風車の村へ
「九条くんと栗栖くんから頼まれたの」
彩歌が、二人から頼まれたその内容は〝たっちゃんに、何も伝えず、手紙をすり替えろ〟だそうだ。
「え?! どういう事? なんで大ちゃんと栗っちが……」
『九条くん、栗栖くん、彩歌です。聞こえる?』
『あー! 聞こえるぜ?』
『えへへ。僕も聞こえてるよ』
申し合わせたかのように、返事が帰ってきた。
『ちょっと、二人とも。どういう事か説明してよ!』
『お、やっぱり一悶着あったな?』
やっぱり? 何だ、やっぱりって……?
『……実は、おととい栗っちが〝未来予知〟をしたんだ』
『言わなくてごめんね』
『マジで?! なんで教えてくれなかったんだよ!』
『ゴメンなー。内容が内容だったんで、藤島さんだけに伝えることしたんだ』
『内容?』
……どんな予知を見たら、僕に内緒で手紙をすり替えるなんて事になるんだ?
『えっとね、映像は、壊れたポスト・青い手紙・炎。言葉は、星の油断・未知の敵・敗北』
そのまんまだ。
栗っち、やっぱり予知してたんだ……
『まあ、シンプルに考えると、たっちゃんかブルー、もしくは両方が油断したせいで、無警戒のまま手紙を投函したあと、未知の敵にポストを壊されて手紙を奪われ、燃やされて負ける。って事だろ』
そうだな、そうとしか思えない。
珍しく分かりやすい予知だな。
『という事で、申し訳ないけど、たっちゃんには〝油断したまま〟でいてもらおうという事になったんだ。そうすれば、予知通りになるからなー』
なるほど。僕が予知を知ってしまえば〝油断〟で手紙を燃やされる事にはならないな。そして、燃やされた手紙が偽物なら、〝敗北〟の所だけ未来が変わる。さすが大ちゃん。
『凄いね! ダイサク、カズヤ。恐れ入ったよ。そしてありがとう。〝分岐〟を失敗せずに済みそうだ』
『いや、スゴいのは藤島さんだろー。どうやって手紙を複製して、すり替えたんだ?』
思い返せば、マリルーが封筒と便箋を買った雑貨屋で、彩歌は買い物をしたいと言った。
更には、使い魔を使って、手紙を書くマリルーを観察していた。複製の為だったのか。
『オランダ語は読み書きできないけど、お絵描きは得意なのよ、私』
……模写したんだ! 宛名書きを!
見事な出来栄えだったよ。
『すり替えたのは、犬の時だよね』
『うん、ラッキーだったわ。もし犬が来なかったら、こっそり魔法で風でも起こして、手紙を飛ばそうと思っていたの』
それだと、呪文の詠唱で気付かれるかもしれないからな。ある意味グッジョブ、犬。
『それにしても〝敵〟……本当に現れたんだな。どんな奴だった?』
『子どもだったよ。たぶん、同い年くらい』
『男の子だったね。なんかちょっと、達也さんに似ていたわ』
『え、そう? 顔とか全然違ったよね?』
『いえ、そういうのじゃなくて、雰囲気……とか?』
ふーん。自分じゃ、そんなのわかんないな。
『でね、僕は、そいつに殴られて、怪我をしたんだ』
『おいおい、マジか! たっちゃん、地球と同じ頑丈さなんだろ?』
『すごいねー! 地球を殴って怪我させちゃうって』
僕以外があの攻撃を食らったら洒落になんないな。一瞬でスプラッタだ。
『いや、今にしておもえば、あの攻撃は、キミにだけ有効な特殊攻撃かもしれない。〝星の強度〟をスルーした感じだ』
そうなんだ……いやでも、そうすると奴は、こちらの事を知り過ぎてないか?
『そう、あいつ、魔法も使っていたわね』
『すごいねー! 魔法使いなの?』
『でも私、あんな魔道士、見たことないわ。それにあの若さで煉獄の魔法を使えるなんて……』
謎は深まるばかりだ。
『とにかく、今後の分岐点は慎重に行かないとなー』
『そうだねダイサク。次回からは、可能な限りの人員で望んでもらえると嬉しいのだが』
『僕も早く、土人形さんを動かせるように頑張る!』
『よろしくお願いするよ、カズヤ』
今、僕と彩歌はバスの中だ。目的地は、キンデルダイク。今のところ、敵が現れる気配はない。
『じゃあ、またね。2人とも気をつけてー!』
『ありがとう栗っち』
『俺もユーリのガジェットの修理に戻るぜー』
『頑張って、大ちゃん』
通信が切れた。そうか。みんなで一芝居打ったのが、見事にハマったんだな。
ハメられたのが自分じゃなくて敵なのは分かってるけど、なんか釈然としないのはなぜだろう。
「……という事だったの。ごめんなさい、達也さん」
申し訳なさそうに僕を見る彩歌。
「あ……いや、ナイスだったよ、彩歌さん」
まあいいか。悔しがる敵を思えば、多少は胸のすく思いだ。
バスは走る。窓からは見渡す限りの草原が見えている。あ、牛だ。
「手紙の宛て先は、マリルーの友達かな?」
宛て名にはStefan Brinkmanとある。
「彼氏よ。きっとね」
彩歌は優しい笑みを浮かべる。
「彼女、本当に楽しそうに、手紙を書いていたわ。言葉は分からなくても、それだけで分かる」
だから、守りたかったのだと彩歌は言う。
地球を破壊から遠ざける事より、マリルーの気持ちが一杯詰まった、この手紙を、彼の元に届けたいと純粋に思ったのだ。
「彩歌さん。届けよう、必ず」
僕もこの時初めて、手紙が無事で良かったと、心から思うことが出来た気がする。
「見て! 達也さん!」
「おお! ザ・オランダって感じだなあ!」
車窓から風車群が見える。
しばらくして、僕たちを乗せたバスは、ようやくキンデルダイクのバス停に到着した。




