体力差
「今日の体育は、マラソン大会の練習だ」
「えーーーーーーーー?!」
「文句を言うなー! 先生だって寒いんだー!」
あれから、何の問題もなく数日が過ぎた。
ユーリは普段通りだ。〝予約〟の日までは平常運転なのだろう。
大ちゃんの〝ブルーを認識できるようになるメガネ|(仮)〟は、親父さんのメガネを勝手に使ったことがバレて大目玉を食らった事以外は、順調に進歩している。
止まった時間の中で転送装置を動かすシステムは、実験が出来ないので当分無理かと思っていたら、意外にも既に完成しているそうだ。
「楽勝だったぜ。実は、久々に〝扉〟が開いたんだ」
〝バベルの図書館〟
……森羅万象、全ての知識を自由に知ることが出来る、大ちゃんの頭の中に時々出現する図書館だ。
ちなみに、蔵書の内容を他人に伝えることは出来ない。
「メガネの事も少しだけ調べたんだけど、時間切れでなー」
閉館時間があるらしい。本物の図書館みたいだ。
「あとさ、俺の時券の出処が、わかったんだぜ?」
「マジで?!」
「ああ。バベルの図書館の本に、挟まってるんだ。しかも結構な頻度で」
上履きから、運動靴に履き替えて、外に出る。今日は朝から、どんよりとした曇り空で、風も冷たい。
「昔から、何だろうと思いながら、挟んだままにしてたんだけど、最近、一枚だけ持って来てたんだよな」
『面白いね! そういう入手方法もあったのか』
「大ちゃん。ブルーが喜んでるよ」
「喜んでくれて嬉しいぜ、ブルー! 近い内に、絶対に会話するからなー!」
『楽しみにしているよ、ダイサク』
「楽しみにしてるってさ!」
「おう! 本当に、もうチョイなんだ。上手く行ったら地下室の件も頼むぜ!」
ブルーを認識できれば、地下室に入れるようになる。大ちゃんは、広くて自由に使える研究室が欲しいのだ。
『お望みならば、直接、ダイサクの部屋と地下室を繋ごう。電気と水道と、必要な資材も可能な限り用意するよ』
それを僕から聞いた大ちゃんが小躍りしてガッツポーズを取った所で、谷口先生からお叱りの言葉を頂いた。
「こっちまで恥ずかしいんですけど? ……お兄ちゃんたち、最近いつも、わかんない話してるよね」
妹が困った顔で苦情を言ってきたので〝そうだろ?〟って言う表情で、ニヤリと笑っておいた。
大体、お前の不思議現象の方が、よっぽどわからないっつーの。
「ごめんね、たっちゃん。僕のせいで、るりちゃんが同じ学年になっちゃって」
「いやいや、栗っちは何もしてないじゃないか。悪いのは不思議現象だよ?」
『……わざとやってるんじゃないか? タツヤ』
ブルーが訝しげにしているが、気のせいだから放っておこう。
さておき、今月末に市内の全小学校合同で、マラソン大会が開かれる。
1年生から4年生までは参加自由だが、5、6年生は全員参加。
体育の時間はこれから暫くの間、長距離走ばかりになるようだ。
「ブルー、僕、持久力ってどうなってるんだろう」
『詳細表示での〝体力〟の項目が関係するが、キミは無呼吸で動ける上に超回復もついているので数値は参考にならないね』
僕の体力は26なので、26の力を出すことが出来るが、補充され続けるので無限に疲れないそうだ。
『それだと、体力は無限大って事じゃないの?』
『いや、タツヤ。例えば空気が26入る風船には26の空気を入れるのが限界だろう。それが萎むか萎まないかの違いだ』
んー、さっぱりわかんないな。ここは並走している大ちゃんに聞いてみよう。
「はぁはぁ……それはなー、ひぃひぃ……26の、ゼェゼェ……」
「ごめん、後にしよう」
「ひぃふぅ……」
全然疲れないから普通に話し掛けてしまったが、悪い事したな。
これが補充され続ける体力か。
「ほらほら、遅れてるぞー!」
先生の声が響いた。
白いラインで丸く引かれたトラックを、何周も走る。
男子に周回遅れが数人出始めた頃、女子はノルマの5周を終えて、一旦トラックから離脱して休憩に入った。
『タツヤ、あまり平気すぎるのもマズイ。少し苦しそうにした方が良いよ』
「そうだな、了解!」
栗っちと大ちゃんに合わせて走っている。二人とも、かなり疲れているようだ。僕も、大体同じぐらいの疲労感を全力で表現してみた。見よ、この演技力!
「達也―! 真面目に走らんか!」
怒られた。
『ははは、タツヤは面白いな!』
笑われた。
「難しいんだよ! 疲れたフリって!」
『キミなら土人形の方が上手くやれるんじゃないか?』
「それだ!」
それについては妙に自信がある。体育のある日は人形に来させようかな。
「よーし、頑張れ! あとちょっとだ!」
休憩と持久走を繰り返し、運動が苦手な数人が走り終えたところで、終業のチャイムが鳴った。
>>>
教室に戻り、大ちゃんの着替えを待ってから、もう一度さっきの質問をしてみた。
「あー、えっと、例えばさ、俺と栗っちの〝体力〟って、14じゃんか。だから、ほぼ同じ疲れ方をするんだと思う」
「確かに、同じぐらい疲れてたね」
「つまり、持久力が〝体力〟の表示に関係するというのはそういう事なんだろう。身体能力という目安の数値が〝体力〟なんだ。だから、超能力や変身無しで、俺と栗っちが運動で競えば、得手不得手はあるけど良い勝負になるって事だな」
「なるほど……」
「多分、たっちゃんも〝体力〟が全く同じ人と、特記事項に書かれた能力が影響しない競技で競えば、いい勝負になるんじゃないかな。まあ、そんな競技、無いと思うけどなー」
なんとなく解った。つまり、特別な能力無しでの身体能力って事か。
『さすがダイサクだ。わかりやすいね』
「そういえば、ユーリの〝体力〟表示って凄かったじゃない、えっと……」
「214だぜ。あれって、特記事項の〝肉体強化〟の影響か?」
『他のステータスの数値から見て、〝体力〟は元々の身体能力かもしれない』
「大ちゃん、もしかしたらユーリの〝体力〟って、特記事項抜きかもだって」
「うわぁ、スゲェな! 素のままで俺の15倍の体力って……」
色々と思う所があるようで、大ちゃんは複雑な表情をしている。
「よし! 俺は俺のやり方でいくぜ!」
何かを決意したようだ。頑張れ大ちゃん!
「全員席につけー!」
またしても、いつの間にか谷口先生が、教卓の前にいる。詳細を見たら、そういう特記事項が載ってるんじゃないかな。「瞬間移動|(教卓限定)」とか。
「達也、国語の時間だぞ。早く教科書を出せー。出したら読んでもらうからな」
この後、焦った僕が〝大造じいさんと○ン〟をカミまくったのと、給食が、懐かしの大好物四天王のひとり、ハンバーグだったので、狂喜した以外は、何事も無く下校した。
……というか、それは下校途中で起きた。
「やった! 聞こえるぞ! 俺やっぱ天才だな!」
大ちゃんがブルーとの会話に成功したのだ。更には、
「たっちゃん、その手、痛くないのか?」
すごい! 右手のブルーも見えている!
『おめでとう、ダイサク。早速なのだが、キミの家の底面はかなり頑丈だな。悪いが、少しばかり穴を開けても良いかな?』




