クモひとつないお天気なのに
マラソン大会は、毎年、河川敷の公園と広場を使って行われている。
保護者も、数年前までは大勢見に来ていたが、確か僕が1年生の時に、保護者の運転する車が生徒と接触して大騒ぎになった。
幸い、生徒の命に別状はなかったが、その次の年から、マラソン大会当日の、公園内への車の乗り入れと、育友会役員以外の保護者の見学は禁止になった。
「でも、こっそり見に来ている保護者も居るんだよな」
そんなわけで、堤防や橋の上で倒れている大人も大勢いる。この雨、結構広範囲に降ってるのか?
おっと。黒スーツ達は、眠らずにいる僕と彩歌に気付いたようだ。
「彩歌さん、移動しよう。ここで戦ったら、眠っている皆を巻き込んでしまう」
「そうね、分かったわ」
急いで、誰も居ない広場の方へ走る。
黒スーツ達は、僕たちと少し距離を置いた位置に、横一列に並んだ。
「子どもたち。ちょっと聞きたいんだけどさぁ?」
中央の黒スーツが話し掛けてきた。あれ? 女性の声だ。よく見ると、髪が長い。
「九条大作って知ってるかい?」
まあ、そうだろう。〝ダーク・ソサイエティ〟の目的は、大ちゃんだ。
「知ってますけど、彼に何かご用ですか?」
「おやおや。怖い顔。アタイ達が何しに来たのか、知ってるっぽいねぇ?」
バレたか。僕って素直だから、すぐ顔に出ちゃうなあ。
『彩歌さん、変身しよう。〝時計〟持ってるよね』
『うん、大丈夫!』
「お姉さん、まずは僕達と遊んでよ! ……変身!」
「私も、変身!」
僕と彩歌を、まばゆい光が包み込む。
「俺たちは、地球を救うために選ばれた」
「魔法と大いなる自然の戦士!」
「その名も!」
「救星戦隊 プラネット・アース!!」
彩歌のスーツは、僕のよりも更にプロテクターが少なめで、ラインはピンクだ。マスクのデザインは若干丸みを帯びていて、どことなく優しい雰囲気になっている。マントとロッドが標準装備になっている所が最大の特徴だ。
「アースぅ! いくわよぉん?」
いや、最大の特徴は、変身後の口調か。
「おう! やってやろうぜ、ピンク!」
「ふーん? やっぱり、普通の子どもじゃないようだねぇ。お前達、やっておしまい!!」
黒スーツが一斉に襲い掛かってきた。さすがに10人がかりで来られると面倒臭いな。
「ピンク、半分、行けるか?」
「もちろン! 全部でも大丈夫よぉン?」
そう叫ぶと、ロッドを掲げて呪文を唱える。
……ちなみにこのロッド、大ちゃんが先日、物置の掃除をした時に発掘した、先祖代々伝わる紫水晶を埋め込んであるらしい。大ちゃんの、おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんか、そのおばあちゃん辺りが、友人から貰い受けた物だそうだ。魔女狩りに遭う前日に。
「HuLex UmThel FiR iL」
彩歌の頭上に現れた火球が、いつもより大きいのは、ロッドの効果なのだろうか。
「いいわねぇ、行くわよぉン?」
歳がバレちゃいそうな名台詞と共に放たれた火球は、みごと黒スーツに命中し、一瞬にして勢い良く焼き尽くした。
「な、何なの、今の攻撃は?!」
そりゃ驚くよな。ジャンルが違いすぎる。
「うふふん。お気に召したかしらぁン? あと、こういうのも有るわよぉン?」
ロッドをクルクルと回転させてから、右手を伸ばしてピタッと目の前の敵に向けて止める。
「HuLex UmThel eLEc iL」
瞬間、轟音と共に稲妻が落ちる。
バタバタと膝をついて倒れる、黒コゲになった黒スーツ3体。
……圧倒的だな、魔法!
「キイイイイ! 小娘ェェェ!!」
鬼の形相で睨む男装のお姉さん。〝小娘〟って言うヤツ、本当に居るんだな。よーし、僕も頑張って、〝小僧〟って言われようっと。
「喰らえ! アース・インパクト!」
お察しの通り、ただのパンチだ。だが、僕もブルーとの融合が進んで、威力も上がっている。僕の拳は、3~4発で黒スーツの腹を貫通する。
「確か弱点はこの奥に……あった。丸いパーツだ」
手探りで丸い部品を探し、ひっこ抜く。途端に動かなくなる黒スーツ。なんか、他の奴らが拳銃とか撃って来てるけど、スーツすら貫通出来ていない。〝ほぼ見た目だけ〟って言ってたけど、良い仕事してるじゃん、大ちゃん。
「ハッハー! 弱っちい戦闘員だぜ!」
「あらぁン! アースったら失礼ねェ。オバサマに聞こえてるわよぉン?」
「誰がオバサマだ! 頭に来た!! アタイが直々に殺してあげるわ!」
上着を脱ぎ捨て、ズボンも脱ぎ始める。あらら……オバサマったら超大胆。
『達也さん! 何ニヤニヤしながら見てるのよ!』
いや、マスクがあるから表情なんてわかんないだろう彩歌。
……まあ確かに、ニヤニヤしてるけどさ……もとい!
『いやいやいや! 見てないから!』
『もう! 達也さんのエッチ!』
『タツヤ、アヤカ、痴話喧嘩はそこまでだ。変わるぞ!』
筋肉は肥大化し、脇腹から2本ずつ腕が生えてきた。サワサワと、体中が茶色の毛に覆われていく。目が1、2、3、4……かける2で、8つに増えた。顎がパックリ割れて、牙が現れる。
『アルレッキーノはカマキリ男だった。今回のオバサマは……』
『蜘蛛だな、タツヤ』
「うーん……今回は、蜘蛛怪人か。ちょっと苦手なんだよな」
『タツヤ、むしろカマキリが得意って、どんな状況なんだ?』
知らんわ。いや、どうでもいいわ。
「さあ〝小僧〟め、どう料理してくれようか!」
おお! とうとう小僧って言ったぞ! やったね!




