鳥取県境港市
「急いで! この電車だよ、彩歌さん」
「達也さん、ちょっと待って」
月曜日の放課後、僕と彩歌は、鳥取県、境港市に向けて出発した。
「……でも、どうして〝放課後〟なの?」
「ああ、それは……他の国は知らないけど、日本では普通、小学生が平日の午前中に、街中を彷徨いていると〝あれ? この時間は学校に行っている筈だぞ?〟という事になるんだ」
それに、放課後に出発すれば学校での土人形の操作も、一回分少なくて済む。まあ、本体と人形を同時に扱うのは、今では全く苦にならないのだが。
『タツヤ、アヤカ、時間には余裕があるが、何が起こるかわからない。充分注意して欲しい』
鳥取からオランダまでの〝ルート〟はブルーが用意してくれるが、現地に直接ではない。
『到着するのはホラント州、プルメレントという所だよ。そこから、アムステルダムに移動して、アメルスフォールトに向かう』
『達也さん、アムステルダムですって!』
〝アムステルダム〟という言葉に、彩歌が食いついた。分かるよ、僕もちょっとだけワクワクしてる。
……が、ブルーがそこで、いつものアレだ。
『アヤカ、すまないが、遊びに行くのではない』
「はぁーい……」
と、彩歌はちょっと残念そうだ。まあ、そうなるよな。
『だが、帰りに少し寄り道をするのは、キミたちの自由だよ?』
さすがブルー、話がわかる! 手早く仕事をこなして、ちょっとだけ観光して帰ろう。
『さて、今回の分岐の話をしておこう。正しい〝導き〟の成功条件はたったひとつ』
〝少女の手紙が、無事に届く〟実に簡単だ。とブルーは言った。
『アメルスフォールトの少女、Marilou Hautvast。彼女が友人に宛てて出す手紙が、友人宅のポストに届いた時点で、ミッションクリアとなる』
『手紙? なんでそんな物が、地球の寿命に関わるんだ?』
『説明するのが難しいんだけどね。〝バタフライ効果〟というのを聞いた事はないだろうか。取るに足らない現象が、全く別の時間と場所で、とてつもなく大きな作用を及ぼす事もあるんだ』
『えっと、〝風が吹けば桶屋が儲かる〟……的な?』
『そうだね。その2つは、よく引き合いに出されて賛否両論あるようだが……』
ブルーは、ちょっと明るいトーンで言った。
『まあ、キミ達は気楽に〝手紙〟の護衛をしてくれればいい』
『え? 〝少女〟の護衛じゃなく?』
『今回の分岐は、極端に言えば、差出人と受取人の安否や生死は全く関係ない。〝手紙〟が〝ポスト〟に届けば良いんだ』
……無機質だなあ。
『まあ、もし目の前で誰かがピンチになったら、キミは助けるんだろうけどね、タツヤ』
『私の時みたいにね』
彩歌は僕を見て微笑む。確かにそうか。
『難しく考えるのはヤメとこう。要は、マリルーちゃんの手紙が、地球の寿命を延ばすワケだな!』
『そうだ。キミが言う所の、不思議現象でね』
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午後11時19分、鳥取県境港市、馬場崎町駅到着。さすがにこの時間だと、小学生2人組は少々目立つな。
『タツヤ。東に少し行くと、境中央公園がある。〝ルート〟の入り口はそこだよ』
僕は眠そうな彩歌を連れて改札口を出た。
「達也さん、ごめんなさい」
「仕方ないよ。もう少し頑張って」
僕は〝不眠不休〟があるので寝ずに活動できるが、彩歌には睡眠が必要だ。〝超回復〟では、寝不足は解消しないらしい。
『アヤカ〝ルート〟に入ってしまえば、寝ても大丈夫だ。入り口まで頑張って欲しい』
『ありがとう。子どもみたいよね、私……』
『いやいや。気持ちはわかるよ。僕がついてるから大丈夫! ……ところでブルー、東ってどっちだ?』
彩歌は、今日のオランダ行きが楽しみ過ぎて、昨晩あまり眠れなかったらしい。電車の中でも、中々のハイテンションだったし。まあ、僕だって〝不眠不休〟が無ければ、似たような感じになっただろう。
僕たちは、若干の人目を気にしつつ、東へ歩き始めた。
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公園の真ん中に、大きな穴が開いている。中は真っ暗で何も見えないな。
『さあ、飛び込んで?』
『おいおい、大丈夫なのか? これ……』
『心配はいらない。少しの浮遊感があるが、安全に目的地に移動できるよ』
「達也さん、えっと、その……」
彩歌が、妙にモジモジしている。
「どうしたの?」
「あの……手を……」
手? ああ。そうか。僕は彩歌の手を握った。
「手を繋いで行こう!」
「……うん!」
彩歌はちょっと眠そうにしながらも、にっこり微笑む。さあ、出発だ!
「せーの!!」
手を繋いだまま〝ルート〟の入口に飛び込んだ。周囲は急激に明るくなり、落下感はすぐに無くなる。
「うわっ! これ、落ちてるの?」
ふわふわと、不思議な感覚だ。どっちを向いても、青み掛かった白い空間。止まっているようにさえ感じるのだが。
『実感は無いだろうけど、キミたちの向いている方向に移動中だよ。4時間とちょっとで到着する』
「4時間か、早いなあ。そうだ、彩歌さん、ちょっと寝たほうが良いよ」
「うん。ありがとう達也さん。おやすみなさい」
かなり疲れていたのだろう。彩歌は僕の手を握ったまま、眠ってしまった。
僕も、慣れない浮遊感で手を離すと不安になるし、このまま4時間、彩歌の寝顔を見ながら、手を繋いでいるのも悪くないな。




