そしてSとW
「よー!」
朝8時。大ちゃんがやって来た。
背中には、偶然デザインがカブって、僕のと〝お揃い〟になってしまったリュックサックを背負っている。
ちなみに、僕の方のリュックは地下室だ。札束がいっぱい詰まっていて、持ち出すわけにはいかない。
彼のリュックも、何やら重そうだが、中身はきっと、親父さんにもらった、発明品だろう。
「おはよう! さあ、行こうか!」
僕と大ちゃんは、たま~に〝作戦X〟と称して、各々、好き勝手に出掛けることがあった。
親たちは、二人で一緒にどこかへ遊びに行っていると思っているが、僕はちょっと遠くにある、お気に入りのゲームセンターとか、本屋に行き、大ちゃんは、親に内緒の買い物をするため、東京にまで足をのばしているようだ。
「ナイスタイミングだぜ、たっちゃん。丁度、俺の方から電話しようと思ってたんだ」
「いやいや、こちらこそ助かるよ。ちょっと必要なものがあってね、しかも誰にも言えないんだ」
ウソは言っていない。安全に使える現金が欲しいのだ。大ちゃんも今日の僕の用事が、マネーロンダリングだとは思うまい。
「お互い、詮索は、しないルールだ。俺の方のは何が欲しいのか、バレちゃってるかもだけどな」
「んー、大ちゃんの用事は、いつも高度だから、聞いても多分わかんないよなー」
今回は、珍しく僕も同じ電車に乗る事にした。とにかく、遠くて買い物のしやすい所ならどこでも良い。
「今日のは、とにかくすごいんだぜ。絶対、動くようにしてみせる!」
大ちゃんは、駅のホームの、人気のないベンチに座って、リュックの中の物を見せてくれた。
「すごい! カッコイイね!」
大ちゃんが取り出したのは、男の子ならみんな大好きな、特撮ヒーローの変身ベルトに似た物だった。
もちろん、ヒーロー好きの大人も多いし、何を隠そう僕だって、26になっても、新シリーズは軽くチェックしていた。
「とりあえず、大人用だったから、ここをこうして伸縮出来るようにしたんだ」
大ちゃんが、ベルトの横のスライドをずらして引っ張ると、長さがスルスルと変わる。それだけでもスゴいんだが。
「でね、一見、普通のオモチャの変身ベルトだろ?」
と、言いながら、大ちゃんは自分の腰にベルトを装着する。
〝パキュン〟という音が鳴り、ランプが点灯した。発音の良い英語で、ベルトが〝Ready!〟と喋る。
「今は、まだ、これだけしか動かない。動力と制御装置が無いから」
大ちゃんがベルトを外すと〝パシューッ〟と言う音と共に、ランプが消えた。
「ここから、エネルギーを供給するようになってるんだぜ」
ベルトの側面の穴を指差して、大ちゃんが言う。
「ただ、かなりのエネルギーを食うから、蓄電池か発電機を用意しなくちゃならない。そうなると、ランドセルっぽく背負う形になって、かっこ悪いよなー」
そんなヒーローも居た気がするが。
「そして、ここ」
ベルトのバックル部分の下にあるツマミを、引っ張って回した。
すると、ベルト正面の赤く透き通った菱形の部分が、複雑なシャッター構造を見せつつ、開く。
「ここに〝制御装置〟が必要なんだ。流れ込んで来るエネルギーを、体の方に送り込むための、精密なヤツが」
大ちゃんは、バックルの〝裏側〟部分を僕に見せた。
「見えないと思うけど、ミクロサイズの針が、ビッシリ生えてる。これが腹からブっ刺さって、体の隅々まで延びるんだ。エネルギーを直接送れるようになってるみたいでさ。あ、もちろん服の上からでも大丈夫」
「体に針が?!」
驚いている僕に、大ちゃんが笑って応える。
「痛くはないぜ? 超、超、細い針なんだ。でさ、一度刺さると、ベルトを外しても、刺さったまま体に残る設計らしい。次にまたベルトを付けた時に、再接続されるんだ」
「なるほど。体に埋まったまま、必要な時だけ繋がるんだ。毎回、針が体の中を刺しまくるのかと思った」
おや、察しが良いね。という顔をして、大ちゃんがうなずく。
「だから、一度〝装着者〟になると、ベルトは、その人〝専用〟になちまう」
そうか。他の人には使えなく……ん?
「でもさ、もし子どもが着けたら、大人になった時、困らない?」
「……今日のたっちゃん、すごいなー! なんか、賢くないか?」
うあ、しまった。つい熱中して普通に質問してしまった。
「子どもの俺が装着して、針が体中に行き渡ったらさー、成長とともに、長さが足りなくなるか、下手したら、無数の針に邪魔されて、体に悪影響が出る……とおもうだろ?」
気にせず続ける大ちゃん。まあ、僕がちょっと賢くなったところで、大ちゃんにしてみたら本当に些細な事なのだろう。大人の知識を持つ僕でも、11歳の大ちゃんの、足元にも及ばないのだ。
「ところがこの針は、かなり伸縮するから、成長を妨げないんだよなー! そして、ベルトと再接続する度に、針の長さも微調整されるんだぜ!」
「すごい! ……でも、そのベルト、何をするための物なの?」
大ちゃんは、ニヤリと笑って、ベルトのエネルギー供給用の穴とは反対側の側面を見せる。そこには、アルファベットで、「S」の文字が書かれていた。
「あ、それ、用途を表す文字?」
大ちゃんが見せてくれる、〝失敗作の研究品〟には、必ず、アルファベットで、用途が記されていた。海洋系には、Marineの「M」、発電などのエネルギー系にはEnergyの「E」等、色々な種類があった。
「Sは、宇宙開発系だったっけ」
Spaceの「S」だ。大ちゃんは、この文字が入っている物は、かなり複雑で面白いと言っていた。めったに貰えない、レア物なのだ。
「凄いね、宇宙で使うベルトなのかな」
ところが大ちゃんは、首を横に振った。
「このベルトをつければ、酸素や栄養も、体中に直接送られるし、身体能力とかも飛躍的に向上するぜ。体は鋼より固くなって、さらにその皮膚の外側に皮膜ができる。真空でも、高熱や低温でも大丈夫な体になるはずだ。普通は、宇宙開発用と思うよな?」
「それ、すごい発明じゃん! 生身で宇宙遊泳とか、ヤバイね」
勝手に盛り上がる僕。でも、大ちゃんは更に続ける。
「俺も最初は、宇宙服なしで船外活動とか、そういう事に使うのかな、と思ったんだよなー! でも、これ、見てくれよ」
大ちゃんは、ベルト側面の、「S」の字をペリッと、めくった。
「これ、シールになってたんだ。たぶん、下の文字を隠すためになー」
「下の文字? ……あ、ちょっと待って、その字、前に一度だけ見たことある」
シール「S」の下に隠されていた文字は「W」。
大ちゃんは少しだけ周囲を気にしたあと、小声で言った。
「Weapon。これ、軍事用だぜ」




