悪魔に止めを刺したと思われる人物に、集中したんじゃないかしら」
さっきのテーブルの上で餓死したなら、鉄の輪と鎖を取り付けた者に。
銃で打たれた傷が死因なら、弾を放った兵士に。
薬物で永遠の眠りについたなら、それを投与した者か、調剤した者に。
「……もしくは、それら全てを指示した者に?」
彩歌がそう言い終えた時、背後から拍手が聞こえた。
「いやいやいや、君たちは素晴らしいね。ようこそ、私の研究室に!」
日本語だ。戦争映画で見かけるような、古めかしい軍服を着た中年の男性が立っていた。
驚いて黙っている僕たちに、男は気さくに話し掛けてくる。
「おや? 日本語で間違いないと思ったんだが……? 你是中国人吗?」
『いや、日本人で合ってるよ。あなたは誰?』
ナイスだブルー。咄嗟に日本語で返した僕の声は、ドイツ語に変換された。
……何者か知らないが、ちょっとでもこちらをミステリアスに見せた方が良いだろう。
『ほう? なかなか賢そうな子だね。外にいる子どもたちとは、少し違う素性のようだが』
マズい。4人はどうなっている? この男に害意はあるのか?
『僕達は、ただの幼気な少年少女ですよ。それより、外の4人は無事なの?』
男は、上がっていた口角を逆方向に曲げた。
『ん? ただの子どもが、ここに至るまでの、ほぼ全てのFalleを、片端からダメにしたりはしないだろう?』
いや、誤解しないで欲しいが、それは外の4人のせいだ。
『心配ないよ。女の子が、呪いで意識を奪われかけていたので。まとめて眠らせておいた』
『それはご丁寧にどうも』
ハンナは、思った以上にヤバい状況だったようだな。
『そんなことより、私はキミの口から、ここの入り口の〝合言葉〟を聞きたいのだがね』
……なんだと?
『その呪いで、324、全ての呪いが揃うんだ』
『……323じゃなくて?』
『ハーッハッハ! やはり君達は、すべて知ってるんだね。だが、324で間違いない。最後の1匹は、私の仕掛けた爆弾で、向こうへ帰ってから数時間後に、爆死したからねえ』
魔界へ帰った最後の1体も、殺されていた。
……それを見せられたから、この門を通ろうとする悪魔は居ないんだろうな。
「達也さん。この人、いったい……」
「私かね? 君たち、魔界や呪いには詳しそうなのに、私を知らないとは。些か浅学と、言わざるを得んな」
あんたなんか、知らないよ。
……日本語うまいな。
「私の名は、デトレフ・バウムガルテン」
……ごめん、やっぱり知らないや。
「私こそは、国家社会主義ドイツ労働者党が生んだ、天才科学者にして、人間を超越した者」
あーもう! 言っちゃったよ……! デリケートなヤツだから、なるべく言わなかったのに。
……でも、やっぱりそうだったのか。
「その科学者が〝呪い〟を集めて、どうするんだ?」
あ、待てよ。これ、聞いちゃダメなヤツか!?
「もちろん、その力で、偉大なる〝総統〟を復活させ、我が民族の力を世界に知らしめるのだ!」
うわ、最悪だ……せめて、どの〝総統〟かは聞かないでおこう。
とにかく、止めないとダメな感じのヤツだな。
「あなた、複数の呪いをそんなに受けて、なぜ平気でいられるの?」
あ、そうだ。まずそっちだ。
死んじゃうような呪いばかりだろうに。
「運が良かったのだ。ここは秘密の研究施設を建設中に、偶然発見された、太古の遺跡だった。既に土砂に埋もれて出口はなかったが、悪魔が1匹、住み着いていた」
『魔界の門が、信仰の対象になってたんだね。よくあるよくある』
なにやら納得して頷いているルナ。
「門は閉じられていた。ここに居た悪魔が〝鍵〟を持っていたのだ。彼は魔界で怪我を負い、ここに逃げ込んで、鍵を掛けた。傷が癒える前に、我々に見つかってしまったがね」
デトレフは、興に乗って話を続ける。
こういう手合いは、洗いざらい喋ってくれるので便利だよな。
「その悪魔は命乞いをした。我々は彼から、魔界、悪魔、魔法、呪い、その他にも、たくさんの素晴らしい知識を得た。実に充実した日々だったよ」
魔法の無効化装置も、その知識の応用だろう。
「中でも〝呪い〟は実に面白いものだね。魔法のような儀式も呪文も必要とせず、効果を発揮する」
いや、一番のリスクがあるだろう。
……悪魔自身の死だ。
「私は、悪魔に質問をした。呪いの条件と効果は、どうやって決めるのかと。彼は無防備にも、そして愚かにも教えてくれたよ」
最高に厭らしい笑みを浮かべるデトレフ。
「〝自分で自由に決められる〟とね。歓喜したよ。私は無敵の力を得ることが出来るじゃないか!」
デトレフは、その悪魔に、あらゆる拷問を加え、薬物を投与して、呪いを強制した。
呪いの効果は〝自分が受けた呪いを身に宿し、自在に操れる〟。発動条件は〝月が出ている夜〟
「……ところで、今宵は、きれいな満月だ。おとなしく、君たちの事を教えてもらえるかな?」




