分岐点当日 オランダ 2
オランダのポストは、赤くて横に長い。
見慣れた日本の物と形は違うが、見た目だけでポストだと分かるのはなぜだろう。
「赤いせいかしら。不思議ね」
彩歌曰く、魔界のポストも赤いらしい。、円筒形で、日本の古いポストって感じのようだ。
マリルーは、手紙をポストに投函した。これで大丈夫なのかな。
『大丈夫だタツヤ。余程の存在が干渉しない限り、手紙は目的地に行き着くはずだよ』
「余程の存在……?」
『そうだね。例えば、カズヤとか』
栗っちは〝救世主〟だ。特異点である彼なら、僕と彩歌が修正した歴史を曲げることが出来る。
『あと、ダイサクとユーリ』
「……え? そうなの!?」
『先日の戦いで、ダイサクは私のエネルギーを直接取り込めるようになった。機械仕掛けの神は〝特異点〟たりうる力だよ』
大ちゃんは、新しい力を手に入れた。変身している間だけ〝機械仕掛けの神〟と〝不老〟や〝超回復〟が特記事項に載る。
変身を解けば、今までの〝名工神〟に戻るが、ブルー曰く、変身する度に〝不老〟の効果で若返るらしいから、定期的に変身すれば僕や彩歌と同様、老いずに生き続けられるそうだ。
「じゃあ、ユーリは?」
『彼女は、この星の歴史とは外れた存在たちの末裔だ。地球のシナリオに干渉すれば、歴史は抗いきれずに曲がるだろう。〝外来種〟とはよく言ったものだ』
演劇に突然乱入した部外者が、アドリブでシッチャカメッチャカにする感じだな。いかにもユーリっぽい。
『それに、キミとアヤカ……こんなに大勢の特異点が同じ時代に居るという状況は、まさに奇跡だね。それが全員味方なのだから、とても心強いよ』
〝救星特異点〟。僕と彩歌は、地球を救うためなら、頑丈で変え難い〝歴史〟を曲げることが出来る。
『そう。特に分岐点の今、この時間に、キミ達の力は最大の効果を発揮する。その力で変えられた歴史を、修正し直すことはそうそう出来る事ではない』
そっか。それじゃ、これで任務完了だな。
『それじゃ、気をつけて帰って?』
『うん、ありがとう! またね!』
マリルーが帰っていくのを、手を振り見送る彩歌。よし、ここからは観光モードだな!
そう思っている僕の横を通り過ぎ、ポストに近づく1人の少年。
……次の瞬間、ドスンと鈍い音が響いた。
「え?」
振り返ると、ポストに穴が空き、中の手紙が地面にバラ撒かれていた。
……そして、今すれ違った少年が右手に持っているのは、先程マリルーが投函した青い封筒。
少年はこちらに向き直り、笑みを浮かべてこう言った。
「とりあえず、今回は僕の勝ち」
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続けて何かをボソボソと呟いた少年の頭上に、火の玉が現れた。これは……魔法?!
少年は、手紙を頭上にある火の玉に入れようと手を伸ばす。
『タツヤ!!』
ブルーの声で我に返った僕は、その少年に飛び掛かる。
一瞬で間を詰め、手紙を奪い返そうと手を伸ばしたが、次の瞬間、有り得ないことが起きた。
「お前、邪魔だよ」
殴られた。
何がどうなったのか分からなかったが、今までどんな攻撃にもビクともしなかった僕の体は、数メートルほどすっ飛び、道路に転がる。
「達也さん?!」
「痛い……」
『タツヤ……? 〝痛い〟だって?! 大丈夫か!』
顔を殴られて、口元から血が出ている。
そう。痛かったのだ。〝星の強度〟を持つ僕が。
「HuLex UmThel NedlE iL」
間髪入れずに呪文を唱える彩歌。頭上に銀色の氷柱のような物が数本現れ、少年目掛けて飛ぶ。
「……なんで魔道士が生きているんだ?」
そうつぶやくと、手紙とは反対の手で銀の氷柱を弾き返す。次の瞬間、少年も呪文を唱えた。
「HuLex UmThel HelFraM iL」
頭上の火の玉の隣に、もう一つ、見覚えのある赤い玉が現れた。あれは確か……!
「?! 煉獄の魔……」
彩歌が言い終わる前に、赤い玉は彩歌に命中した。吹っ飛ばされた彩歌は、はるか向こうの民家の壁に激突する。
「彩歌さん!!」
こいつ、何なんだ!?
『わからない。キミ達と戦える存在などあり得ない……』
ブルーも困惑している。得体の知れない〝敵〟。
……まさか本当に存在するなんて。
「それじゃ、ギャラリーも増えてきたみたいだし、終わりにしようか」
少年は頭上の火の玉に、手紙を焚べた。
「やめろおおおぉぉぉ!」
……青い手紙は一瞬にして灰になってしまった。
「じゃあな、また会おう。次の分岐点で」
そう言うと少年は、スゥッと煙のように姿を消した。いったい何者なんだ?
というか、何が起こったんだ??
『彩歌さん! 大丈夫?!』
『……うん。平気よ』
彩歌は立ち上がって、こちらに軽く手を振った。
『タツヤ、アヤカ、急いでここを離れよう。人が集まってきた』
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僕たちは、頭の中が色々とパニック状態のまま、郵便局から少し離れた場所に移動した。
「ブルー……ごめん。失敗だな」
『……いや、これは想定外だ。私にも予測できなかったし、カズヤでも予知出来なかったのだ。キミとアヤカは悪くない』
確かに。
栗っち自身が止まってしまう〝時神の休日〟が関係する事ならともかく、こんな大事件を栗っちが予知できなかったのは不思議だ。
「達也さん、怪我は大丈夫?」
「うん、もう全然平気」
〝超回復〟で、既に怪我は完治している。だが、それよりも……
『そうなんだ。キミが怪我をするという事は、先程の少年は、地球を破壊できる程の力を持っているという事になる』
「それに、魔法を使っていたわ。かなり高度な魔法。しかも、炎と煉獄を、同時に使っていた。普通の魔道士には無理よ」
複数の魔法を同時に使う。
彩歌も、弱体化される前には出来たらしい。僕にダメージを与える程の攻撃力を持ち、彩歌以上の魔法の使い手……
『〝救星特異点〟が導いた結果を、あっさりと修正するなど、どう考えてもあり得ない。あの少年……どういう存在なんだろう』
「あいつは、次の分岐点の事も知っていた。とにかく、次こそは必ず成功させてみせる!」
『そうだねタツヤ。まだ、地球の運命は修正していける。よろしくお願いするよ?』
まさかの〝敵〟が出現した。だが、このまま地球を壊させるわけにはいかない。
「……ねえ達也さん、私、風車が見たいな」
彩歌が突然言った。
え? 待った待った! ちょっと切り替え、早すぎない?
「行ってみたいな。キンデルダイク!」
満面の笑顔だ。マジか彩歌?
「ちょっと待ってよ彩歌さん。さすがに、そんな気にはなれないよ。分岐、失敗しちゃたんだし」
残念だけど、今回は大人しく帰ろう。こんな気持ちで観光なんか出来ないよ。
「達也さん、行きましょうよ!」
「彩歌さん! 駄目だよ、今回は帰ろう!」
「ふふ。これ、なーんだ?」
彩歌がポケットから取り出したのは、青い手紙だった。
「こっちが本物よ? さあ、行きましょうか、キンデルダイク!」




