誕生
深夜1時。
栗っちの土人形が、カクカクと不気味に揺れている。
土曜日で学校は休みだし、夜更かしモードなのだろう。自宅から、練習場の人形を動かそうとしているようだ。
大ちゃんは地下室の自分の部屋に篭って、何かを熱心にイジっている。変身しているという事は、何か危険な実験でもしているのだろうか。
僕は、ひたすらロンダートからのバク宙を練習している。体操選手を目指しているわけではないが、体術は鍛えて損はないだろう。
失敗しても怪我をするどころか痛くも痒くもないので、どんどん上達してゆく。
「タツヤ少年! ちょっと良いかな」
練習場の扉が開き、ヒーローの姿をした大ちゃんが現れた。
「ああ、大ちゃん」
「……」
「あ、違った。ダイ・サーク」
「うむ。今しがた、飛行ユニットの試作機が完成したのでね。ちょっと試したいのだが」
「おお、すごい! 見せて見せて!」
練習場の天井はそこそこ高い。僕も栗っちに念動力で飛ばせてもらったが、十分に空を飛んでいる感が味わえた。
「では、危険なので少し離れてくれたまえ。ダイ・サーク・ウイング!」
ダイ・サークの背中に翼が飛び出した。僕は栗っちの人形を抱えて出入口付近まで移動する。
「アイ・キャン・フライ!!」
バシュッ! と勢い良く飛び出したダイ・サークは、先日のミサイルとほぼ同じ軌跡を描いて壁にぶち当たり、鈍い音を立てた。
「ダイ・サーーーーーク!!!?」
千里眼で見ていたのだろうか。栗っち人形がビクッと動いたのを、僕は見逃さなかった。
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「いやー、やっぱ空を飛ぶのは、一筋縄ではいかないなー!」
ベルトの防御力と、ブルー特製の波打つ壁のおかげで、ダイちゃんは怪我もせず無事だった。その後、朝方まで調整をしていたようだが、今度は天井にぶつかって墜落した。
『ダイサク、怪我をしないように気をつけて欲しい』
「ああ、ありがとうブルー、気をつけるよ。それにしても、この壁や床の材質、面白いよなー!」
『数日前から、興味を持って色々調べていたようだから気付いているとは思うが、キミの部屋も、念のため同じ材料で補強してある。爆発等を起こしても大丈夫だが、生身での危険な実験は控えてもらいたい』
「わかったよブルー。でも、研究室が爆発とか、ちょっとマンガチックで笑えるよなー」
いやいや。マンガなら面白いけど、隣の部屋が爆発するとか、笑えないから。
「えへへ、おはよう!」
そこへ栗っちもやって来た。自分の土人形の腕を掴んで、プラプラさせている。
「大ちゃん、早く空が飛べるようになるといいね。僕も土人形さんの操作、頑張る!」
最近の栗っちは、人形を僅かずつだが動かせるようになって来ている。
「それにしても、たっちゃんと人形が、入れ替わってたって聞いた時は、ショックだったぜ。全然、見分けが付かなかったからな!」
『タツヤの土人形の技術は、驚いたことに最初からマスタークラスだ。更に、土人形には機械的な要素が一切含まれない。〝名工神〟と〝瞬間記憶〟を持ってしても、気付くのは至難の業だろう』
そうか。ダーク・ソサイエティの戦闘員を機械だと見抜いたのは〝名工神〟の力だったんだな。
「僕はねー、わかるんだ。心の声が聞こえないもん」
栗っちが自分の人形の頭を撫でながら言った。栗っちが土人形を見分けるからくりは〝精神感応〟だったようだ。
「その内、大ちゃんの土人形も作らないとな」
『3体目か。タツヤなら容易く作れるかもしれない。しかしカズヤと違ってダイサクには精神を人形と繋ぐ方法がない。操作は出来ないだろう』
「そうか。栗っちの人形は〝精神感応〟で、ブルーを介して繋いでるんだった」
「ああ、それなら大丈夫。この間、ダーク・ソサイエティの機械人間を見たからな。自分の人形は自分で作るぜー」
〝見たから作れる〟の意味がわからないが、それも〝名工神〟の能力なのだろう。
作るって言い切ってるし、たぶん大ちゃんなら、ダーク・ソサイエティ製よりも高機能な人形を作ってみせるだろう。
「あ、たっちゃん、そろそろ?」
「そうだった。行こう!」
随分遅くなってしまったが、今日は三人で交番に行き、駐在さんに正月のお礼をして、その後、誘拐事件の時に壊した、車の弁償をする事になっている。お昼ごはんは、〝まりも屋〟の予定だ。
「えへへ。たっちゃんの中では今日のメインは、まりも屋さんだよね」
「うはあ、バレちゃってるか」
「たっちゃんは本当にまりも屋、好きだよな。まあ、俺も好きだけど」
さて、この前壊した車は、大ちゃんの見立てだと、5万円もあれば修理できるらしいので、迷惑料を上乗せして10万円ほど、こっそり置いてこよう……交番はお礼だけでいいよね、きっと。
栗っちの千里眼で見てもらったところ、土曜日にも関わらず、車を拝借した会社〝アサギニット〟には、今日も数人が出社しているようだ。中々ハードなミッションになりそうだな。
「あ、たっちゃん、ちょっと待って。」
栗っちが目を閉じて、動きを止めている。これはもしかして……
少し深呼吸をして、栗っちが口を開いた。
「映像は、炎・鹿の首・おじいさん。言葉は、齟齬・葬送・後悔」
やっぱり〝未来予知〟か!
「えっと、ソゴってなんだろうね」
栗っちが首を傾げている。
自分で予知しておいて分からないのか、と思われるかもしれないが、栗っちの場合は良くある事だ。小学生だし。
「多分、齟齬だと思うぜ。意見とかの食い違いの事だろー」
「さすが大ちゃん。しかし、またしても物騒な感じじゃない?」
「まあ、平和な予言をポンポンされても、ハイそうですかって感じだしなー」
「えへへ、ほんとだねー」
「十中八九、今から遭遇する事だとは思うから、注意して行動しよう!」
「あ、そうだ。何かあった時のために作っておいたのを、渡しとくぜー」
大ちゃんが僕と栗っちに手渡したのは、腕時計だ。
……だが、これが普通の時計のワケがない。
「わぁ! 時計だ! ありがとう!!」
素直に時計をもらったと思い、無邪気に喜ぶ栗っち。
僕も中身が11歳なら、同じ反応をしたのかも知れない。
「たっちゃんは気付いたみたいだけど、もちろん、普通の時計じゃないぜー。ちょっと腕に巻いてみてくれ」
大ちゃんに言われた通り、手首に時計を巻く。
「でね〝変身〟って言ってから、側面のボタンを押すんだ」
「〝変身〟は絶対?」
「絶対だぜ。普通に押すだけだと、何も起こらないようになってる。まあ、安全装置だなー」
なるほど。どれどれ、早速。
「変身!」
僕と栗っちは、同時に時計のボタンを押した。
まばゆい光が部屋を照らし、僕と栗っちは、ダイ・サークの姿そっくりに変身を果たした。
「スゴい! もう作ってくれたんだ!」
「約束だからなー!」
顔を隠すアイテムを作って欲しいと頼んだのは、ほんの2週間ほど前だよな……
「カッコイイ! カッコイイよおおお!!」
栗っちがクルクル回って喜んでいる。最近どこかで見たような光景だが、気のせいだな。
「たっちゃんのスーツは、自身が超ハイスペックだから、ほぼ見た目だけの変身だ。動きやすいように、プロテクターも少なめにしてあるぜ」
よく見ると、ダイサークより装甲部分が少ない。あと、ボディに入っているラインが、青だ。
「栗っちの方は、プロテクター部分を、この練習場の壁を参考にした材質にしてあるぜ。防御力は高いけど、パンチや体当たりとかで、相手に与えるダメージは減ってしまう。完全にディフェンス向けだなー」
すごいな大ちゃん。いつの間に、ここの材質を研究したんだ?!
「あと、栗っちのボディは耐火と防寒、電撃吸収仕様にした。マスクも防毒で、空気ボンベ内蔵だから数時間なら水中でも呼吸できるはずだ」
栗っちのスーツはダイ・サークよりプロテクター部分が多くなっていて、ボディのラインは緑だ。
「腕のボタンをもう一度押してから〝解除〟と言えば、変身が解けるぜ」
僕と栗っちが〝解除〟と叫ぶと、超カッコよく変身が解けた。
……やっぱ拘りを感じるなあ。
「しかし、前から思ってたんだが、それぞれを名前で呼びあうのは危険だよなー。お互い、コードネームで呼ばないか? あと〝ダイ・サーク〟は改名するかな。本名だし」
気付いてくれて良かった。名前を変えたほうが良いって、ちょっと言い辛かったんだ……
大ちゃんは〝レッド〟、僕は、ブルーだと右手との区別が出来ないので〝アース〟、栗っちは〝グリーン〟と呼ぶことに決めた。
「すごいね、正義の味方だね!」
「せっかくだから、○○戦隊 ○○レンジャーみたいなの、考えない?」
「お! たっちゃんは26歳なのに少年の心を忘れてないなー!」
「元・26歳だからね? 同い年だからね?」
なんとなく、お前だけオッサンだ。と、以下略。
「んー、やっぱさー、たっちゃんの使命が、俺たちの一番の目的じゃん」
「えへへ、そうだね、じゃ、地球を救う戦隊だね!」
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
こうして、『救星戦隊 プラネット・アース』は誕生した。




