分岐点前日 オランダ 1
『タツヤ、そろそろ行こうか。アヤカもしっかり眠れただろうか』
オランダ、ホラント州、プルメレント。早朝には到着していたが、時間に余裕が有ったので、僕は睡眠不足の彩歌が目覚めるまで〝ルート〟内で浮遊して、土人形の操作に専念していた。
「うん、スゴく良く眠れた。ありがとう、達也さん、ブルー」
「良かった。じゃ、朝ごはんにしようか」
と言っても、道中に駅の売店で買ったオニギリだけど。
彩歌は〝摂食不要〟を持っていない。エネルギーを心臓から完全に受け取れるようになれば習得するかもしれないとブルーは言うが、何より、食事は気力の元になる。もちろん僕も未だに朝昼晩と、ちゃんと3回、食べている。
「あ、ちょっと待って」
彩歌は呪文を唱えた。
「HuLex Thel cloT Ne」
着替えの魔法により、彩歌の服装が、セーター、ダウンベスト、ジーンズから、ちょっと落ち着いた色合いのカーディガンと長めのスカートに変わる。
「やっぱり魔法、便利だなあ」
「でも、出来ればお風呂に入りたいな」
そうだよな。でも本当に〝テント生活〟を始めてしまってた場合、どうするつもりだったんだろう?
「じゃ、早めに現地に行って、宿を探そう……子ども2人で泊まれる所って、有るのかな」
『心配要らない。アメルスフォールトに、キミたちの〝部屋〟を用意した』
「部屋?」
『地下室だ。若干狭いが我慢して欲しい』
「さすがブルー。気が利くなあ!」
今日の予定は、現場の下見とターゲットの確認。
つまり、Marilou Hautvastの様子を探る事がメインだ。
「じゃ、行こうか!」
「うん!」
ルートを出ると、真っ暗な入り口は静かに閉じた。
ここは……林?
『クワーダイケル公園だよ。ここから20~30分歩けば、駅がある。そこを目指そう』
リュックから取り出したオニギリとお茶を、彩歌に渡す。少々お行儀が悪いが、緑の公園で歩きながら食べると最高に美味しい。でも、こういう所で食べるなら、サンドイッチにしておけば良かったかな。
フレーヴォ通りを南下。公園を出て、西に進む。
「達也さん、オランダよ! 超オランダっぽい!」
そりゃまあ、オランダだもん。
僕も初めての海外で、若干テンションが上がっている。というか、女の子と旅行だ。上がらないわけがない。でもあんまりハシャぎ過ぎると……
『コホン。アヤカ……?』
『はぁーい……』
ね? ブルー先生は〝任務〟が終わるまでは、厳しいのだ。
30分ほど歩くと、最寄りの駅に到着した。アメルスフォールトまでの2等席切符を2枚買う。券売機は英語表記を選択出来るようになっていたので、僕でも容易く買うことが出来た。
『英語は分かるんだなタツヤ』
『読むだけなら少しは……ね。会話とかは、絶対無理だけど』
ネイティブでフランクな感じのが来たら、速攻で逃げる。得意な英語は「I can not speak English」だ。
「達也さん、見て、電車が来た!」
白と青のボディに、ドアだけ黄色い、いかにもヨーロッパ的な配色の電車だ。扉は自動ではなく、ボタンを押して開ける。ガイドブックを読んでおいて良かった。
「地方へ行けば、日本の電車もボタンで開ける事が多くなってるんだよ……15年後の話だけど」
出張先でボタンの存在を知らずに危うく乗り損ねる所だったから、よく覚えている。
僕たちは電車に乗り〝2等席〟に座った。
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異国の風景を楽しむこと1時間半。目的地、アメルスフォールトに到着。
『まずは、少女が手紙を紛失する現場を見ておこうか』
〝ファン・スピルベルゲン通り〟
建物は、近代的な作りと、古風なレンガの風合いが不思議な調和を保っている。道路沿いには、木々と街灯が立ち並んでいて、緑も多い。
マリルーの自宅から教会の前を通り、郵便局へ抜けるこの短い通りが、問題の場所だ。ここで何かが起こり、手紙は少女の手を離れてしまう。
「よし、次は、マリルー本人だ」
『タツヤ、まだこの時間、彼女は学校に行っているはずだ。会うことは出来ないよ』
「そっか。じゃあ、家だけでも見ておくか」
北西に歩き、少し西のトロンプ通りにマリルーの家はあった。
「ところで、マリルーは学生なんだろ? 明日の1時も、学校じゃないのか?」
『多分、お昼までで帰ってくるとか、臨時休校とかじゃないかな?』
まあ、そういうのって良くあるよな。
「じゃ、家も確認したし、昼食にしよう!」
「やったー! もう私、お腹ペコペコ」
来た道を戻り、郵便局近くのレストランに入る。
「翻訳頼んだぞ、ブルー」
『任せて欲しい。タツヤ』
席に座ると店員さんがやって来た。
『いらっしゃいませ。こちらがメニューでございます』
マジか! 同時通訳? えっと、普通に話せば良いのかな?
『オススメは何ですか?』
『では、こちらのローストポークなどいかがでしょう。エルデンスープも人気ですよ』
通じた! なんか嬉しい!
『じゃあ、そのローストポークとスープを2つずつ下さい』
あ、忘れる所だった。
『それから、炭酸なしの水も2つお願いします』
『かしこまりました。少々お待ち下さい』
店員さんは軽く微笑むと店の奥に入って行った。
『ブルー、凄いな! これなら、どんな国に行っても平気だ!』
『会話でのストレスは一切無いはずだ。もう少し融合が進めば、文字も読めるようになるが、それまでは私が翻訳するので心配は要らない』
料理が運ばれてきた。静々と口に運ぶ。
何これ、超ウマイ! オススメを聞いて正解だったな! ブルーが居なければ、コレとコレとか言って適当にメニューを指差して、よくわからない料理が2セット運ばれて来たりしただろう。
「ふう。ごめんなさい。私もうお腹いっぱい」
11歳の彩歌には、少々、量が多かったか。ここは小学生ながら、まりも屋の大盛りカツ丼を平らげる胃袋の持ち主である、僕の出番だな。
「すごい! フードファイターみたい! 食欲も26歳なの?」
いや。僕は小さい頃からナチュラルボーンなフードファイターだったのさ。
「ごちそうさま。美味しかったね」
彩歌の食べきれなかった分も、僕が美味しく頂きました。
「うん。凄く美味しかった!」
喜んで貰えて嬉しい。僕達は料金と若干のチップを置いて、店を後にした。




