人生で最も鍵を壊す日
※視点変更
栗栖和也 → 内海達也
※舞台変更
内海宅 → 電車内
電車は走る。膨れたバックパックと、5キロの米袋を持った僕を乗せて。
『タツヤ、よく頑張ってくれた』
「ああ。なんとか目標の10万円、集められたな」
結局、今回はあのあと、本屋で雑誌を買い、ゲームセンターで懐かしのゲームを堪能し、酒屋で買った日本酒を神社にそっとお供えして、ハンバーガーを食べつつ、米屋で米を買うという、無節操で不謹慎で信心深い、不思議な買い物ツアーとなった。
『帰り際に駅の売店で、キミが旧一万円札を出して夕刊を買った時は、ヒヤヒヤしたぞ』
「あー、旧札を使うことに慣れちゃって、ちょっと感覚が麻痺してるかもな」
何はともあれ、バレないようにこの荷物を地下室に運べば、今日のミッションは無事終了だ。
「あ、でも米はマズいか。地元でこれを運んでいる所を見られるのは、悪い目立ち方だ」
『このまま、網棚に置いて行く?』
「それはちょっと……米は、粗末にしたくない」
おばあちゃんの教え、その2だ。
「考えがあるにはあるんだ。ちょっと強引だけど」
地元の駅に着いた。念のため、知り合いが居ないか注意しつつ、改札を抜けて、駅前の、まりも屋を目指す。
「確か、まりも屋さんで使っている米が、この銘柄なんだよ」
入口近くの窓から、店内を覗く。既に何人かのお客さんが居て、おじさんも店員さんも忙しそうにしている。
「よし、ナイスタイミング」
店の裏に回ると、犬小屋があり、雑種の犬が寝ていた。
『タツヤ、犬がいるぞ?』
「ああ、アイツは大丈夫だ」
犬はこちらに気づいたようだ。ムクリと起き上がり、千切れそうな勢いで尻尾を振っている。
「ゴン太、久し振りだなー! 元気か? ……おっと待った、吠えるなよ?」
この犬は……まあ、ちょっとした知り合いだ。〝クウン〟とは鳴いても、吠えられる事はない。
「ごめんなゴン太。ちょっと通してくれ」
そっと勝手口の扉を開けて中を確認する。思った通り、誰も居ない。
「店が忙しい時は、誰もこっちまで来ないんだ」
確か、調味料や大皿などが置いてある棚の下に、米袋が置いてあったはずだ。
『よく知っているな、タツヤ』
「高校を卒業するまで通い詰めたんだ。まりも屋の事なら何でも聞いてくれ」
息子さんの代になって、カレーが美味くなった理由は未だに謎のままけど。
「あった! それにしても、さすが大盛りが売りの、まりも屋だな」
30キロ入りの米袋が5つも並んでいる。その内、口が空いて中身が半分ぐらいに減っている袋に、今日買った米を全部入れて、外に出た。
「わふ?」
「またな、ゴン太」
ブンブンと尻尾を振り続けているゴン太を横目に、駅まで戻ってきた。
「ふう。これで大丈夫だ」
あとは、大ちゃんが帰って来るのを待つだけだ。駅の時計では、夕方5時半を回ったところ。次の電車が来るのは15分後ぐらいかな。
「夕刊でも読みながら待つか」
『待った、タツヤ。駅前で夕刊を広げている小学生も、ちょっとおかしくないか?』
「おっと、そう言われればそうか」
危ない危ない。なんかやっぱり、感覚が麻痺してきている。
「今日、ちょっと自由に動きすぎたせいだろうな」
『それより、作文をどうするか考えたほうが良いんじゃないか?』
そうだ。今日の事、作文にするんだった。
『万が一の事を考えて、ダイサクと話し合っておいたほうがいい』
「だよな。僕の書いた作文で、大ちゃんに迷惑が掛かったりしたらマズい」
当たり障りのない、買い物紀行を考えておくことにしよう。
僕は、駅の売店で缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛けた。あ、今回はポケットの小銭を使ったのでご心配なく。
「大ちゃんと、映画を見たことにするのはどうだろう」
『同じ映画を見てきた友人や先生に、咄嗟に話題を振られたりしないだろうか』
「それ、怖いなー。大ちゃんも、見た事のある映画じゃなきゃ駄目か」
コーヒーを一口飲む。やっぱ〝買い物ネタ〟オンリーかなー。
『……たっちゃん! たっちゃん! 聞こえる?』
突然、右手から栗っちの声がした。
『ああ、今日はありがとう! るりの相手、大変だったんじゃない?』
『ううん、とっても楽しかったよ、お義兄さん……じゃなかった、たっちゃん』
若干、不自然な言い間違いがあったようだが、気のせいだろう。
『えっと、それより大変なんだ! 大ちゃんは、もう一緒に居る?』
なんか、ちょっと焦った口調だ。どうしたんだろう。
『いや、まだなんだ。多分、次の電車かな』
『大ちゃん、知らない人達に連れて行かれちゃう! たっちゃん、助けに行ってあげて!』
『何だって?!』
〝未来予知〟か! そう思った瞬間、アナウンスが流れた。
「大変申し訳ございません。5時47分着の電車は、トラブルの為、到着が遅れております」
『たっちゃん、見えるよ。そこから2キロほど北で、黒いスーツの人達に電車が止められてる』
あからさまに怪しいな! 何者だ?
『わかった! 急いで行く!』
僕はホームを飛び出した。緊急事態なので、駐輪場の自転車を借りよう。
「あとでちゃんと返します!」
目立たない場所に置いてある、比較的小さめの自転車を選び、前輪を固定してあるチェーンと後輪の鍵を、拳で砕いて、飛び乗る。
『タツヤ。顔を隠した方がいい』
「ああ、そうだな。わかった!」
僕は、バックパックから、キレイに包装された婦人用のマフラーを取り出してビリビリと包み紙を破る。
「こんな感じか?」
マフラーで、顔をグルグル巻きにした。
……なるほど、これが〝呼吸不要〟か。息ができなくても、全然苦しくないな。
「これでよし! 行くぞ!」
踏切から、線路内に入り、北へと走る。大人の力で子どもの体だ。砂利と枕木が邪魔だが、それでも自転車は凄いスピードで進んで行く。
「見えた、あれだ!」
『タツヤ、電車内に、人間は24人。犬か猫が1匹。あと、ちょっとよくわからないのが5体』
「よくわからないの?」
止まっている車両に到着した。運転席に人はいない。
『5体とも、生き物のように動いてはいるが、少しおかしな感じだね』
「もしかして、悪魔?」
『あれは〝生物〟だ。ああいう感じではない』
「マジか……! なんかイヤな予感がするぞ……無事で居てくれ、大ちゃん!」
僕は運転席のドアによじ登り、鍵を破壊して中に入った。




