表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/267

返せ

 異論はあると思うけど、俺、九条大作は、あくまで普通の人間だぜ。

 だから幽霊は見えない。

 けど、さっきから栗っちが〝何か〟にグイグイと押されているのは分かる。

 どう考えても、あのままじゃマズいよなー。


「なあファルケ。栗っちのサポートって出来るか?」


 栗っちを追って廊下を進んだ先。

 廊下の曲がり角から覗くと、苦しい顔をした栗っちが、奥へ奥へと退()がっていく。


「ふむ。つまり、あの2体の霊を消さずに、足止めをすればよいのだな?」


 あー。かなり無理してるだろ、アレ。

 膝をついてる栗っちなんか、なかなか見れないぜ。

 どうやら〝予定の物〟は到着が遅れているみたいだから、俺たちで時間を稼がなくちゃならない。

 ……まあ、このメンツだと俺は頭数に入んないんだろうけどなー。


「それならこの魔法でどうだ? HuLex UmThel eXiSm iL」


 パリパリという音のあと、栗っちの前に青白く光る壁が現れる。


「いわゆる〝対霊障壁(たいれいしょうへき)〟だ。どこまで()つかは分からんが……」


 ファルケがそう言い掛けた途端、パリンと音を立てて、光る壁は粉々に砕け散った。

 光の粒子がチラチラと舞っては消えていく。


「ほほう!? あれ程までとはな……!」


 ファルケは体毛を逆立てて驚いた様子だ。

 ついでに言うと、結構デカい音が鳴ったせいで、俺も驚いちまった。


「ならば……数で勝負だ」


 指揮者のように羽根をパタつかせながら、ファルケは連続で呪文を唱える。

 しかし、現れた光の壁はパリンパリンとスゴい早さで割れていく。

 ん? おいおい、もしかして……


「……勘付かれたな」


「そうだよなー。なんか近付いてきてる気がしたんだぜー」


 俺たちの会話を聞いて、能勢(のせ)先生が顔を()()らせた。


「ちょ、何を呑気(のんき)にそんな……!」


 焦っても仕方ないだろー?

 それに、気が引けたんなら、栗っちの手伝いが出来てるって事だしな。


「むむ。仕方がない。出し惜しみはやめておこう」


 ゴソゴソと、懐をまさぐるファルケ。

 何やらよく分からない丸い玉を取り出してポイと投げると、さっきよりも眩しい光の壁が一気に5枚現れた。

 おー、スゴいなー!

 って、おいおいおい、マジかよ。さっきとほとんど同じペースで割れてるぞ。


「なあファルケ、大丈夫かー? あのペースでパリンパリン来られると、ちょっとピンチだぜ」


「ふむ。私は大丈夫だが、お前たちが〝アレら〟と関われば間違いなく命を取られる。絶対に意識を向けるな」


 いや、だから意識を向けるなって言われてもさー。


「えっと……具体的にはどうすればいいんだ?」


 ほらな。先生も困ってるぜ。

 まあ、この短時間で喋る蝙蝠(こうもり)に慣れて、普通に話し掛けてるのはさすがだけどな。


「そう。つまり〝逃げる〟という意識を持たずに退がるのだ」


 そんでファルケの方もさー。こういう無茶を言っちまうんだよ。

 普通の人間には無理なんだぜ、それ。


「お、おう。よく分からないがやってみるよ」


 うわ。ガッツあるなあ! 頑張れ先生!

 ……じゃない。俺もやらなきゃなんだよな。

 ムズいぜー。逃げずに無意識で後退って、どうやるんだよ。


「これで最後だ」


 そう言ってから、2つ同時にポイポイと玉を投げ付けたあと、ファルケは呪文の詠唱を始める。


「HuLex UmThel eXiSm iL」


 出現しては割れる光の壁は、もう目と鼻の先まで近付いて来ている。

 つまり、兄妹の霊がすぐ近くまで迫っているという……


「大ちゃん、意識しちゃダメだよ!」


 栗っちの叫び声。

 直後、全身に悪寒が走る。

 うわっ! マジか?! 俺、意識してたか?!

 お、おいー! いまのでダメなのかよ!


「く、九条くん! 血が!」


 心配そうな表情で俺を見る先生の顔が、じわりと赤く(にじ)んだ。

 な……? い、(いた)っ! 痛たたた?!

 突然、刺すような痛みが走り、ポタリポタリと、廊下に血が(したた)る。


「いかん! (あるじ)よ! 目を閉じて何も考えるな!」


 ファルケの声がいつもより遠く聞こえて……うあ?! 痛い痛い! 頭が割れるように痛い!


「はぁ、はぁ……おいで! こっちだよ!」


 フラフラと立ち上がった栗っちが、両手を差し出して叫ぶ。

 途端に正体不明の頭痛は、フゥっと和らいで消えた。


「く、栗っち……!」


 目の下をグイッと(ぬぐ)うと、袖口(そでぐち)が真っ赤に染まる。

 参ったぜ。あのままじゃ、栗っちも抑え切れないだろー。


「……悪いが、次にお前たちに何かあったら、私があの霊体どもを消滅させるぞ」


 そう言って、ファルケは廊下の先を睨んだ。


「けどなーファルケ。あの2人の霊を何とかしてやりたいっていうのも分かるんだぜ」


「まったく。本当にお前たちは……いいか? 私はお前を守護する立場なのだ。可能な限りお前たちの意向には沿うが、縁もゆかりもない悪霊とお前を天秤に掛けるなど論外だ!」


 パタパタと身振り手振りをまじえながら、プンスカ怒っている。

 心配してくれるのは嬉しいんだけど、栗っちがあれだけ頑張ってるんだ。何とかしてやりたいぜー。


「だ、大ちゃん、に、逃げ……」


 栗っちの苦しそうな声。

 目を向けようとする俺の顔に、羽根をいっぱいに広げたファルケが張り付いた。


「だから見るなと言っている! お前は……むぐっ?!」


 目の前に居たファルケが、フワリと俺の顔から離れていく。

 羽根を動かしていない。まるで見えない何かに掴まれているような動きだぜ。


「むぐ! むぐうっ!」


 空中でピタリと止まったファルケは、足をバタつかせながら苦しそうな顔をしている。


「お、おい、ファルケ? 大丈夫か?!」


 突然、ファルケが円を描くように回転し始めた。


「むうううううっ?!」


 そして次の瞬間。とんでもないスピードで壁に激突する。

 ドカン! という鈍い音が響いた。


「ファルケ?!」


 木造の壁には亀裂が入り、ファルケは床に転がって目を回している。


「大ちゃん……先生……! 逃げて……!」


 暗い廊下に、絞り出すような栗っちの声が響く。


「いや、逃げてと言われても……」


 さっきから足が動かないんだよな。

 まるで何かに掴まれているようだぜ。


「先生、逃げてくれよなー!」


「ざ、残念ながら、足が……動かないんだ」


 先生もかよー?!

 きっと、さっきファルケがやられたのも、この〝見えない手〟だよな。


「HuLex UmThel eXiSm iL」


 俺たちの前に、光の壁が現れる。

 声の方に目をやると、床に転がったままのファルケが、こちらへと翼を向けていた。


「意識、を……向ける……な……」


 苦しげなファルケの言葉の途中で、青く光る壁は粉々に砕ける。

 あと、意識を向けているつもりはないけど、さっきの頭痛が再発して……()うっ!

 あー、今度は鼻からも血が出ちまってるな。


「クソッ! 動け! 動いてくれ!」


 先生は、左腕のゴツい手袋を(いじ)っている 。

 あー、なるほど。電離気体で盾を作る装置かよー! おもしろいなー!

 変身して電力をあの手袋に送れば……いや。ファルケの障壁が破られるんだ。アレじゃ防ぎ切れないだろ。


「うう……大ちゃん……」


 栗っちも、手加減なんかしなけりゃ余裕で勝てたんだろうけどなー。

 それに、この校舎が〝別の神様が御座(おわ)す場所〟だから、色々と苦労したみたいだぜ。


「HuLex UmThel eXi……うぐっ! むぐぐぐぐっ!」


 ファルケも、とうとう口を(ふさ)がれちまった。

 羽根と足をバタバタと動かしながら、モゴモゴと呪文を唱えようとしている。


「うぐっ、あ、あう……!」


 目の前が真っ赤に染まって、痛みは頭から全身に広がっていく。

 く、苦しい……


「……返せ」


 耳元で、ボソリと聞き覚えのない声が響く。

 な、何だって?


「僕たちの家族を返せ」


「私たちの家族を返せ」


 痛いっ?!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 うあっ! うがあっ! あぁあがっあががあっ! うあがあううあっ?!

 頭が! 頭が割れるっ!

 体が! 四方八方に引っ張られる! 引き千切られる!


「返せ」


「返せ」


 ぐあぁあああがああっ! うがあぁああぁああああっ!

 痛い! 痛いっ! 痛ぁああああああああっ?!

 あ、頭のテッペンに、太い針を突き刺されているみたいだ。

 霊体の攻撃って、こんなに痛いものなのかよ?!


「返せ」


「返せ」


 う、うぐっ!

 こ、これは……さ、さすがにヤバいぜ。

 し、死ぬ……


「やー! おっ待ったせー!」


 突然、張り詰めた糸をぶった切るように声が響いた。


「……おい、何を寝転んでいるんだ?」


 続いて、野太い声と共に、月明かりに照らされた巨体が廊下に長い影を落とす。


「ユーリちゃん参上!」


「む? なるほど〝名乗り〟か? コホン。蘇毬(そまり)の戦士、リクオ、見参! はっはっは! こんなもんか?」


 一瞬、俺の体の痛みが完全に消えた。

 ……さすがに(あき)れたんだろうなー。


「ユーリちゃん! 危ないよ!」


 次の瞬間、栗っちが叫ぶ。

 ヤバいぜ! 今度はユーリたちが標的にされるのか?!


「やー? 栗っち、何が危ないのん?」


「どうしてお前たちは、全員寝ているのだ?」


 スタスタと。

 そしてのっしのっしと。

 ユーリと里久雄(りくお)さんであろうシルエットは、こちらへ近付いてくる。


「ユーリ、気を付けろ! ここには悪霊が居るんだぜー!」


「ああっ! ダメだよ! 2人とも足を掴まれちゃった……え?」


 スタスタと。

 のっしのっしと。

 ユーリと里久雄(りくお)さんは、こちらへ近付いてくる。


「悪霊? どこどこ?!」


「ガッハッハ! 悪霊が怖くて墓守なんぞやっとれんわ!」


 2人はこちらに近付いてくる。

 ペースを落とす事なく、ズンズン近付いてくる。

 んー? えっと。


「なあ栗っち。悪霊はどうなってるんだー?」


「えっと……えへへ。ユーリちゃんたちの足にしがみついて……()()られてるよ」


 おいおいー!

 そういうトコは力技(ちからわざ)とかダメだろー?!


[493017941/1577653847.jpg]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 返せ、シリアスを返せ(笑) 皆攻略法がバラバラなのが面白いですね。 そしてやはりユーリちゃん最推しです。心霊現象をフィジカルで攻略するの笑いました(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ