電車は動かない
電車の運転席から、客室内を覗く。
……この車両には誰もいないようだ。扉を開け、慎重に2両目へ続く扉に向かう。
『タツヤ、人間は後ろへ後ろへと移動している。正体不明の存在5体も、それを追うように移動しているよ」
運転士と乗客は、何者かに追われるか、誘導されて最後尾に向かっているのだろう。
『3両目の奥で、5体のうち、1体が止まった。見張り役かもしれない。残りは、さらに後ろへ移動している』
僕は2両目の奥の扉から、中を確認した。4両目に続く扉の前に、黒いスーツの男が1人、立っている。
「何者か知らないが、非常事態だ。行くぞ!」
『タツヤ、一応、気をつけて』
僕は扉を開け、中に入った。スーツの男はこちらに気付いたようだ。無表情のまま、懐に手を入れる。
「ブルー、あれ、人間じゃないのか?」
『違う。生物かどうかすら怪しい』
「飛び道具とか出しそうな雰囲気だな」
『銃とか、キミには効かないけど、大きな音が鳴ったら面倒だね』
「だな。じゃ、行くよ。本当に人間じゃないよな」
『人間じゃない』
僕はダッシュで男に近づく。懐から取り出したのはやはり拳銃だった。男が銃口をこちらに向ける前に、間合いを詰める事ができた。見たか僕の素早さ。
「痛かったらごめんよ!」
男の膝を、関節とは反対方向に、思い切り蹴り込んだ。鈍い音を立てて、足が変な方向に曲がる。すかさず、手のひらでアゴを一撃すると、首もありえない方向に曲がった。
「一応、こっちも念のためだ!」
銃を持った方の手首と肩を掴み、肘にも膝蹴りをお見舞いした。こちらの関節も、逆方向に折れ曲がった。銃は男の手から離れカラカラと床に転がる。男は扉の方に背中をつき、グニャリと崩れ落ちた。
「さて、これで、実は人間でしたー! なんて事になったら、ちょっと嫌だぞ?」
『タツヤ。人間じゃないと思ったけど、どうやら人間……』
「ちょい待て、ブルー! そりゃ無いぞ?!」
『いや、人間がベースのようだが、生命を感じない。たぶん、今は何らかの方法で動いている機械だ』
「機械人間? サイボーグ? そんなの居るのか!?」
「オウキュウ・ショチ・カンリョウ・サイキドウ・カイシ」
へたり込んだ男が、何やら喋ると、電子音と機械音が響いた。
「ピピピ・ギリギリ・ピピピ・セントウモード・カイシ」
何事も無かったようにスッと立ち上がるスーツの男。素早く僕の頭上を飛び越え、2両目に向かう扉の前まで後退する。
「エネミー・ロック・ショウキョ・カイシ」
「ブルー。あいつの強さ、わかる?」
『すまないタツヤ。生物ではないので、まだ少しデータが、必要だ』
「そっか。まあ、僕がショウキョされるって事はないだろう?」
『アハハ。タツヤ、それは面白いね。絶対にない』
じゃ、何発か殴ってみますか。また〝素手〟スキルが上がっちゃうなあ。
「ブソウ・ヘンコウ・カイシ」
変な方向に折れたはずの腕がポロリと外れ、刃物が飛び出した。ついでに左手も、手首から外れて大砲のように変形した。あれ、左右逆じゃない? その大砲、逃げても追いかけてくるやつ、出すんじゃない?
『タツヤ、発射する時は左右逆に描かれていたので、あれはあれで正解かもしれないぞ?』
なるほど、偉大なる名作の作画ミスをディスるつもりか! 気合だけで、かき消してやる!
『無駄話はここまでだ。来るぞ』
男は、大砲を構えた。まあ、この距離ならそうするよね。しかし、撃って来ない。こちらに砲口を向けて、構えているだけだ。「フオォォ」という音と共に、風が吹いてくる。
「ありゃりゃ? 壊れちゃってるのかな?なんかちょっと、風が来てるけど」
『タツヤ、あれは、火器じゃない』
「え? じゃ、あれ、何?」
『今、キミの〝病毒無効〟が発動した。毒ガス兵器だね』
「うわ 物騒だなあ! あとの4体もアレを持ってるなら、先に左手を壊しちゃわないとな」
「エネミー・ケンザイ・カクトウセン・カイシ」
「なんか、全部しゃべっちゃうんだな。兵器としては、どうかと思うよ」
『タツヤ、あれは、威嚇の意味か、設計者が漫画の見過ぎなのではないだろうか』
「前者であってほしいな。でも、あの武装の感じだと、後者の線が濃厚かも……」
黒スーツは、刃物を前に突き出して、突進してきた。
「刃物か。この前の不良よりは、実践向けなんだと思うんだけど」
「ギィィィン!」
僕に刺さるはずの刃物は折れ曲がり、弾け飛んだ。そりゃそうだ。あの痛い痛い注射針ですら、弾き返すんだぞ? まだ試してないけど。
「ほらね、結果は同じだ」
『だからと言って、コピペは反則だぞ、タツヤ』
ブルーによく解らない事を注意されたんだが。
「ガガガ・カイセキ・フカノウ・エネミー・ケンザイ」
さて。それではそろそろぶっ飛ばすか。急がないと大ちゃんがヤバイし。
僕は2~30発殴ったあと、思い出したように蹴りに変更して、黒スーツが抵抗しなくなるまでボコボコにした。
「というか、四肢がモゲて、頭は縦に真っ二つ。胴体は5~6個に砕けてるのに、まだちょっとビクビク動いてるな」
まあ、さすがにもう、起き上がる事はないだろう。僕は4両目への扉を開けた。奥の扉の前に、同じように黒いスーツの男が居る。
「参ったな。ここにも見張りだ」
『タツヤ、急ごう』
「だな。さっきので、もう弱点わかっちゃったし」
僕は一瞬で男に近づいた。スーツの懐に手を入れて、銃を奪い、投げ捨てる。あとは腹を、殴る殴る殴る蹴る蹴る蹴る殴る殴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。
「セントウモード・カイシ」
なんか、刃物を出して切りつけてきたりしてるけど、僕には効かない。
蹴る蹴る殴る殴る蹴る蹴る蹴る殴る殴る……
よし、腹に穴が開いた。中に手を突っ込んで、手探りで目当ての部品を探す。
「みっけ!」
丸い部品を見つけた。鷲掴みにして、力任せに引っこ抜くと、急にへたり込み、ビクビク痙攣し始める黒スーツ。
……間もなく、動かなくなった。
『タツヤ、やはりそれが重要な機関のようだね』
「弱点が分かれば楽勝だな!」
さらに後ろの車両に急ぐ。
「でも、このやり方、僕しか出来ないぞ。毒ガスも出してきちゃうし」
手に持っていた丸い機関を、ポイと投げ捨てる。
『次の車両にはもう誰もいない。全員、最後尾だ。気をつけろ。多くの人間がいる。ガスを出されたら終わりだよ』
「よし、わかった。慎重にいこう」
最後の車両に向かう扉。椅子や網棚には、乗客の荷物が放置されたままになっている。
……そっとガラス越しに、中を確認してみた。銃を向けられて怯える人々の中に……いた、大ちゃんだ! 車掌室の扉近くの椅子に座って、何やらリュックサックをイジっている。
『ダイサクは何をしているんだ?』
「多分、あのベルト、完成してるんだろうな。こっそり起動しようとしてるんだ」
『タツヤ、あんな複雑な機械、今日の日中だけで、どうにかなるのか?』
「それが大ちゃんの凄い所なんだ。場所も道具も選ばない。それに、部品を買い揃えたら、家に帰り着くまで、我慢できるほど気も長くない」
ほらね。リュックを背負って、ベルトをつけた。リュックから伸びたコードをベルトの横に繋ぐ。
『ダイサク、なにやら悶えていないか?』
「きっと、無数の針が、体中に行き渡ってる所なんだろう。痛くないけど……むず痒いとか?」
『ダイサク、グッタリしたが、大丈夫なのだろうか?』
ちょっと心配になってきた。助けに入るか。
そう思った瞬間、立ち上がって、スーツ姿の男に、
「そこまでだ!」
と、叫ぶ大ちゃん。聞こえないけど、口の動きでわかる。
『タツヤ、ダイサクは、まだ超人化していないようだが? 何故、先にベルトを起動しないんだ?』
「ああ。それは、大ちゃんが特撮ヒーロー物の見過ぎだからだよ」
実際、変身しないまま、少しだけザコと戦ったりするんだよな、ヒーロー。何故かは知らないけど。
『タツヤ、ダイサクが、何やらポーズをとっている。そしてそれを、黒スーツ達は、何もせずに見ているぞ』
「ブルー。変身する時は邪魔をしないというのが、暗黙のルールなんだ。これを破ると、恐ろしいことになる」
どうなるかは知らないけど。
「変身!」
大ちゃんが、ベルト正面の赤い部分を押し込むと、まばゆい光が車両内を照らした。




