ヒーローの決意
火曜日の朝。
僕と一緒に登校しているのは、栗っち、大ちゃん、彩歌、そして妹。ごく普通の朝の風景だ。
「今日の国語、漢字のテストだぜー」
「うわ、そうだっけ……」
小学5年生の漢字を侮ってはいけない。意外と忘れていて、不意打ちを食らう事になる
ぞ。
「ふふーん。あたしは完璧に覚えてきたよ!」
「えへへ。偉いね、るりちゃん」
「お兄ちゃんはもう一度、1年生からやり直せばいいのよ」
いや、もうこれ以上巻き戻されるのはゴメンだ。
……クスクスと、後ろで彩歌が笑っている。
まるで〝本物〟みたいだ。
「あと、給食がカレーなんだよな! 楽しみすぎるぜー!」
給食か。
……僕と彩歌は大丈夫だとして、大ちゃんは平気なのかな?
まあ、それを自分で喋っているからには、大丈夫なんだろう。
〝完全自律型〟で学習AI搭載って言ってたもんな。
「そういえばお正月に食べた、るりちゃんのカレー、美味しかったよ!」
栗っちが食べたのは、妹の愛情入りカレーだ。
……そうか、あれ、美味しかったか。
僕は、どうやったらあそこまでカレーをこじらせられるのか不思議だったけどなあ。
「おいおい、お熱いなー! もう新婚気分じゃんか!」
大ちゃんの言う〝新郎新婦〟が誰と誰なのかは分からない。きっと全てが気のせいだろう。
……しかし〝この大ちゃん〟全く違和感無いな。
『タツヤ、ダイサクは本当に面白いな。やはり人知を超えている』
「そうだな。悪の秘密結社なら絶対に一人は欲しい逸材だよ……」
いま、ブルーは〝この達也〟の右手には居ない。
一見いつもの登校風景に見えるが、実は〝人間〟は栗っちと妹の2人だけだ。
僕は土人形、彩歌は分身。そして大ちゃんは……ロボだ。
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『そうかー! 無事ついたのか、早いなー!』
『うん、快適な旅だったよ。それにしても、大ちゃんスゴいなあ。機械人形、ここまで完成してたんだね!』
大ちゃんは、地下の自室から〝凄メガネ〟とブルーの欠片を使って、オランダに居る僕と話している。
『ああ。今日は試運転をしようと思ってなー。俺も地下でモニターしてるから大丈夫だと思うけど、なんかあったらよろしく頼むぜー!』
どうやら緊急時には遠隔操作も出来るらしい。とんでもないテクノロジーだ。
『了解。ところで今、話題に出てたけど、大ちゃんロボは給食とか食べれるの?』
『おう、もちろん。食べたものはちゃんと消化して、エネルギーに変えるんだ。トイレも擬似的に行くし、違和感は無いと思うぜ』
スゴイ! 完璧じゃんか。
はひやるわでも、飛行ユニットの時みたいな事が有るといけないから、注意はしておこう。
『それより、気になるのは明日の事だなー』
ユーリの〝予約〟は〝時刻〟が分からない。
最悪、僕の用事とタイミングが被る可能性もある。
分岐点は現地時間で13時頃とブルーが言っていた。オランダの少女が持つ手紙が無事、送り先のポストに届くのを……あれ?
『ブルー、なんで13時頃なんだ? 手紙を守るならもっと長時間になるだろう』
『うん、それはね。マリルー・ハウトヴァストが、ポストに投函する前、何らかのトラブルで手紙を紛失する。そのトラブルが起きるのが13時前後のはずなんだ』
『その手紙を追って、守らなくても大丈夫なのか?』
『今回は星を救うための分岐点だ。キミや彩歌が歴史を曲げたなら、戻ることは無い。余程のイレギュラーが無い限りはね』
なるほど。13時前後の分岐点さえなんとかすれば、土人形の方に集中できるな。ユーリの状況を知る事が出来るし、何より大ちゃんは……
『今までの話から推理すると、ユーリは1人で、最大5人の何者かと戦うみたいだ。敵というのがどれくらいの強さなのかわからないけど、ベルトの力で加勢しようと思う』
大ちゃんは、戦いに乱入するつもりだ。時券を持つ僕か、大ちゃんにしか出来ない事だ。しかし、危険過ぎはしないだろうか。
『やっぱり、先に話したほうがいいんじゃないかな。ユーリだって、ベルトを着けた大ちゃんが普通の人間じゃないとわかれば、きっと……』
『いやー、たぶんアイツは、断るだろ』
そうだ。ユーリは一人で戦うと決めていた。僕や大ちゃんが普通の人間じゃないと、どれだけ説明しても、ユーリは〝うん〟とは言わない。
『だから、実際に戦ってみせるんだ。俺はやるぜー!』
漢だな、大ちゃん! そこまで言うならもう止めない。正直な所、僕も心配だったんだ。無事にユーリを助けて欲しい。
『わかったよ大ちゃん。ただ、心配なのが……』
『あー……〝守護〟と〝加護〟が発動しないんだよな』
そう。僕と栗っちの居ない状況なのが心配だ。〝星の守護〟と〝神の加護〟は、それぞれ守備力を倍にする効果があるが……
『ダイサク。キミはタツヤから離れすぎていて〝星の守護〟が受けられない。更に、カズヤの時間が停止すれば〝神の加護〟も発動しない』
『あー、やっぱりそうだよなー。友情パワー無しだと、さすがにキツイぜー!』
『大ちゃん、出来るだけ無茶はしないでよ』
『まあ、でもさ。ユーリを守るためなら、俺、何でもするよ』
本当に好きなんだな、ユーリの事。
ふと気がつくと、僕の腕を掴んで、彩歌が泣いていた。起きてたのか。
『九条くん、私も応援してる。頑張ってね!』
『おー、ありがとな! たっちゃんをよろしく頼むぜー! 何せ、ユーリはたっちゃんにゾッコンだからな。俺としては、藤島さんに頑張ってほしいよなー!』
えええ、マジで?! 気付いてたのか大ちゃん!
『今、驚いてるだろ、たっちゃん。栗っちに口止めしてた甲斐があったなー!』
『えへへ。ゴメンね、たっちゃん』
まあ、そりゃそうか。気付かないわけ無いよな。賢さ5882の大ちゃんが。
『まあ、俺は俺のやり方で、ユーリを振り向かせてみせるぜー!』
やっぱりカッコイイな大ちゃん!
『九条くん、友里さんを守ってあげて。どうか2人とも無事で!』
『ユーリを守る、無敵のヒーローは大ちゃんだけだよ。頑張って!』
『おー! どんな敵でもかかって来い、だぜー!』




