旧校舎の真実
僕の目の前には、ある筈のない〝13段目の階段〟がある。
この七不思議だけは、どう考えても〝会話〟ができるとは思えないんだけど。
「えっと……もしもし?」
『おう。何だ?』
心配するだけ無駄だったか。
〝13階段〟は、僕の呼び掛けにあっさり返事をしてくれた。
この校舎で僕が出会った6つ目の七不思議だ。
「えっと。初めまして。僕は能勢圭司といいます」
……つまりは、コイツが最後の七不思議となる。
七不思議なのに、なんで6体目が最後なんだって?
それはたぶん、コイツとの会話で分かると思うから、ちょっと聞いてて欲しい。
「僕と勝負してもらいたいんだけど」
『おお! 久しぶりの挑戦者か。待っていたぞ』
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『……あの2人は兄妹でな。ここへ迷い込んできたのは、雪の降る冷たい夜だった』
勝負に勝った僕に〝13階段〟は、落ち着いた口調で語り始める。
『とても大きな戦争が終わり、国中が貧しかった時代だ』
この校舎が建てられたであろう時期を考えれば、それは間違いなく太平洋戦争だ。
戦後の日本は、今では考えられないほど貧困に喘いでいたんだ。
『妹は〝里子〟に出される事になったのだそうだ。兄妹の家は貧しく、子どもを2人も養っていけるほどの余裕はなかった』
幼いとはいえ、兄は即戦力の働き手。
だから妹を〝口減らし〟のために里子に出すのは、当時としてはごく当たり前の事だったようだ。
……里子といえばまだ聞こえはいいが、戦後すぐの事だ。
体のいい人身売買だったんだろうって事は想像に難くない。
『妹が里子に出される前夜。兄は妹を連れて家を飛び出した。しかし、幼い兄妹に行くあてなどはない。逃げて逃げて、とても長い道のりを逃げて、兄妹はこの校舎に辿り着いたらしい』
それは寒い夜の事。どこから来たとも分からない疲れ切った兄妹は、豆が潰れた足と霜焼けた指を互いに見せ合いつつ、その日偶然施錠されていなかった扉を開けて、校舎内に入ってきたそうだ。
『われわれ〝七不思議〟と出会った兄妹は、7つの勝負に勝ち〝ここに置いて欲しい〟と願った。そして肉体が朽ち、魂だけとなった今も、この校舎から出ようとしないのだ』
他の〝七不思議〟も同じ事を言っていたから、まず間違いない。
つまり〝七不思議が兄妹をこの場所に閉じ込めた〟という僕の予想はハズレだった訳だ。
そしてお気付きかもしれないが、今の話にはおかしな点がいくつかある。他の〝七不思議〟にも聞いたけど、念のためにもう一度確認しておこう。
「〝校舎から出ようとしない〟って……あの兄妹の霊は、今まさに外へ出ようとしているじゃないか」
ここへ来る前に、栗栖君が言っていた事だ。
〝明日には良くない物が出て来るよ〟とかなんとか。それはきっと、あの兄妹の事だろう。
『……我々の〝同胞〟を助けに行こうとしているのだろう』
やはり同じ答えだ。
間違いない。それはもう1つの〝おかしな点〟にも関係している。
「ピアノか」
『……ふむ? よく知っているな。もともと我々は7人居たのだ』
当たり前だ。〝七不思議〟だからね。
……だけど、単位が〝人〟なのは合ってるのかな?
「さっき軽く聞いただけなんだ。詳しく教えて欲しい」
『ほう。同胞に会ったのか? ……いいだろう。少し前の話になる。5人組の男たちが現れ、我らが仲間の一人〝ピアノ〟の居る音楽室に侵入した』
そう。夜な夜な誰も居ない音楽室からピアノの演奏が聞こえてくるアレだ。
『子どもたちの声もせず、とても静かな日だった。その男たちはピアノを盗んでいったのだ』
男たちは、生徒も教職員もいない〝休日〟の〝日中〟に現れたらしい。
なるほど。昼間では〝七不思議〟も、あの兄妹も力を発揮できなかっただろう。
音楽室の窓をこじ開けて侵入した男たちは、見事な手口でピアノを盗んでいったそうだ。
『ピアノが盗まれたことを知って兄妹は怒った。あの子たちにしてみれば、家族を奪われたようなものなのだろうからな』
そのピアノは、昔この町に住んでいた財閥の娘さんの入学祝いに寄贈されたもので、男たちの会話の内容から察するに、かなり価値のある逸品だったようだ。
深夜限定自動演奏ピアノを、単なるアンティークピアノだと思って盗んでいったのか。果たして需要はあったのかな?
『兄妹は、この校舎に関わろうとする者以外には危害を加える事もなく、とても穏やかに過ごしていた。しかし、家族を奪われたあの日から2人は変わってしまった。日に日に憎悪の力を蓄えていったのだ』
そして兄妹は、ピアノを取り戻すために校舎から出たがっている。というのが事の真相。しかも……
『あの2人が外へ出れば、我々〝七不思議〟が押さえ込んでいた〝怨念〟が外界へと溢れ、多くの怨霊を呼び寄せるだろうな』
……なんと今回の諸悪の根源だと思っていた〝七不思議〟は、外界を守ろうとしてくれていたんだ。
『おや? 噂をすればなんとやらだ』
「……え?」
僕が振り返って階段の下を見下ろした時、ちょうど栗栖君が現れた。
「あ、先生。もう〝七不思議〟にお話をしてもらえた?」
栗栖君はチラリとこちらを見て、すぐに視線を戻す。
両手は廊下の先に向けていて、余裕はなさそうだ。どうやらあの視線の先に、兄妹が居るんだろう。
「ああ。6回も似たような話を聞かされたから〝兄妹〟の事は充分に分かったよ」
「えへへ。よかった!」
少しだけホッとした口調で、栗栖君が微笑む。
「しかし、さっきの口ぶりだと、栗栖君も〝真相〟は知っていたんだろう?」
わざわざ僕が〝七不思議〟と勝負しなくても、栗栖君には全てお見通しだったんじゃないのか?
「えっとね。僕が分かっただけじゃダメだったんだよ」
はい? どういう事?
「校舎に居る〝七不思議〟たちは、もともと人間に悪い事をする事がない〝付喪神〟だったんだけど、あの子たちの心を救った事によって本当に〝神格化〟されたんだ」
マジですか?! 悪霊どころか神様だったよ!
「神を冠する者たちに、この場所にいる事を認められた兄妹を、僕が勝手にあっちへ送るのは、あまり良くないんだ」
うーん。イマイチ分からないぞ?
神様にも、ややこしいルールみたいな物があるのか。
「だから先生には、僕からじゃなく〝七不思議〟から直接、兄弟の事を知って貰って、僕と〝七不思議〟の間に入って欲しかったんだ」
なるほど。僕が〝緩衝材〟になるって訳か。
「……それで、何とかなりそうなのか?」
「えへへ。ちょっと苦戦中」
次の瞬間、弾かれるように栗栖君が視界から消えた。
遅れて、ドォン! という大きな音と衝撃が、階段の上まで伝わってきた。
「うぉおお?! おい、大丈夫か? 栗栖く……」
「僕に話し掛けちゃダメだよ先生! あの子たちがそっちに行っちゃうよ!」
うおっと。そりゃあマズい……
あの兄妹はチラッと視界に入っただけで〝スコープ〟にヒビが入る程にブッ飛んだ怨霊だ。僕なんかが勝てる訳ない。
「えへへ。僕は大丈夫。いま、先生が〝七不思議〟から聞いた内容を元に、探してもらっているから」
探してもらってる? 一体何を?
「だから先生は、校舎に入ってきた子たちをお願い!」
むむむ。ここからの仕事は悪霊退治か。
……もう弾もバッテリーも、あんまり残ってないんだけどなあ。




