ブルー
体が縮んでしまっていた。
……何か聞いたことあるな、このフレーズ。
僕は、どうやら本当に、子どもに戻ってしまったようだ。
「なあ、もう1回さ……光り輝くとか、雷鳴が轟くとか、やってくれない?」
せっかくの見せ場が、水たまりのせいで、残念な感じになったじゃん。
『タツヤ、先ほど言ったが2度は出来ない』
「……えー!」
左手にあった筈のスマホは、もう無い。
服装は、上は羽毛がたっぷり詰まったジャンパー、下は冬だというのに半ズボンというアンバランスさ。まさに、ザ・小学生って感じだ。
そして僕の手が小さくなった分、大きくなったように見える〝自称・地球の意思〟が、周囲を青く照らしている。
『それでは色々と説明しよう。おっと、その前に』
パキン! と、澄んだ音を立てて、右手を貫いていた長い石が割れ落ちた。
『はみ出た部分は、邪魔だからね』
僕の手には、青く光る石が丸く残されている。
ちょっと! これ、向こう側が透けて見えるぞ。
『心配しなくても大丈夫。一般の人間には普通の手に見えるから』
手相占いもOKだそうだ。
いやいや、誰がこんな手をわざわざ見せびらかすんだよ。
『不要な部分をカットして、サイズは小さくなったけど、何も問題はない。大きさは関係ないんだ。さて……』
石は説明を始めた。僕は11歳……小学5年生に巻き戻ったらしい。そして巻き戻る前と同じで、今日は大晦日……
『いや、ちょうど今〝新年〟を迎えた。明けましておめでとう』
これはこれは、ご丁寧にどうも。
……で、僕は友人たちと一緒に洞窟の奥に踏み込んで、僕だけ縦穴に落下。いま現在、その友人2人、九条大作と栗栖和也が、助けを求めに、山を下りている所らしい。
『洞窟の奥に踏み込まなかったという過去は、キミが落下する方向に修正された』
「そう言われると、なんか〝落とし穴ドッキリ〟に引っ掛けられたみたいな気分になるな」
……まあいいや。
で、この事件こそが本来起こるべき〝地球の意思との出会い〟だったそうで。
『ああ。〝石〟とか〝意思〟とか呼びづらいね』
石は〝ブルー〟と呼んで欲しい。と言った。なるほど、名前が有った方が分かりやすい。
『知っての通り、この星は原因不明の終焉を迎える。分かっていた事だが、やはり私の力だけでは、それを回避する事は出来なかった。キミが居なかったからだ』
ブルーは、少し悔しそうな口調で静かに話を続ける。
『タツヤ。キミは星の運命を変える事が出来る唯一の存在だ。キミが居れば何とかなる。どうかこの星を救って欲しい』
僕が星を救う? イマイチ実感が湧かないんだけど。実際、何をすればいいんだ?
「えっと……15年後に起こる〝何か〟を止めればいいのか?」
『そうではない。キミが不在のまま、私が〝単独〟で寿命を維持できたのが、今から15年間だったんだよ』
「あれ……? ということは……」
『そうだ。最初の〝分岐点〟は、すぐそこまで迫っている。導き手のキミが、ちょっとずつ、分岐を正しく選び続けて、星を破滅から遠ざけてほしい』
なるほどな。そういう事か。
『注意してほしい点が3つある。まずひとつ。キミはこれから起こる出来事を、全て知っている』
そうだな。僕は未来から来たんだから当然だ……あれ? それってスゴくない? 予言者みたいに、色々と未来を言い当てたり出来るじゃん。
『確かにキミは、その未来の知識を使って、たやすく歴史を変えられる。だがその内、結局キミが知っている元の歴史にたどり着いてしまう』
「え? どういう事?」
『歴史は〝しなやか〟だが〝頑丈〟に出来ている。死ぬ運命の〝誰か〟を助けたとしても、近い将来、別の事で命を落とす。壊れる予定の〝物〟を守ってもすぐ壊れるし、落とすはずの〝財布〟に気をつけていても、いつの間にか紛失する』
駄目じゃんか! それだと〝地球の破壊〟も、防げないぞ?
『タツヤ。キミは〝星を救うため〟なら、そんな頑丈な歴史をねじ曲げられる。それが導き手であるキミの、最大の能力だ』
「……なるほど。と言うことはつまり、僕が覚えている二十歳の誕生日の〝4億円が当たる6つの番号〟は、地球の運命には関係ないから覚えておくだけ無駄だという事だな?」
『そうだね。その4億円は、思いも寄らない方法で、即座にキミの手から離れるだろう』
……ちぇ、つまんないの。
で、あとふたつの注意点って?
『キミは何者にも縛られない、無敵の存在だ。不老不死をはじめ、様々な能力を得ていく。だが、その力を際限なく使い続ければ、やがて必ず、得体の知れない何かに、押さえつけられる事になるだろう』
「得体の知れない何か? って何?」
『それはね、誰にも分からないんだ。自然現象のような物だと思って欲しい。その不思議な何かが、行き過ぎた力を押さえつけようとしてくる。何者も抗う事は出来ない』
ちょっと怖いな。
けど……要するに〝あんまりはしゃぎ過ぎると廊下に立たされる〟という事だな。
『あはは。タツヤ、それは面白いね!』
喜んでもらえたみたいだ。
地球の意思って、笑うんだな。
『みっつ目。地球の終わりは、どんな形でやって来るのか分からない。自然現象かもしれないけど、もしかしたら悪意を持った存在による物かもしれない』
「悪意を持った……存在? 人為的に、壊される? 地球が?」
『〝人〟に限ったことじゃない。〝意思〟は、さまざまな形で、さまざまな物に宿るからね』
「いやいや。地球の破壊の原因って、自然現象一択だと思ってたよ」
『あくまで、可能性だけどね。でもゼロじゃない。そして、その悪意を持つ存在、言わば〝敵〟が、キミを狙う恐れがある。もちろん〝終焉〟に関係ない者にも、目をつけられるかもしれない』
怖いな。そのパターンは想定外だった。まあ、不死身だから大丈夫だろうけど。
『駄目だ、タツヤ。キミはあまりヒトに能力を見せびらかしたり、目立つような事をしない方が良いんだ』
「いや、大丈夫だろ。僕、死なないんだしさ」
『星を終焉に導けるような〝敵〟だ。キミを破壊する方法を、用意する恐れがある。それに、キミの関係者が危険に晒されることになるかもしれない』
なるほどね。人質にとられるとかはありそうだ。父さん、母さん、妹、おばあちゃん。友達も、盾にされれば言う事を聞くしかない。それはちょっと怖いな。
『あ、そうそう……タツヤ、話は変わるんだが』
急に、声が低いトーンに変わるブルー。え? なになに?
『覚えていたら教えてほしいんだけど、今日、この日、キミはなぜ洞窟の奥へ入るのをやめたんだ?』
……あ、あれ? そういえばそうだ。
んー、何だっけ。15年前の事だ。かなり記憶に、モヤがかかっている。
「…………い」
遥か上の方から、小さく声が聞こえた。
「……おーーーーい! 大丈夫かーー!!」
オトナの声……どうやら助けが来たみたいだ。
「……たっちゃああああん!!」
子どもの声も聞こえる。
これは〝栗っち〟の声だ。
「懐かしい声だ……」
栗栖和也、あだ名は「栗っち」
その声を聞いて思い出した。
あの日、僕が洞窟の奥へ進まなかったのは……
〝ダメだよ、たっちゃん! 何か手に刺さってる! たっちゃんが死んじゃうよ!〟
必死の形相で泣きわめいて、彼が僕を止めたからだった。