土人形
『タツヤ、たった今キミは〝土人形〟を使えるようになった』
深夜2時、ブルーが言った。
自在に操れる、自分と同じ姿の人形を作り出す能力〝土人形〟。操作には、かなりの練習が必要らしい。
「やった! ブルー、どうやって使うんだ、土人形」
『地面に手が触れている状態で、作りたい人形の姿をイメージすればいい。自分の人形なら本当に簡単だよ』
ブルー曰く、熟練すれば自分以外の人形も作ることが出来るらしい。
「よし、そーっと外に出て作ってみようか」
『万が一、誰かに目撃されたら大変だ。地下室で作るといい』
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僕はこっそりと外に出て、地下室に入る。床に触れて、自分の姿をイメージすると、ズモズモと奇妙な音を立てて床面が盛り上がる。
『タツヤ、イメージしやすいのはわかるが、キミは今、11歳だ』
出来上がったのは、26歳の内海達也人形(1分の1)。
「あーあ……巻き戻ってまだ一週間も経ってないからな」
そう、まだ一週間も経ってないのだ。なんか、ここ数日で、色々と起こり過ぎじゃない?
『キミの存在は、とてつもなく大きい。大きな石を池に投げ込めば、それなりに大きな波紋が出来るだろう。今起きている事は、キミが巻き戻った事に起因しているから、そのうち収まるはずだよ』
なるほどね。このままのペースで何かしらの事件が起こり続けるのかと思った。
「で、これ、どうしよう……」
『消そうか。もう少し練度を上げなければ、複数体の人形は作れないからね。直接人形に触れて、消えろと命令すればいい』
なるほど簡単だな。僕は人形に手を当て、消えろと呟いた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
悲鳴を上げ、膝をつく26歳の内海達也。
「うぐああああッ! 痛い! 痛い! 痛いいいいぃぃぃ!」
苦悶の表情で涙を流しつつ僕を睨む人形。
「嫌だ、うがああああ! うぐっ! うぼぇあああ!」
転げ回り、のたうち回り、やがて床に溶けていった。
『さあ、やり直そうか、タツヤ』
「出来るかああああっ!!!!!!」
何だよ今の!? 何だよこの罪悪感!!
『どうしたタツヤ?』
「いやいやいやいや! 今のどういう事さ?!」
『ああ、今の土人形の声は、キミにしか聞こえないから安心していい』
「そういう事じゃなくて! すっごい苦しそうだったよね?!」
『心配ない。土人形には意識も感情もない。苦しんでいるように見えるのは気のせいだ』
「それはアレだよな〝魚には痛覚が無いから、さばいても大丈夫〟的なヤツだよな?!」
『魚に痛覚はあるぞ、タツヤ。活造りとか、本当に人間は可哀想な事をする』
「土人形の消え方も、見た目が可哀想なんですけど! 何とかならないのかよ!」
『了解した。何とかしてみよう。安心してくれていい』
毎回、人形を消す度にアレじゃ洒落にならんぞ。
『お待たせした。完璧だ、タツヤ。もう一度やってみて』
「よーし、11歳の自分をイメージして……」
また、ズモズモと床が盛り上り、人の形になる。完璧な、彩歌が出来た。
『タツヤ、何度も言うようだがアヤカの事を考えすぎだ』
「いやいやいや! そんなに考えてないよ!?」
『しかも、自分ではない土人形を、訓練も無しに完璧に作るとは。アレだな、タツヤは』
「アレって何だよ、ハッキリ言ってくれよ!」
『私のキャラ的に、それは言えない。察してくれれば助かるのだが』
僕の気持ちも察してくれよ! ……あ、察してるから言わないのか。逆にショックだブルー。
「やり直すぞ、ちょっと残念だけど」
僕は彩歌人形に手を置いた。感触も、普通の人間と同じだ。ちょっと頭を撫でてみる。
『やはりタツヤはアレだな』
「やっぱりアレってアレかよ! 僕はアレじゃねぇし!」
なんだかよくわからなくなった。早く消そう。
「消えろ」
そう言われた彩歌人形は、ハッとした表情で僕を見た。うっすら笑顔を浮かべながらポロポロと涙を流す。両手を差し出されたので咄嗟に握ると、何か言いたそうに、泣きながら僕を見ている。
「……さようなら」
彩歌人形は、口の動きで微かに分かるぐらいの小さい声でそう言うと、僕の手をスルリとほどき、笑顔のまま床に消えて行った。
『さあ、やり直そうか、タツヤ』
「ちょっと待てえええええい!!!!」
さっきのより罪悪感が! トラウマ級なんだけど!
『どうしたんだタツヤ?』
「お前、わざとやってるな?」
『さすがだなタツヤ。よく気付いたね』
やっぱりか。ああもう、なんかモヤモヤする。
「ブルーさん。真面目にやって下さい」
『了解した。タツヤは面白いな』
今度こそ、今現在の自分のコピーを作るぞ! これ以上面白がられてたまるか。
「いでよ! 僕!」
ズモズモと以下略。
成功だ。11歳の自分が出来上がった。
『見事だタツヤ。キミの精神と接続するよ?』
奇妙な感覚だ。無いはずの〝3本めの腕〟が、背中から延びて行き、土人形に繋がったのが分かる。そして徐々に、土人形の頭、両足、腕、体のすべての感覚が自分の物として広がっていく。視界と音も、背中から伸びた腕の先にあるもう一つの器官として、感じ取れるようになった。
「うお! これ凄いな。思ってたより感覚的に操作できそうだ」
土人形の視界から僕が見えている。なんか変な感じだが、自分の目で見ている視界とは別の感覚で捉えられるので、全然違和感がない。
『そうなのか? タツヤ、ちょっと動かしてみてほしい』
僕は、無いはずの〝3本めの腕〟の先にある、人形の右手を上げてみた。〝右手の人差し指を立てる〟ぐらいの感覚で動かせる。
『タツヤ、恐れ入った。少し動かすにも、普通はかなりの訓練が必要なのだが』
「そうなのか?! 僕って、もしかして天才?」
僕は人形を色々と操作してみた。歩く、走る、座る、ジャンプ、逆立ち、側転、バック転。
『ちょっと待った、タツヤ、本当にどうなっているんだ?! キミ、もしかして土人形の視界、もう見えてるのか?』
「え? 最初から見えてるけど」
『音とかも聞こえてる?』
「うん、最初から聞こえてる」
『ありえない。凄いぞ、タツヤ!』
あれ、そうなの? 僕的には手を動かしてるのと同じ感覚なんだけど。
「あー、あー、只今マイクのテスト中―」
土人形に喋らせてみた。
『最高だ!! 発声は一番苦労する所なんだぞ?!』
「えー、本当に?」
『だってタツヤ、今やった、一連の動作が出来るなら』
「出来るなら?」
『もう、土人形と入れ替わって、生活できるな』
……という事で、僕、明日から、人形と入れ替わります。




