家路
この駅には2台の電話がある。
……その内のひとつは、知らないオジサンが長電話中だけど。
「あ、もしもし、母さん? 僕だよ」
実は〝公衆電話〟自体が、超・久し振りなんだけど。
15年後は、携帯電話やスマホに圧されて、あんまり見なくなっていたし、使うことも無かったから。
「そうそう。なんか電車が止まっちゃって。ええ!? そんなに大騒ぎになってるの!?」
……なんてね。
よーく知ってる。悪の秘密組織〝ダーク・ソサイエティ〟の仕業だ。
「うん、大ちゃんも一緒。大丈夫だよ、バスに乗れたから」
臨時のバスが駅前に着いたから、降りて来た人で混み合う前に、さっさと公衆電話を使わせてもらっているんだ。
ちなみに大ちゃんも、僕のすぐ後ろに並んでいる。
「お待たせ大ちゃん。なんかニュースになってるって」
「マジかー! まあ、電車が爆発したら、そうなるかもなー」
大ちゃんが電話のボタンを押しながら驚いている。
……いつの間にか、バスから降りてきた人たちが、僕たちの後に行列を作っていた。
「もしもし? あ、俺だよ俺。なんか電車が止まって。うん…………な! なんだってーーー?!」
演技ヘタかっ?!
そういえば……国語の本読みですら、結構苦手だよな、大ちゃんは。
「あー、そうそう。たっちゃんも一緒。すぐに帰るから。大丈夫だよ、二人で」
色々あったけど、なんとか作戦は成功しそうだ。
そうだ。栗っちにも連絡しておこう。
……まあ、全部お見通しかも知れないけどね。
僕は右手に力を込めた。
『栗っち、もしかして、見てた? なんとか終わったよ』
『お疲れ様―! たっちゃんも大ちゃんも、カッコ良かったよ!』
やっぱ見てたか。
〝千里眼〟っていうやつかな。
『僕も行ければ良かったんだけど、ごめんね』
『いやいや、むしろスゴいよ! 栗っちの〝未来予知〟のお陰で、大ちゃんは無事だったんだ。ありがとう』
『えへへー、照れちゃうな。大ちゃんが無事で良かったねー』
本当に良かった。
〝悪の秘密組織〟なんて物が、実在するなんてな。
……ダーク・ソサイエティの〝怪人〟アルレッキーノ。
あんな奴に連れてかれたら、何されるか分かったもんじゃない。
「終わった終わった! お待たせたっちゃん、帰ろうぜ!」
「わりと長引いたね、電話」
「あー。なんか親が信じてくれなくてさー。なんでだよ、まったく!」
演技力の問題だと思う。
……言えないけど。
『タツヤ』
「ブルー? どうした?」
『あれを見てほしい。先程の自転車だ』
駐輪場の方を見ると、臨時バスから降りたのであろう、小柄な女性が、先程借りた自転車の前で僕の置いた〝色紙〟を開いて、訝しげにしている。
壊れた後輪の鍵などを確認してから、旧一万円札を、財布にしまってくれた。
どうやら、自転車は無事、持ち主に返ったようだ。
「良かった。気になってたんだ。非常事態とは言え、関係ない人に迷惑かけたくないもんな」
本当なら、鍵をちゃんと直して、新品のチェーンをつけてから返したいけど、さすがにそれは無理だ。
「まあ、一万円もあれば、お釣りが来るだろう」
僕と大ちゃんは、駅前の商店街を抜け、家路を急ぐ。
少し駅から離れると、街灯が少なくなるので、かなり暗い。
「あ、そうだ、俺、ライト持ってるぜー」
大ちゃんはリュックサックから、小さなペンライトを取り出した。
スイッチを入れると、恐ろしい光量が目の前を真っ白に照らす。
「スゴいだろ、このライト。俺が改造したんだぜ」
確かにスゴい。まるで昼間だもんな。
15年後のLEDライトなんか、比べ物にならない。
「この前、たっちゃんが穴に落ちた時に、これがあったら良かったのになー」
そうだな。
って、いやいや! それはマズい。
僕の人間離れした〝ボルダリング〟まで、見られちゃったかもしれないから。
『タツヤ、前を見てほしい。アレは、あまり良くないのではないだろうか』
「え? どうした?」
よく見ると、ライトが照らした先にある木の塀から、煙が出ている。
今にも火がつきそうだ。
「大ちゃん! 燃える! 塀が燃える!」
「うお、ちょっと火力が強すぎた!」
懐中電灯なのに〝火力〟って言っちゃってるし。
「ちょっと弱火にするか」
ガス器具かよ!
っていうか、大晦日に無くて良かった。
そんなので照らされたら、バーベキューになっちゃってたぞ?
『タツヤ。キミを焼くには、もっともっと熱量が必要だ』
「いやいやいや! 別に僕、焼いて欲しいわけじゃないからね?!」
大ちゃんは、ライトのツマミを操作して、光の量を半分ぐらいに落とした。
「さて、今日は色々あってパニックだけど、俺が一番気になるのは、やっぱ、たっちゃんの事だ」
来たか。そうだよな。むしろ、聞かれない方がおかしい。
「けど、それあんまり、人に言っちゃいけない事だよな? たぶん、正月のあの事故と関係あるだろ?」
マジか!? 大ちゃん、やっぱり普通じゃないな。
「何でそう思うの?」
「だってさ、助け出されてから後のたっちゃん、別人だぜ? あ、違うな、本人だけど、ちょっと大人になり過ぎてる」
「驚いた……! ほぼ正解だ。なんで解っちゃうかな」
「〝瞬間記憶能力者〟を舐めんなよなー。こんな簡単な間違い探しは無いぜ?」
そっか。何もかも全部覚えているから、違いがわかるんだ。
「洞窟の穴に落ちる前と落ちた後では、使う言葉とか動きが、凄く大人びてるし、考え方とかも知的だしな」
「もしかして、今朝も気付いてた?」
「ああ、ベルトの事か。正月までのたっちゃんだったら、ベルトの構造とかより、装着した時の音とかランプに食いついて、カッケー!!! とか言ってそうだから」
うあ、ガキっぽい反応だな。ホントに11歳の僕ってそんな感じだったのか?
「とっくに気付いてたんだ。でも、何故その時に聞かなかったの?」
「だって、たっちゃんが俺と栗っちに話さないんだぜ? なら、絶対に、話せない理由があるんだと思ってさ。聞けなかったんだ」
不覚にも、その言葉に僕は、泣いてしまった。本当に、良い友達だ。
「ああほら、そういうトコだ。たっちゃんは、間違いなくたっちゃんじゃん。だったら、詳しく聞かなくてもいいんだ。話せるようになったら、話してくれよなー」
ボロボロと泣く僕の肩を叩きながら、大ちゃんは笑う。ちゃんと話そう。彼にはそうしなければならない。
「ありがとう大ちゃん。確かに僕には秘密があるし、簡単には説明できない事なんだ。けど、大ちゃんには聞いて欲しい」
「えー? 大丈夫かよ。無理しなくて良いんだぜ」
「いや、むしろ、大ちゃんの事でもあるんだ。明日、忙しい?」
大ちゃんは、少し不思議そうな顔をしたが、すぐに何か悟ったようだ。
「大丈夫……どこ集合にする?」
「ブルー、大ちゃんは地下室、入れるかな?」
『んー、私を認識できない内は、無理かもしれないが、試してみる?』
もし駄目だったら、ぼく部屋でもいいしな。
「ウチの裏の、物置の前、集合で!」




