挽肉をください
『タツヤ、キミにも〝呪詛〟が追加されたよ』
ハンナの持つ呪いは〝合言葉〟を知った者全員に降りかかる。
……そして、ハンナ自身は、数時間後に死ぬ。
「ブルー、僕は良いけど、ハンナが……!」
たぶん、呪いが発動したとしても〝高所からの落下〟ぐらいで僕は死なない。
……しかし、ハンナはごく普通の女の子だ。
このままだと大変な事になるぞ!
『大丈夫だタツヤ。〝数時間後〟とあるし、こんな地下では、落下のしようがない』
あ、そうか。
でも、なるべく早く門を閉じて、ハンナの呪いを解かないと。
「あれ? そういえばブルー、お前は大丈夫なのか? 呪い」
『キミと私は一心同体だ。呪われるのも一緒なら、転落するのも一緒だよ』
なるほど、それもそうだな。
僕が死なないなら、ブルーも死なないか。
「おっとルナ、念のために、僕からの思考は読まないようにした方がいいぞ」
ルナは、僕の心が読める。
つまり、発動条件の〝合言葉〟も、読み取れてしまうかもしれない。
『ありがとう達也。大丈夫だよ。さっきからずっと、この長くてカワイイ耳で聞いてるから!』
〝精神感応〟は、呪いの話が出た時点から、オフにしてあるらしい。
……それなら、僕が喋らなければ大丈夫だ。
ちゃっかりしてるよな。
「彩歌さん、この呪い、外せそう?」
「わからないわ、試してみないと……でも、ハンナさんの呪いは〝発動状態〟になっちゃったから、私では無理かもしれない……」
『タツヤ、アヤカ、扉が開く。とにかく今は、門を閉じることに集中しよう』
そうだな。
ルナ曰く、ここのを含め、開いている4つの門は、数十年間は誰も通っていないらしいし、それより過去に来た悪魔が、居座っていなければ楽勝だ。
ハンナが扉に近付き、他の3人と僕たちは、少し離れて耳を押さえ、様子を伺っている。
『すげぇ! 本当に開いた!』
ライナルトが叫んだ。
大きな扉が、ゆっくりと、自動的に開いていく。
『ハンナ、ちょっと下がって』
僕は、瞬時に移動して、ハンナと扉の間に割り込んだ。
子どもたちには、たぶん、僕の動きは見えなかっただろうな。
『ハンナさん、先に私たちが中を確認します。もしかしたら、危険な生き物が居るかもしれないの』
彩歌も、もう隣りにいた。
あまりのスピードに、ルナは振り落とされまいと、必死で頭にへばりついている。
『え? 何?』
目をパチクリしているハンナ。
『お、お前ら、今、どうやった?』
ライナルトの声が震えている。驚かせてごめん。
でも、ハンナを守るためだ。
『ええ?! 何でタツヤとアヤカが、そこに居るの?!』
ラウラも驚いている。
そりゃそうか。暴走したユーリより早くなってるはずだもんね。
『ニンジャだ! 2人はニンジャだったの?!』
違うよダニロ。
っていうか、お前だけ、なんで嬉しそうなんだ?
『黙っててごめん。この部屋には、とても危険な世界へと繋がる門があるんだ』
『私たちは、その門を閉めに来たの。私が門を閉めて、安全を確認するまで、近づかないで』
僕と彩歌の突然の行動に、唖然とする4人。やがて、ライナルトが口を開く。
『そ、そんなこと言って、中の財宝を独り占めする気じゃないだろうな!』
『もし、この中に財宝が有ったとしても、僕たちは、そんな物に興味はない……信じてくれると嬉しい』
『ライナルトさん、ダニロさん、ハンナさん、ラウラさん。この先にあるのは、財宝ではなく、魔界への門。そして、魔界の悪魔がこちらの世界に来ているかもしれないの』
『……悪魔! じゃ、やっぱり、おばあちゃんが言ってた事は?』
『そうよ、ハンナさん。あなたのおばあちゃんは、悪魔の呪いで亡くなったの。あなたは悪くないわ』
『おばあちゃん……』
うつむいて、涙ぐむハンナ。
『僕たちが良いと言うまで、そこでじっとしていて。特に、ハンナ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……』
ハンナは顔を上げて、少し首を傾げた。
『キミの呪いは、既に発動してしまっている。この場所に居れば安全だけど、外に出たり歩き回ったりしないで欲しい』
『え?! いや! 怖い!』
ガクガクと震えだすハンナの肩を、ダニロが支える。
『だ、大丈夫! 僕がついてるから!』
よく言った! それでこそ男の子だ。
『君たちは、必ず守る、ここで待っていて欲しい』
『門を閉めたら、戻ってくるから、動かないで』
僕たちの言葉を、4人は信用してくれたようだ。
そして、扉は、完全に開いた。
「ブルー。こんなに近づくまで、お前が何も言わないという事は、中に悪魔の気配は無いんだろ?」
『さすがだね。気付いていたのかタツヤ。確かに、この部屋の中には生物は居ない。が、油断はしない方が良い。完全に反応を消せる生き物も、少なからず居るよ』
なるほど。そんなヤツも居るのか。気をつけよう。
「彩歌さん、入るよ?」
「ええ!」
そっと、部屋の中を覗く。
かなり広い部屋だ。手前には、大きな四角いテーブルがたくさん並んでいる。白い壁と白い天井。今までで一番、病院らしいデザインだ。
「な、なんだ? これ」
テーブルの上には、白骨。人間の物じゃない。というか、こんな生き物、居るのか?
頭蓋骨は長く、角のような物が生えている。背中にあるのは、羽?
腕と足には、鉄の輪が嵌められていて、鎖でテーブルに固定されている。
……なるほど、これは。
「達也さん。まさか……」
「うん。全部、悪魔だ」
驚いた事に、12基ある全ての机に、似たようなデザインの白骨が寝かされている。
「達也さん、これって、どういう事?」
「ちょっとだけ、わかって来たぞ……奥に行ってみよう」
部屋の奥に進むと、よく解らない機械や、薬品のビン、そして、様々な刃物が並んだ棚が置いてある。
更に進むと、頑丈そうな鉄格子。その中に、分厚いガラスに囲まれた小部屋があり、中には、禍々しい装飾が施された、立派な扉がある。鉄格子から先は、青黒いシミだらけだ。
「見て! 門よ! 私がいつも通っている門にそっくり!」
門の周囲には、奇妙な形をした針金がいくつもあり、そこから伸びたケーブルが、部屋の隅の古めかしい機械に接続されている。機械にはランプが灯り、計器の針が忙しそうに動いている。何十年も前から、ずっと稼働しているんだな。
「なるほど。やっぱりそういう事か」
「達也さん、何か解ったの?! ここって、何なの!」
彩歌が興奮して僕の上着の裾を引っ張る。
「ここはね、魔界から迷い込んできた悪魔を捕まえて、研究するための場所だったんだよ。きっと」
彩歌は、口に手を当てて、目を見開く。驚きで声も出ない。
「ここ、魔法使えないだろ? たぶん、あの機械が、魔法を封じているんだ」
僕はぐるりと辺りを見渡した。
「あの針金、アンテナなのかな。仕組みはわからないけど、あれから何かが出てるんだと思う」
よく見ると、ガラスの部屋だけでなく、この部屋全体に、針金が設置されている。恐らく、建物中、至る所にあるはずだ。
「魔法さえ封じれば、悪魔は人間よりちょっとだけ身体能力が高いだけだ。トラやライオンの方が怖い」
ここが、軍事的な施設なら、当然、銃火器もあっただろう。それなら、魔法なしの悪魔より、人間の方が強い。狩る側と狩られる側、立場は逆転だな。
「信じられない……何の目的でそんな……?」
「マンガなんかで、よくあるパターンだけど、悪魔とか魔法の、軍事利用だと思うよ」
……あーあ。やっぱり、一番怖いのは人間かもしれないな。




