旧校舎
「それでは、我々は失礼します」
「お仕事ご苦労様です」
そう言って、警察官たちは去って行った。
ふぅ。まさか校門前で職務質問されるとは思わなかったな。
「仕方ないよね。だって先生、重装備なんだもん」
栗栖君は、ニコニコと笑う。
今夜の僕の装備は、怪しいゴーグルに、手の甲だけ分厚い手袋。左右の腰に下げた警棒。ちょっと背広を捲れば、両脇のホルスターには奇妙なアンテナの付いた拳銃が二丁。更に、背広とズボンのポケットに突っ込んだ、微妙に発光する弾が、合計120発。
……確かに、怪しさMAXだ。
これらを全部見られたら、さすがの警察手帳も、効果が疑わしくなって来ると思う。
「僕、警察手帳って、初めて見たよ! あとでゆっくり見せてね!」
いや、見せびらかす物でも無いんだけど。
「えへへ。勿体ぶる物でもないよね!」
ウマい事言うなあ。
……おっと。念の為に補足を。
僕の〝カギ括弧が付いていないセリフ〟に栗栖君が返事をしているのは、彼の〝精神感応〟っていう能力に拠る物で、別に間違いって訳じゃないんだ。覚えておいて欲しい。
「それじゃあ、行こうよ!」
栗栖君は、僕の気苦労も知らずに、閉じられた校門をヒョイと飛び越える。
今の身のこなし……やっぱりこの子、只者じゃない。
「あ、先生。僕、先生の気苦労は聞こえてるよ?」
……それは悪かった。
あと、聞こえてると思うけど〝校門の鍵〟も、ちゃんと預かっているから、飛び越えなくて良かったんだぞ?
「えへへ、ごめんね。旧校舎がちょっと良くない状態だから、焦っちゃったんだよ」
良くない状態か。〝悪霊系〟の研修は一通り受けたけど……
スコープのスイッチを入れて警棒を構える。
「さすがに中に入るまで〝銃〟は装備するわけにはいかないか」
〝|赤外線外線兼紫外線外線《せきがいせんがいせんけんしがいせんがいせん》スコープ〟
これは、赤外線や紫外線の波長を超えた先。X線、マイクロ波、電波、更には実在し得ないはずの〝マイナス波長〟を、無理やり感知する事が出来る〝霊視機器〟だ。
〝プラズマロッド〟
世界中で確認されている、7千余りの宗教における〝鎮魂〟に関する経文、呪文、技法を、電子的に再現して内蔵した特殊警棒。触れるどころか見ることさえ出来ない筈の存在に、物理法則を超えてダメージを与えることが出来る。
ちなみに、どの宗派の、どの部分が〝霊的に有効打〟となっているのかは不明らしい。
「よしよし。正常動作を確認……っと」
実戦でこれらの装備を使うのは初めてだ。
「……先生!」
っていうか、いきなりルーマニア行きだったからな。霊体相手自体が初めてだよ。
こんな事なら、もっとシミュレーターで訓練しとけば良かった。
「気を付けて先生! 前! 前!」
……前?
「うわあっ?!」
目の前に、いつの間にか血まみれの男性が立っていて、僕に向けて手を伸ばしている。
咄嗟に右手の警棒を斜めに振り上げると、バチッ! と音が鳴って、男性の手が霧のように飛び散った。
「な?! 何で校庭に霊が居るんだよ?!」
一瞬怯んだ男性の霊は、血走った目をギラリと僕に向けて襲い掛かって来た。
僕は咄嗟に、左手の手袋を握り締めて〝盾〟を起動させる。
「ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が出来て無いって!」
〝電離柵生成籠手〟
電離気体を噴出し、霊体からの干渉を阻む障壁とする。
大量の電力を使うため、長時間の使用は出来ない。また、少量だが〝オゾン〟が発生するため、屋内などではマスクの着用が推奨されている。
「せいやっ!」
霊の体当たりを〝盾〟で受け止め、すかさず頭部目掛けて、警棒を叩き込む。
苦悶の表情を浮かべて、男性の霊体は粉々になって消えてしまった。
「えへへ。さすが先生! 今のは剣道なの?! スゴいねえ!」
「いや、今のは〝十手術〟の応用で……いや、そんな事より校庭に霊が? しかもあの霊は……」
スコープに備え付けのゲージが〝赤〟に振り切っていたぞ?! 混じりっけ無しの〝怨霊〟じゃないか!
「うーん。旧校舎の〝良くない物〟に引き寄せられて、集まって来てるみたい」
おいおいおい! そんなの聞いてないぞ?!
よくよく見渡すと、あっちにもこっちにも、ボンヤリと霊体らしき姿が見える。
「栗栖君。これ、大丈夫なのか?」
「あの子たちは旧校舎を目指しているから、今の所は僕と先生以外に危害を加える事は無いと思うけど……」
僕には危害を加えるのかよ……
栗栖君は、ちょっとだけ困った顔で続ける。
「急いで〝七不思議〟をなんとかしないと、霊的に飽和状態になって、外へ溢れちゃうかも」
「うわ! そりゃあ大変だ。急ごう!」
何て事だ。ただの霊体ならまだしも〝怨霊〟は、生身の人間を襲う。
……最悪、死人が出るぞ。
僕と栗栖君は、急ぎ足で旧校舎へと向かった。
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木造2階建ての、時代を感じさせる佇まい。
昼間に見るのと真夜中に見るのとでは、雰囲気というか〝迫力〟が全然違う。
……こんなホーンテッドな建物が、小学校の敷地内に有って良いのかよ。
「絶対にヤバいの居るよな」
この建物が〝学校〟として使われていたのは、今から30年前まで。
つまり僕が生まれる前から、既に立入禁止になっていたという事か。
「それじゃ、開けるね」
「あ、待て待て! 鍵があるんだって!」
僕が内ポケットから取り出した鍵は、旧校舎の扉に元々付いている鍵ではなく、頑丈そうなボルトで固定した金具を、グルグル巻きにしている鎖に通された、南京錠の物だ。
「しかし妙だな。純木造の建物だから、この入口だけ補強しても仕方無いだろうに」
よく見ると、古びた木製の扉は鉄板で補強され、蝶番も複数追加されている。
だが僕の知る限り、ここ以外の出入り口や窓は、塞がれている訳でもなく、補強もされていない。
「……中の子たちにとって〝出口〟はここだけなんだ」
栗栖君が、少し悲しげに呟く。
中の子たち? どういう事だ?
「えっとね。職員室や保健室にも扉はあるし、もちろん窓もあるけど〝生徒〟は、そこから出ちゃいけないんだよ?」
生徒は出ちゃいけない?
「……なるほど〝校則〟か!」
新校舎になった今も、生徒は下駄箱がある出入り口以外からは、原則、外に出てはいけない。もちろん、窓から出たりすれば、叱られるのは当然だ。
「うん。だから中の子たちは、ここからしか出られないんだ」
だけど〝七不思議〟は〝生徒〟じゃないだろう? どうして〝校則〟を守ろうとするんだ?
「〝七不思議〟は、学校から出ようとはしないよ? 外へ出ようとしているのは、とっても悪くなって大きくなった〝生徒〟の霊なんだ」
そっちが本命?! 想定外だ。僕はてっきり〝七不思議〟と戦うんだと思っていたぞ?
「ちゃんと説明しなくてごめんね。でも、それで合ってるよ?」
……合ってる?
「先生は〝七不思議〟と戦って欲しいんだ。僕が〝生徒の霊〟と、お話ししている間ね」
待ってくれ! 分業なのか?! 僕が〝七不思議〟と戦うだって?!
〝栗栖君が居れば楽勝〟とか思っていたんだ。いや、情けない話だが。
「大丈夫だよ。先生は強いから! あと、気を付けてね。外から近付いて来てる悪い霊は〝生徒〟じゃないから……」
窓からも入って来るのか?! いきなりハード過ぎるよ!




