救出作戦
アクセルを目一杯踏み込んだ。
車は更にスピードを上げ、メーターは見たこともない目盛りを指す。
「栗っち、ワゴン車は?」
「えっとね、いま丁度、スポーツジムの交差点まで来たよ」
こっちに来い! こっちに来い!
「来た! こっちの方向に曲がったよ!」
「よし、そのまま真っすぐ来てくれ!」
『タツヤ、直接素顔を見せるのはマズい。何か顔を隠せるものは無いかな』
そうか……あのマフラー、持ってくればよかったな。
「栗っち、後ろに何か、顔を隠せそうな物ない?」
「ちょっと待ってね。えーっと……何だろう、これ」
栗っちが座席の後ろで見つけたのは〝サンプル〟と書いた紙袋に、いっぱい詰まった女性用のストッキングだった。
「カズヤ少年。良い物を見つけたな。それは顔を隠す物としては定番だ」
本来の使い方としては 逸脱しているけどな。
「ナイス栗っち! それ、使わせてもらおう」
サンプルってことは、あとで被り心地を感想文にして提出すれば大丈夫だろう。僕と栗っちは、ストッキングを頭にスッポリ被った。
「うわ! ちゃんと前が見える。凄いねこれ!」
「そうだろう、カズヤ少年。昔から犯罪者たちは、それを被るか、目出し帽を被るかしたものだ。サングラスなどは、邪道の極みと言える」
……言えねぇよ。何者の視点だよダイ・サーク。
「たっちゃん、白いワゴン車、曲がるよ! この先の銀行の角を、えっと、僕たちから見て、右方向!」
「了解! もうちょっとで追いつけるな」
『向こうは安全運転だからね……それにしても、おかしな格好だな、タツヤ』
ちっちゃい銀行強盗二人と、正義の味方だもんな。このままデパートの屋上に行けば、ヒーローショーが出来る。
「タツヤ少年。犯人の車が見えたら、スピードを落として、少し離れて追跡しよう。下手に追いかけてカーチェイスになれば、少女が危険だ」
なるほど。犯人の車が停まるまでは、少し離れて追いかけよう。
「よし、銀行が見えた。ここを右という事は……」
「海だね、たっちゃん」
そう、真っすぐ行けば、海岸沿いの道に出る。僕は慎重にハンドルを切る。銀行に突っ込んだりしたら大変だ。いまの 風体では似合いすぎる場所だから。悪い方向に。
「居た! あれだよな、白いワゴン車!」
「うん、間違いないよ! 町田さんが後ろに乗ってる。まだ、気絶してるみたい」
そうだろう。鏡華が目を覚ませば、あの運転が蛇行に変わるほど暴れるだろうからな。
「慎重に追いかけよう……あと、ユーリ達は大丈夫かな」
「それなら大丈夫だ、タツヤ少年。さきほど3人が犯人に襲われた時、私が周辺の警察署と交番12箇所、そして警官162人に宛てて、匿名メールで通報しておいた」
「スゴイよ! ダイ・サーク!」
ちょっとしたサイバーテロだな。さすが大ちゃん。
「ネットワークへのアクセスは自由自在だ。時代が追いつけば、日本中の信号機で一斉に3・3・7拍子も出来るだろう」
それは本物のサイバーテロなのでやめて下さい。
「栗っち、あの車のナンバー、見える?」
「えと、横浜○○○、わ○○-○○ だよ」
「レンタカーだ」
僕と大ちゃんが同時に言った。〝わ〟ナンバーは、レンタカーだ。
『ちなみに北海道や沖縄では〝れ〟ナンバーもレンタカーだよタツヤ』
「余談だが北海道や沖縄では〝れ〟ナンバーもレンタカーだ少年」
なんだかダブルで物知り自慢された。
「よし、そのナンバーと犯人の特徴なども、通報しておこう。位置情報は我々の追跡の邪魔になるので伏せておく」
ナイス判断だ。おまわりさんには悪いけど、僕達3人だけの方が安全に鏡華を助け出せるだろう。
「たっちゃん、右に曲がるよ!」
はるか遠くに、左右に伸びる海岸沿いの道が見えた。犯人の車は右方向に曲がろうとしている。
「あっちは確か、別荘地だったよな?」
「その通りだタツヤ少年。冬場は、あまり人が居ないはずだ」
「フフフ、それはこちらにとっても好都合」
『タツヤ、その格好で今のセリフは完全に悪役だぞ?』
「印象悪いなあ。大ちゃん、今度僕らも何か顔を隠せるの作ってよ」
「……」
「あー、もう! ダイ・サーク、お願いします!」
「お安い御用だ、楽しみにしていたまえ、少年達!」
完全になり切ってるなあ。面倒くさいなあ。
「あ! 犯人の車、停まったよ!」
白いワゴン車は、別荘地の中では比較的大きい建物の前に停車した。
かなり奥まった位置にあり、立木の多さで他の家からは見えづらい。
そもそも、先程から人の気配が全く無い。避暑地として使われる場所だ。寒風吹きすさぶ1月に、わざわざ訪れる人も居まい。
「よーし、そこが目的地だな! サクッと助けて早く帰ろう!」
車の時計では、もう11時近い。母さんにはウサギに餌をやると言って出てきたから、急がないと。
「そうだな、さっさと終わらせよう。少女が目を覚ましたら一大事だぞ」
ダイ・サークの言う通りだ。鏡華に見られたら、ストッキングを被ってても、服装と体型でバレる。彼だって、変身していて一見完璧に見えるが、リュックサックでバレる。そうなったら、いろんな意味で終わりだ。
犯人は車から降りて、建物の鍵を開けようとしている。鏡華は車の中だ。
「栗っち、催涙ガスとスタンガン、直接喰らわないように気をつけて」
「うん、ありがとう!」
「ダイ・サークは大丈夫だよね」
「問題ない。私に電撃は通用しない」
犯人が建物の中に入っていった。僕はゆっくりと、少し離れた路上に車を停めた。
「よーし! じゃ、救出作戦、開始!!」
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背の低いおじさんは、こちらに気付くと怪訝そうな顔をした。
そりゃそうだ。小学生3人が、ストッキングを被ったりヒーローの格好をしたり、
「トリック・オア・トリート!」
とか、季節外れなことを叫んだりしていたら、誰でも警戒するだろう。
「な、何なんだお前ら、何しに来た!」
「この格好見てわからないの? ヒーローショーに決まってるじゃない」
僕はそう言うと、一瞬でおじさんとの間合いを詰めた。
「あ、おじさん〝ワルモノ役〟やってよね?」
僕の足払いで、おじさんは勢いよくすっ転んだ。
「ぐおおお! なんどぶってんどらあああっ?! おああああっ!」
よく分からないことを喚き散らすおじさん。
ポケットから催涙スプレーを取り出し、僕に向ける。
「えへへ、それはダメだよ」
スプレーは、おじさんの手を離れて宙を舞い、はるか上空で破裂した。栗っちの念動力だ。
おじさんはわけも分からず逃げ出す。
「おっと。待ちたまえ」
いつの間にか、おじさんの逃げた先にはダイ・サークが仁王立ちしている。かなりのスピードだ。
「ヒィッ! ど、どうなってるんだ?! やめろ! ち、ち、近寄るな!」
おじさんは、上着の内ポケットからスタンガンを取り出し、ダイ・サークに押し当てる。
「ハーッハッハ! やはり改造品か!」
昔聞いた話だが、改造して感電死する位に電圧を上げなければ、スタンガンでは気絶することは無いらしい。
せいぜい、痛みで戦意を喪失させるぐらいだそうだ。
という事は、こいつは感電死する程のスタンガンを、あの3人に使ったという事だ。許せない。
「ふむ。なかなかの高電圧だが、私には無効だ」
「クソ! なんで、き、効かないんだ?!」
ヒーローにスタンガンは効果がないとわかり、こっちに走って逃げて来るおじさん。今度は僕にスタンガンを当ててきた。
……ストッキング男の方がザコっぽいもんな。でも残念ながら、僕にも効かない。
「いい物もってるなあ。ちょっと貸して」
僕は放電中のスタンガンを〝電極側から〟鷲掴みにして奪い取った。
「どれぐらい痛いか、思い知ればいいよ。ちなみに僕は、電気での痛みは一生感じないんだけどね」
おじさんの手首を握り、ゆっくりゆっくり、バチバチとスパークする電極を近付けていく。
「や、や、やめろ! やめてくれ! や、やめて! 嫌だぁーーー!」
少し長めに、電撃を御見舞いする。ビクビクと痙攣するおじさん。やがて、バッタリと倒れて動かなくなった。
「よし、お仕置き完了!」
「ねえ、このおじさん、どうするの?」
「そうだな。とりあえず、何かで拘束しておこう。カズヤ少年、家の中に何か縛るものはないかな」
「えっとー。ビニール紐見っけ! 入って左の棚だよ」
僕はおじさんの手足を、ビニール紐で縛った。
「ふう、これでよし。後はおまわりさんに任せよう」
ワゴン車の中の鏡華を確認した。まだ気絶しているようだが無事だ。安心してほっと一息ついた時、ブルーが警告を発した。
『タツヤ、何かが来る! すごい速度だ。気をつけろ!』
「えっ?! 何が来るんだ? ブルー!?」
次の瞬間、ダイ・サークが宙を舞った。数メートル吹っ飛び、ゴロゴロと転がる。
「大ちゃん?!」
素早く動く影は、次に栗っちを襲う。ダメだ、早すぎて目で追えない。
「たっちゃん、助け……カハッ!?」
今度は栗っちが攻撃を受けた。弾かれたボールのように、一直線に飛ばされ、別荘の壁にぶつかって倒れる。念動力による障壁と〝確率操作〟で致命的なダメージは受けずに済んだようだが、かなりの衝撃だったようだ。うずくまって動けない。
「栗っち! 大丈夫か?!」
何が起きてる? 栗っちも大ちゃんも、守備力300とか500とかだぞ? 普通の攻撃ではビクともしない筈だ。アレは一体何なんだ?!




