ダブルブッキング
突然、何かに引っ張られるような感覚に襲われ、時間の流れは何事もなかったように再開した。
『タツヤ、休日は終わったよ』
結局〝敵〟らしい者が現れるわけでもなく、30分ほどで時間は動き始めた。
ちなみに、大ちゃんは〝万が一〟に備えて、時間が止まった状態でベルトを使ったのだが、転送システムが作動せず、スーツやヘルメット無しでの変身になった。
自分の周囲にある物以外は、停止した状態だから仕方ないのだとブルー。
『今回の時神の休日は、タツヤとは無関係だったようだね』
職員室を出てから聞いてみたが、やはり栗っちは全く気付いていなかったそうだ。
「え~! 時間が止まったの?! ズルい! 次は僕も混ぜてね!」
栗っちに、よく分からないお願いをされた。
……ズルいって言われても。
『カズヤも〝救世主〟として覚醒すれば、止まった時の中を自由に動けるようになるはずだよ」
「本当? よーし! 僕、頑張るよ!」
栗っちは妙な闘志を燃やしている。
……いや、有り難いんだけど、頑張るってどうやるんだろう。
「よーし! 俺はブルーを認識しなきゃだなー!」
時が流れ始めると、大ちゃんはブルーの存在に気付けなくなった。
今回の事は〝きっかけ〟にはならなかったようだ。
「土砂降りの中の一滴か。さすがにムズいぜー!」
ただ、ブルーと会話した事で、今まで気付かなかった何かを閃いたらしい。
あと、時間が停止している状態で転送システムを動かす方法も考えてみるそうだ。
「あれ? ユーリちゃん?」
栗っちの声に、僕と大ちゃんも足を止めた。
校門を出た所に、ユーリが居た。一人、携帯電話で話している。
「ユーリ、小学生なのに携帯なんか持ってるんだな」
「ああ、なんか、両親もお姉さんも、忙しくて連絡が付かなくなるような事があるんで、特別に持ってるらしいぜ」
「うーん。何かあったのかな、ユーリちゃん。泣きそうな顔してるね」
栗っちの言う通り、深刻な顔つきで話し込んでいる。
少し気になったので、通り過ぎる時に、若干、聞き耳を立ててみた。
「うん、わかってる。もう私しか残ってない。今日からは私がマーカーを持ってお……」
うーん、何の話だろう。
気にはなるけど、あまり家庭の事情に立ち入るのも良くないかな。
「たっちゃん、大ちゃん、いま聞こえちゃったんだけど、ユーリちゃんのお姉ちゃん、大ケガしたみたい」
「え? そんな話してた? ……あ〝精神感応〟か」
栗っちは〝心の声〟を聞く事ができる。
もちろん、故意に盗み聞きをした訳ではない。〝小耳に挟んた〟ぐらいの手軽さで、自然と聞こえてしまうのだ。
「えーっと、むずかしい言葉だったからよく分からないんだけど、自分が最後の希望だとか、絶対にあきらめないとか、そんな事を考えてたよ」
「妙に深刻な感じなのが気になるなー。この間の猫耳の事とかもあるし、もし何か困ってるなら、助けてやらないとな」
やっぱり、ユーリの事となると放っては置けないようだ。
大ちゃんだって、変な組織に狙われてて大変なのに、優しいな。
「よし、明日にでも、それとなくユーリに聞いてみようか」
「そうだね! ユーリちゃんも友情パワーで守ってあげよう!」
>>>
次の日は、妹も一緒に登校した。栗っちと妹が妙にイチャイチャしていたが、気のせいだろう。
大ちゃんは、徹夜で何かを作って来たそうだ。後で実験に付き合って欲しいと頼まれた。
教室に着くと、ユーリが友人たちと楽しそうに会話していた。すごく自然に振る舞っているが、それが逆に不自然だ。
「きっと、周囲に人が居ない状態じゃないと話しにくい内容だろうな」
大ちゃんの提案で、ユーリが一人になるのを待ってから話を聴く事にした。しかし、町田鏡華と、橋月日奈美が常に一緒に居て、なかなか声を掛けられない。
「仕方がない。チャンスが来るまで待とう」
昼の休憩も、ユーリは一人になる気配がない。
先に、大ちゃんの〝発明品〟を実験するため、体育館裏の備品小屋に忍び込む。
ユーリの見張りは栗っちに頼んだ。
もしユーリが一人になったら、ここに連れてきてもらう事になっている。
「色々と考えてみたんだけど、まだ完成には遠いと思うんだよな」
そう言って大ちゃんが取り出したのは、メガネだった。
よく見ると、ツルの端っこから細い線が出てブラブラしている。イヤホンか?
「これは、ブルーの存在を認識するためのメガネだ」
スゴい! 一日で作ってきたんだ!
「ただ、こういうのってトライ&エラーで完成させていく系じゃん」
そういう系なのか。
「じゃ、一日一回しかトライ出来ないってキツイね」
「そうなんだよなー! 手こずるようなら、ウチに泊まりに来てくれないかなー、たっちゃん」
「行く行く! いつでも言って!」
眠らない僕は、夜中のお楽しみを常に探しているのだ!
……いや、なんか言い方がイヤラシイな。
「じゃあ、早速やってみるぜー」
大ちゃんはメガネを掛けて、イヤホンを右耳につけた。
「やっぱ親父のメガネだと、ちょっとデカイな」
どうやら材料が足りなかったので、親父さんのメガネを使ったらしい。しかも、普段使っているヤツを。
大丈夫なのかな。
「たっちゃん、手、見せて欲しいぜ」
「ほいさ」
掌を大ちゃんに差し出すと、いつものように、ジロジロと見つめられながら、触りまくられる。
「んー…… たっちゃん、ブルーに何か喋ってもらってくれるか?」
「ブルー、頼む」
『了解した』
ブルーは例のごとく、必要のない咳払いをひとつした後、流暢に喋り始めた。
『拙者親方と申すは、お立ち会いの中に御存知のお方も御座りましょうが、御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を……』
なんで外郎売なんだよ! と、僕が心の中でツッコんだ直後。
「うーん。外郎売っぽい事だけはわかるんだけどなー」
「えええ?! マジか! すごいな大ちゃん!!」
『ダイサクは、やはり面白いな!』
「いやいや、飛び飛びで3~4文字、聞き取れただけだからなー」
「3~4文字聞いただけで外郎売だとわかっちゃうのも凄いんですけど!」
今回の実験では、視覚的には全く認識できず、聴覚的には大きなノイズと共に、ほんの少しだけ聞き取れるという結果に終わった。
でも、それって凄くないか?
「悪いけど、あと数日して完成しなければ、お泊まり会で頼むぜー!」
「了解! 一晩中でも付き合うよ」
というか、寝ないで実験するのは〝お泊り〟とは言わないんじゃなかろうか。
>>>
結局、放課後になってしまった。
昨日は別々に帰ったようだが、ユーリは通常、鏡華と日奈美と3人で登下校しているので、このままでは話を聞けない。
僕たちは一旦家に帰り、そのあと直接、ユーリの家を訪ねる事にした。
「やー、心配してくれてありがとう! 本当に何でも無いんだよ!」
3人がかりで色々と質問しまくって、随分食い下がったのだが、結局、知らぬ存ぜぬで丁重に追い返された。
だが、これも想定の範囲内だ。
「栗っち、何かわかった?」
そう。ユーリに色々と質問して〝精神感応〟で、心の声を聞き、情報を引き出す作戦だ。
「うん、えっとね、僕たち3人に、すごく感謝してた。でも、普通の人間ではユーリちゃんを助けられないと思ってるみたい。でね、僕たちのためにも〝次〟が来たら絶対に戦いに勝たなきゃ。だって」
「やっぱり隠してる事があるな。ユーリは何かと戦うつもりだ」
大ちゃんが腕を組んで考え込んでいる。
……次に来る〝何か〟から、僕たちを守る?
いっそ僕たちが普通じゃないという事を話すべきだろうか。
「栗っち、他には何か考えてなかった?」
『えっと、えっと、たっちゃん大好きだって!』
栗っちが突然、ブルー経由の会話に切り替えた。
『マジかよ! やっぱり本当に僕のことが?!』
「んんん? 栗っち、どうした? たっちゃんも急に顔が赤くなったぞ?」
大ちゃん、いつもスゴい速さで気付くな!
さすが賢さ5882だ。
「ううん、えっとね、ユーリちゃんのお姉さんは、ケガをして戦えなくなったみたい。あと、お父さん、お母さんには、元々、戦う力が無いとか」
ナイス栗っち!
「お姉さんがケガをしたから、ユーリが戦いを引き継ぐ事になったっぽいなー」
「あ、あとね〝マーカー〟と〝ガジェット〟を受け取ったとか、最後の〝ガジェット〟だから大事に使わないと、とか?」
「お姉さんから何かを受け継いだという事かな」
大ちゃんは腕組みしたまま目を瞑り、頭を前後左右に動かしている。
「それから、次の〝予約〟が2月5日だから、準備をしなきゃっだって」
「予約? それが戦いの予定日なのかもしれないな。どう思う? 大ちゃん」
「そうだな。でも、予定日がある戦いって、なんかスポーツっぽいよなー」
「なるほど。そう思うと、なんか平和的な予定な気もするけど」
「でもさー、お姉さんが大ケガしちゃって、替わりに妹が戦うスポーツって、一体何なんだ?」
そうだよな。どう考えても、物騒な戦いのような気がする。
「あとさ、2月5日ってアレだよな、前に言ってたアレ」
「え、何だっけ?」
「分岐点」
「あ!」




