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分岐点当日 オランダ 1

 午後1時を過ぎてしばらくすると、少女は家から出てきた。

 Marilou(マリルー) Hautvast(ハウトヴァスト)は、昨日と同じ髪型で、服装はワンピースに長めのコート。首には、口元が見えないほど毛足の長い、フサフサなマフラーを巻いている。

 

「あれが、地球の運命を乗せた手紙か。不思議な感覚だな」


 マリルーの左手には青い封筒。


「行きましょう。達也さん」


 僕と彩歌(あやか)は、尾行を開始した。

 マリルーは、気さくに道行く人に挨拶をしながら歩いている。


「彼女、学校閉鎖でお休みなのに、あんなに大っぴらに出歩いて大丈夫なのかしら」


 そういえば僕も以前、学級閉鎖で休みになった時、堂々と駄菓子屋へ行って、怒られたことがあったな。


「まあ、手紙を出しに行くくらいなら、大丈夫なんじゃない?」


 通りを南に抜け、教会が見えた辺りで、彩歌が僕の袖を引っ張った。


「見て、達也さん!」


 マリルーが初老の男性に呼び止められた。

 分岐の現場までまだ少しあるが、もうトラブル? もしや、ここで手紙を紛失するのか……?

 ……何か会話しているようだ。若干怒っているような感じの男性と、うつむいているマリルー。


「ブルー、翻訳出来る?」


『タツヤ、すまないがもう少しだけ、近付いてほしい』


「了解!」


 僕と彩歌は慎重に近付いていく。


『OK、この距離で大丈夫だ。翻訳するよ?』


 ブルーから、二人の会話が聞こえてきた。


『……マリルー、何のための臨時休校だと思っているんだね?』


『ごめんなさい、リートフェルト先生』


 ……先生に見つかっちゃったみたいだ。


「過去の自分を見ているようだ」


 だってまさか、駄菓子屋に先生が来るなんて思わないじゃん。ねぇ?


「もしかしたら、私達も叱られるかもしれないね」


 彩歌がクスリと笑う。

 もしリートフェルト先生に見つかったら、観光客のフリをして、知らぬ存ぜぬで通そう。


『……ふむ。仕方ないな。ではその手紙を出したら、すぐに家に帰って、大人しくしているんだよ?』


『はい、先生!』


 良かった。どうやら許してもらったようだ。


「僕の時は、プレイ中のゲームを中断させられて、即時帰宅を言い渡されたけどなあ」


 あとちょっとで、ハイスコア更新だったのに。


「そんな事はよく覚えているのね」


「そういえばそうだね。不思議だなあ」


 確かにあの頃は、下駄箱の位置なんかより、隠れキャラの位置の方が重要だった。


「あ、彩歌さん。マリルーが歩き始めたよ」


 教会の前を通過して、とうとう、〝ファン・スピルベルゲン通り〟に差し掛かった。周囲に怪しい人影や車は無い。


「もう少し近づこう」


「うん。その方がいいわね」


 鼻歌()じりにトコトコと歩くマリルーに、気付かれないように少しずつ距離をつめる。


『タツヤ、アヤカ、気をつけて』


「ブルー、何かあったら教えてくれよ」


「達也さん、私がマリルーと手紙を見ているから、周囲を見張って」


「了解!」


 キョロキョロと辺りを見回すが、特に何もない。


『タツヤ……! 犬か猫だ。近付いてくる!』


「ちょっと待て! まさかダーク・ソサ……」


『違う。本当に犬か猫だ』


 というか、犬だ。種類のわからない大きな犬が、マリルーの正面から走って来る。

 悲鳴を上げるマリルー。


「危ない!」


 僕はダッシュで犬とマリルーの間に割り込んだ。


「こいつが手紙紛失の原因か!」


 ギリギリで間に合った。僕を噛もうとして弾き飛ばされる犬。


「ガルルルル……」


 犬は牙をむいて、こちらを睨んでいる。まだ来るか!

 尻もちをついて恐怖に顔を引きつらせたマリルーを(かば)いつつ、僕はファイティングポーズをとる。


『こ……怖い……』


『大丈夫。僕がついてる!』


 震えながらも、ゆっくりと起き上がるマリルー。


『あなたは誰?』


『正義の味方さ。キミを助けに来たんだ』


「達也さん、前!」


「おっと、コイツめ!」


 飛び掛かってきた犬を払いのける。数メートルコロコロと転がり、起き上がってまたこちらを睨む。


「仕方がない。ちょっとお仕置きしてやるか」


『ブルー、あの犬、パンチして大丈夫?』


『今のキミのパンチだと、一撃ではじけ飛ぶ。別の方法がいいだろう』


 そうだな。マリルーの精神衛生上、よろしく無さそうだ。


『達也さん、私が魔法で眠らせようか?』


『魔法は一般人には極力見せたくないな。大丈夫。僕がやるよ』


 後で記憶操作という手もあるが、マリルー以外の人に見られる恐れもあるしな。

 僕は飛び掛かってきた犬を両腕で抱きとめた。そのままギュッと抱きしめる。首や肩に噛み付いてくるが、もちろん僕には効かない。おいおい、それ以上噛むと歯が折れちゃうぞ。


「こら、暴れるな」


 僕は犬に顔を近づける。鼻を噛まれたが、気にしない。暴れる犬の目を見ながら、ゆっくり腕に力を込めていく。ゆっくり、ゆっくり、じわじわと締め付けていく。じっと目を見つつ、ギリギリまで締めていく。暴れても噛まれても、とにかくじわじわと、無力感を植え付けるように。

 暫くして、犬が大人しくなったのを見計らって、僕は腕の力を緩めた。


「キャイン!」


 ひと声吠えて、犬は逃げていった。もう悪さすんなよ!


「達也さん、今の……」


『タツヤ、怖いぞ。猟奇的(りょうきてき)だ』


「え、そう? 優しい解決法だったじゃない?」


 振り返ると、マリルーも怯えた目で僕を見ている。あれあれ? 駄目だった?


『た、助けてくれてありがとう。私、マリルー』


 引きつった笑顔でお礼を言われた。

 と、その後、何かに気づいた様子でキョロキョロと周りを見ているマリルー……あ、いつの間にか手紙を持ってない! さっきの騒ぎで落としたのか!


『マズい、手紙!』


『探しているのはこれ?』


 マリルーに青い封筒を手渡す彩歌。なんだ、拾っていたのか。良かった!


『ありがとう!』


『いいのよ。もう無くさないでね』


『うん!』


 ふう。危ない危ない。よし、念のため、マリルーが無事ポストに手紙を投函するまでついていこう。


『マリルー、郵便局に行くなら、僕達も一緒に行っていい?』


『いいよー!』


 微笑むマリルー。なんだ、最初からこうしておけばよかったな。

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