おやじ
「なんで親父がここに居るんだよ?」
バベルの図書館の奥、隠された地下室。ここは〝禁書庫〟と呼ばれる場所らしい。
「……ふむ。まあ、座ったらどうだ?」
親父は、手に持った赤い本に目を移して、俺が座るのを待っている。相変わらず、自分のペースを崩さないなー。
言われた通り手前の椅子に座って、読んでいる赤い本にチラッと目をやると、やっと親父が口を開いた。
「……ああ。この本で合っているだろう。122ページの冒頭だ」
手渡された本の表紙には、英語で〝The history of the meteorite〟と書かれていた。
「隕石の歴史? ……そっか」
122ページをめくる。冒頭には、湖の写真と共に、
「B.C.721 58・22・22.1N 22・40・09.9E」
とだけ、書かれている。
「……エストニアだなー」
俺が呟くと、親父が軽く笑った。
「フッ……お前はやはり賢いな。我が子ながら、驚く事ばかりだ」
バレてたんだな。
まあ、気付いて無いハズが無いとは思ってたんだよなー。
「なあ、親父、なんでここに居るんだ?」
「……それは、どっちの意味だ?」
あ、そうか。そうじゃないな。
「この部屋の事が聞きたい」
「はは。つくづく頭の良い子だ。嫉妬してしまうよ。お前が思っている通り、私もバベルの図書館の〝司書〟だ」
やっぱり。
「そしてこの部屋は、持ち出しどころか、閲覧さえも禁じられた〝本〟の保管庫だ」
親父は続けて説明する。俺が質問するであろう事を、順番に。
「ここに置かれている本は、宇宙の理に影響を与えてしまうもの、読んだ者に死などの悪影響を与えるもの、読み終えることが出来なくなってしまうもの、等だ」
まずは、どんな本が〝禁書〟に指定されているのか、だが。
なるほど。禁じられて当然だなー。
「ここに入れるのは〝司書〟であり、禁書に触れる必要があり、かつ、触れても影響を受けない者だ」
そしてそう。ここに入る、条件だな。
俺はブルーの欠片とベルトの力で、死を克服出来る程の能力を手に入れた。禁書を読んでも平気になったから、ここに入れるようになったんだろう。
それと、もう一つ、聞きたいことがあるぜ。まあ、大体わかったけどな。
「私がここに居るのは、禁書に触れる必要があり、触れても影響を受けないからだ」
そうだよな。じゃあ、やっぱ、親父は……
「お前の考えを言ってみろ。もう気付いているんだろう?」
ちょっと衝撃的だけど、まあ、有り得るよな。
「親父、もう死んでるのか。今、家に居る親父は、機械人形だな?」
「正解だ。死の直前に扉が開き、精神だけここに逃げ込んだ。現実に居る私は、昔、この図書館の知識で作った人形だ。よく出来ているだろう?」
よく出来てるなんてもんじゃない。
名工神の俺でも気付かなかったんだからなー。
「では、さらにお前の疑問に答えていこう。私が死んだ事と、私がここに居る理由だな」
そう、そしてあともう一つ。
「そうそう。あの事についても聞きたいだろう」
そう。あの事だ。
まあ、今となってはどうでもいいんだけどな。
「私は半年前〝ダーク・ソサイエティ〟という組織によって殺害された。いや、正確には、その組織の幹部の1人〝アルレッキーノ〟という者の手に掛かった」
たっちゃんの話に出て来た、カマキリ怪人の名前だ。俺は気絶してたからな。
……ん? でもそれはおかしいぜ。
「ちょっと待った。たしか親父に協力を迫るために、俺を誘拐しようとしたのも、アルレッキーノだ。俺が襲われたのは、年明けだぞ?」
半年前に親父を殺したのがアルレッキーノなら、俺を誘拐しても意味がない事を知っているはずだ。
……いや、もしかして。
「アルレッキーノは、親父を殺した事を、組織に報告していない……下手すれば、組織を裏切って?」
「私もそう見ている」
得体の知れないヤツだ。アルレッキーノ。
「そして、私がこの禁書庫に居る理由だが……」
そうだぜ。禁書に触れる必要がある者がここへ入れるというなら、親父はここの本で何をしようとしているんだ?
「待っている」
「……待っている?」
俺のことを言っているなら、〝待っている〟ではなく、〝待っていた〟になるだろう。
だが、なるほど。部屋を見回すと、大体の見当がついた。
「あー。3人なんだなー?」
「フフッ、ハーッハッハ! おっとすまん。本当に頭の良い子だ。ここまで来ると、恐ろしいを通り越して、痛快だな。笑ってしまったよ」
なるほど。確かに恐怖を通り過ぎると、笑ってしまったりするぜ。さっきここで親父を見たときのようになー。
「まあ、お前は、笑いはしなかったがな」
俺の考えを読んで、そのままセリフが来る。〝精神感応〟並みだなー。
……けど、親父のは、そうじゃなくて、先読みの境地だ。俺もたまにやってしまうから気をつけないとな。気味悪がられるだろうし。
「あとひとり。その人物が来るまで、私はここに居る。幸い、暇つぶしはたっぷりあるしな。お前に渡したその赤い本は、6階の右奥にあったものだ。読んだら戻しておいてくれ」
まあ、お前も〝司書〟なら言う必要も無いだろうがな。と続けて、また笑った。
「見当はついてるのか? 3人目」
いや、違うな。ここには全ての知識が本となって存在する。
「気付いたか。確かに私は、3人目が誰であるかを知っている。お前が今置かれている状況や、今後の事、ありとあらゆる全てを、私はもう知っている。ここは、そういう部屋だ」
やっぱりな。過去の事が書かれた本は見掛けたけど、今まで、自分の未来が書かれている本は、一度も読んだことがなかった。それはきっと、〝禁書〟なんだろうなー。
「そう。未来の出来事を読んでいいのは、私のように、未来が無い者だけだ。お前が読めば、〝死なずに読み続けられる〟というだけで、嵌ってしまうだろう。危険なので抜き取って隠しておいた」
言わなくてもわかると思うが、読むな。と続ける。
「読んだ時点で未来が変わり、そのせいで本の内容が変わり、それを読むとまた未来が変わり、それを読まなくてはならず、また未来が変わる……読み終えることが出来ない本の完成というわけだなー」
普通の人間なら、本の内容が、〝この本を読み続けて、寿命を迎え、死んだ〟とかに変わるまで、無限ループだ。寿命がないなら尚更危険だ。延々と、強制的に本を読まされる事になるからなー。
「そして、私もお前に、それらの本の内容を言うことは出来ない」
そうだろう。今度は親父を介して、もっとややこしいループに陥るぜー。
……でも、それを考えると栗っちの〝未来予知〟って凄いよな。自分が予知した未来を変えても平気って、救世主、凄くねー?
「とにかく、私は待っている。お前と、もう1人。3人が揃って、ここに座る日を」
そう。椅子は3つある。ここにはきっと、もうひとり来るのだろう。
「そして、あの事についてだが」
あー。もう大体わかったから、いいけどな。
……でもまあ、直接、本人から聞きたいというのもあるな。
「私がお前に与えていた〝おもちゃ〟は、ほぼ全て、わざと失敗したものだ」
そうだよな。バベルの図書館司書が、あんなに〝失敗作〟を作りまくるはずがない。
わざわざ失敗していたのか。俺に与えるために。
「ああ。だが、お前が4年生の時に作った光線銃な」
それも知ってたのかよー! コソコソする必要、全く無かったじゃんか!
「あれは、本当に失敗作だった。お前があれを完成させた時は、笑ったよ。恐怖を通り越して、な?」




