来客登録
轟音と共に、物置がせり上がっていく。
そしていつものように、地下への扉が現れた。
「大ちゃん、これ、見える?」
「ああ…………え? どれ?」
やっぱりダメか……
『タツヤ。やはり何か〝きっかけ〟が無いと無理かもしれないね』
今日は早朝から、大ちゃんが〝地下室〟に入れないか実験中だ。
「よし、じゃあ、切り札を使って、もう一度やってみよう」
僕はポケットから、ブルーの欠片を取り出して、大ちゃんに渡した。
「ちょっとこれ、持ってみて?」
「なんだこれ? ガラスっぽくもないし……面白いな」
既に、栗っちの時みたいに〝握手〟は試したけど、やはり触っただけではブルーを認識出来なかった。
だが、ブルーの欠片なら、普通の人にも見えるみたいだし、モノは試しだ。
「ブルー、この状態で何度か扉を出し入れしてみてくれないか」
『了解だ、タツヤ』
突然、軽快な音楽が鳴り響いた。
『チャチャ! チャチャチャ! チャチャチャチャチャ! アーーーーッ ウッ!』
大音量の音楽が辺りに流れ、その曲に合わせて、物置は上がったり下がったりを繰り返す。
「なんでマンボNo.5なんだよ!」
『プクク……いや、タツヤ、ククク……! な……何かのきっかけに? プックク』
自分で笑っちまってるじゃねーか!
「何のきっかけだよ! こんなに軽快に出し入れ出来るなら、轟音とか要らないだろ?!」
まあ、轟音だろうがドッキリ大成功だろうが、普通の人間には全く気付かれないんだけど。
「たっちゃん、大ちゃん、おはよー!」
ちょっと眠そうに目をこすりつつ、栗っちがやって来た。
あ……しまった! 栗っちには聞こえてたんだ!
ちなみに栗っちの家も、すぐ近くだったりする。朝早くからこれだけ騒がしくしたら、迷惑だよな。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、全然大丈夫だよ。それより、やっぱり大ちゃんも〝普通〟とは違ったんだね」
「よー! おはよう! 栗っちも〝特別な人間〟なのかー。昨日チラッと聞いてはいたけど、ビックリだな」
念のため昨日の別れ際に、栗っちが僕の秘密を知っている事は伝えたんだ。
元々、栗っちの不思議な能力を何度も見ている大ちゃんは、普通に納得していた。
「俺には何がなんだか解らないけど、お前らには何かが見えてるんだな」
ちょっと悔しそうな大ちゃん。やはり、ブルーの欠片を持っても、ダメだったみたいだな。
「んー、見える見えないという感じでもないんだよねー。気がつく、気がつかない? 気にする、気にしない? みたいな……」
「感覚的なものかー。〝普通の人間〟にはムズいぜ! ……あ、これ」
大ちゃんは、欠片を僕に返そうとした。
『タツヤ。その欠片を持っていれば、一方通行だが、ダイサクの声はこちらに届く。昨日のような事があるといけないので、持っておいたほうが良いだろう』
「……だってさ。それは持っておいて」
「……だってさ?」
大ちゃんは不思議そうな顔で僕を見る。
「たっちゃん。ブルーさんの声、大ちゃんには聞こえてないよ?」
「あ、なるほど、それはややこしいな。聞こえる声と聞こえない声……か」
「うん。僕は〝精神感応〟も混ざってくるから、ね?」
ああそうか、他人の心の声まで聞こえてくるんだ。さすがに判別に困るよな。
……ようやく栗っちの気持ちがわかった。
「何だ何だ、もしかして、他にも何か、二人にだけ聞こえてるのか? 凄いな」
さすが、賢さ5882。ヒントがあれば、理解が早い。
「そうなんだ。それも説明しなきゃなんだけど、先に欠片の説明を……えっと、その欠片を持ってると、僕や栗っちに、大ちゃんの声が聞こえる。使い方は、相手を思い浮かべて……」
はて。欠片に力を込めるって、どうやるんだ?
『タツヤ。私が常に気を配っておくので、ダイサクは、普通に欠片に向かって話しかけるだけでいいよ』
「……だそうだ。あ、じゃない。大ちゃんが欠片に話しかけるだけで、僕と栗っちに声が届くらしい」
「便利だなー! で、これは、何なんだ?」
「そうそう。それの説明をしたいんだけど、ここで立ち話もアレだよな」
それじゃ、僕の部屋に移動するか。
「……でも、るりちゃんは、僕が部屋の前を通ると、ドアから手だけ出してきて、中に引きずり込んじゃうんだよね」
怖っ!! そんなクモ居るよな。なんていうクモだっけ。
「戸立て蜘蛛かよ! 怖いな!」
クモの名前がわかった。さすが大ちゃん。博識だ。
「引きずり込まれたいのは山々なんだけど、今日は大ちゃんに、僕の事も話したいし」
なにか妹に〝引きずり込まれたい〟らしい発言があったけど、きっと気のせいだな。
「じゃあさ、俺んち来るか?」
「え? いいの? こんな朝っぱらから」
「おう、今日は親父もお袋も、早くから出掛けちゃってるから大丈夫だ」
「早くからって、今まだ朝6時だけど?」
「ああ、なんか、急用でドイツ行くって。ウチ、あっちに親戚多いんだ」
「そんなにヒョイと行けるんだ、ドイツ。親戚が多いのは、前にも聞いたけど」
「あれ、俺、言ってないぞ? ドイツの親戚の事」
「あ、しまった。それを聞いたのは、中学入ってからだったかな?」
「ん……! それ、大ヒントだな? 面白くなってきた。とにかく俺んち行こう!」
今思い出した。中学卒業後に、大ちゃんが引っ越して行った先も、確かドイツだ。
「それじゃ、大ちゃんもしかして、ちょっとの間、一人暮らし?」
「まあなー。3~4日で帰ってくるってさ。なんか、昨日の夜はバタバタしてたぜー」
なんだろう。よっぽどな急用だったんだな。
「あと、なんか親父、セキュリティレベルを最大にして行ったから、二人とも、ウチに入ったら、俺からあまり離れないようになー」
大ちゃんの家には、家族以外の人間を捕獲する仕掛けが、いたるところにあって、僕も以前、トイレに行こうとしただけで、地下牢に落とされた事がある。
確か、玄関で〝来客登録〟をして、あとは〝家族3人から5メートル以上離れない〟がルールだっけ。
「いつものセキュリティレベルだと、単に捕獲されるぐらいだったっけ? ……最大だとどうなるの?」
「命に関わると思うぜ。見たこと無いけど」
怖いな! ウチの〝戸立て蜘蛛〟のほうが、まだマシじゃないか!?
「るりちゃんになら、毎日でも捕まっていたいな」
栗っちから、なにか不思議な願望を聞いた気がするが、空耳だろうな。
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「さあ、登録しようか」
大ちゃんの家の玄関だ。パッと見た感じ、普通の民家だが、入り口のインターホンが凄くデカい。このインターホンを操作して、来客をセキュリティの対象から外しておかないと、侵入者扱いになるのだ。大ちゃんがインターホンの横にカードを差し込んで、目を近づける。
「虹彩認識が完了しました。おかえりなさい、大作様」
「来客登録。内海達也」
「声紋確認完了。大作様のご来客を登録します。お客様は正面にお立ち下さい」
僕はインターホンの前に立つ。
「カメラに目を近づけてから、マイクに向かって発音して下さい」
「内海達也でーす」
「虹彩・声紋確認完了。データベースと合致しました。いらっしゃいませ、内海達也様」
栗っちも同じ手順で登録を終える。
「いらっしゃいませ、栗栖和也様」
確か、初めて登録する時はすごく面倒だった。なんでここまでするんだろうとか、思っていた気がするけど、昨日みたいなのが襲ってくる可能性があるなら、仕方ないか。
「昨日はあの後、どうだった?」
大ちゃんに聞いてみた。
「親にはやっぱり色々と聞かれたよ。けどなんか電話が来て、そこから急に、それどころじゃない感じになったんだ」
「ああ、ドイツ親戚関係の電話だったんだな」
「だろうな。そっちはどうよ?」
「ウチはねー、例の転落事故があったんで、ちょっと過敏になっちゃってるんだ」
「俺んちもそうだぜ。さすがに正月早々、色々と起き過ぎだよな」
「とりあえず、事件が、ニュースになるぐらい大事だったのと、僕が無事だったのとが上手くハマって、〝何より無事で良かった〟になってくれたので助かったよ」
「実はガッツリ関わっちゃってるけどな」
「本当だ。絶対にバレないようにしなきゃ」
僕たちは、大ちゃんの部屋に入った。よく解らない機械や部品がいっぱい置かれている。散らかっているのではなく、規則正しく並べられている。
この整然とした乱雑さ、懐かしいな。
「さて、それじゃ、何の事から話そうかな……」




