察する
『では、カズヤも、遠隔で会話ができるようにしようか』
僕は右手で、彩歌は心臓。ブルーを介して会話ができる。欠片はあと一つあるから、それを使うのかな。
「ブルー、栗っちに、欠片を渡すのか?」
『いや、それには及ばない。カズヤには元々〝精神感応〟が備わっている。既に受信機がある状態なのだから、チャンネルさえ合わせば、簡単に繋がるよ』
栗っち、凄いな。ブルーなしで何でも出来ちゃうんだ。
『よし、繋がった。試してみて』
栗っちは、ジュースを飲みながら、不思議そうに僕を見ている。
僕は、右手に力を込めてから、話しかけた。
『もしもし? 聞こえますかー?』
『はーい! 達也さん、どうかした?』
彩歌の声が聞こえた。
『うわ、彩歌さん!? ごめんごめん、間違えた!』
『タツヤ。気持ちはわかるが、アヤカの事を考えすぎだ』
「たっちゃん、今の声は……?」
「いや、栗っち、なんでもないんだ」
『彩歌さん、また連絡するよ〝儀式〟、頑張って』
『……? うん! ありがとう。達也さんも頑張ってね』
通信が切れた。彩歌を思い浮かべたつもりはないが……以後、気をつけよう。
「えーっと、気を取り直して、もう一度……」
今度は、ちゃんと栗っちの顔をイメージして……と。
『あーあー 聞こえますかー!』
『わあ! ビックリした! たっちゃんの声が頭の中に、直接聞こえる!』
そりゃびっくりするよな。でもちょっと待てよ? 今の栗っちの声……?!
「栗っちの声、ブルーから聞こえた! という事はつまり……」
『カズヤは、もうこの通信を理解して、使いこなしたんだ。さすがだ』
説明いらずとは。
やはり、救世主、侮りがたし!
『これ、便利だね。たっちゃんと、いつでも話が出来るんだ』
『カズヤ、私とも繋がるので、何かあれば質問してくれて構わない。ただ、この会話の性質上、タツヤも一緒に聞くことになるけどね』
『えへへ。ブルーさん、ありがとう! 困ったことがあったら、相談に乗ってね!』
「そういえば、僕とブルーは24時間起きてるから、深夜でもOKだぜ?」
「ええっ! そうなの?! 寝たほうが良いよたっちゃん! 体に悪いよ!」
やっぱり優しいな、栗っちは。
『カズヤ、タツヤには〝不眠不休〟という特性が備わっている。眠る必要が無いんだ』
「寝ないの? 眠くなったらどうするの? 辛くないの?」
すっごく心配してくれるなぁ。
「大丈夫。ここ数日寝てないけど、ぜんぜん平気だよ。〝眠い〟って感覚がなくなっちゃったみたいなんだ」
そう。〝寝る方法を忘れた〟みたいな感じかな。おかげで宿題は、ほとんど終わらせてしまった。
「へえ! やっぱり凄いね、星の導き手って! 死なないし、歳もとらないし、寝る必要もないなんて!」
『カズヤ。君も、覚醒が進めば、死を克服する能力を身につける筈だ』
「不老不死になるのか?」
『えっと……救世主は死んでも、しばらくすれば復活するんだ。寿命も〝全てを終えるまで〟となっている。つまり、救世主自身が〝もう死んでも良い〟と思うまでは、延長され続ける。方法も〝若返り〟、〝転生〟、〝復活〟など、自由だ。そして最終的には〝神〟になる』
「それって、僕より凄くね?」
『いや、タツヤ。〝人〟という〝種〟が存在できる時間は、星の寿命より遥かに短い。カズヤの命は少なくとも、人の歴史が終われば、ともに終わる。だが、キミはこの星の寿命が尽きるまで、死なないし老いない』
「たっちゃん……」
栗っちは、悲痛な面持ちで僕を見ている。
僕はグラスのジュースを一気に飲み干した。
「心配しなくても大丈夫! 僕は何億年だろうと、楽しくやるさ!」
それに多分、彩歌も一緒だ。きっと退屈はしない。
「しかし、ビックリだよな。こんな近所に英雄候補が二人も居るなんて!」
「えへへ。そうだね。密集率スゴいねえ」
『タツヤ、カズヤ、こういうのは、意外と一点に集中するように出来ている。まだ居るかもしれないぞ?』
僕もそんな気がする。なんかワクワクするな。
「ああ、そうだ。もう一人居るんだ。僕のせいで星の導き手になってしまった子が。そのうち紹介するね」
「……もしかして、さっきの声の?」
「あ、そうそう。彩歌さんっていうんだ。可愛い娘でね。なんと魔女っ子なんだよ」
「魔女っ子って、ホウキに乗ったり、黒猫連れてたりみたいな……?」
「あ、ちょっとそっちのパターンじゃないかも。今度、聞いてみるよ」
そっちのパターンって何だ? でも、ホウキに乗って空を飛ぶ彩歌も見てみたいな。
「ボーン、ボーン、キュッ、ボーン……」
隣の部屋から、正午を知らせる時計の音が鳴る。妹が妙に気に入って買ったレトロ調の柱時計だ。毎回思うんだけど、キュッって何の音だよ。
「あ、もうお昼か。栗っち! 〝まりも屋〟で一緒に食べようか!」
「うん、行こう行こう!」
僕は、部屋を出た。栗っちも、空いたグラスと、今まで空中に浮いていた、元・空き缶の輪っかを掴んでついてくる。本当に律儀だ。
「でもそれ、目立つ所に捨てると不思議がられちゃうよな」
「本当だね。じゃ、もとに戻して……っと」
メキメキと音を立てて、輪っかは、完全に元のジュースの缶に戻った。
「うわ! そこまで戻せるのか」
グラスを持ってこなくても、ぜんぜん大丈夫だったんだな。心配して損した。
「たっちゃん、グラスは流し台で良い? 缶ってどこに捨てればいいかな」
「ああ、大丈夫大丈夫、そこら辺に置いといて」
僕は、リビングの引き出しから、母さんが用意してくれた、お昼ごはん用のお金を出して、財布にしまった。
「さあ、行こうか。久し振りに、まりも屋の味が楽しめると思うとワクワクする!」
玄関を出て、戸締まりをした。
「15年後には、もう無いの? まりも屋さん」
「いや、あるにはあるんだけど、代替わりで、味がね……」
「ふーん。じゃ、良かったね、また食べられて!」
「うん、オムライスにするか、カツ丼にするか、悩むなぁ!」
「たっちゃん、本当にまりも屋さん、好きだよね」
10分ほど歩くと、駅前商店街の入口についた。まだ、開いている店が少ないので、人もあまり居ない。
「そういえば、おととい、ユーリがウチに来たよ」
「え? 正月早々? って、僕も人のこと言えないよね」
栗っちが、えへへと笑う。
「偶然、コンビニで会ってね。ミカンを求めて、町中をうろついてたみたいなんだ」
「そっか、ミカンかー! たっちゃんち、ミカンいっぱいあるもんね!」
相変わらず察しが早い。もしかして、これも救世主ならではの、特性なのかな。〝精神感応〟とか、それっぽいよな。
「そうなんだ。毎年、親戚からミカンいっぱい貰うって話したら〝お嫁さんにして!〟とか言って来るし。本当に勢いだけで喋ってるよなー」
「えへへ! ユーリちゃんらしいね。思った事、全部口に出しちゃう。昔から、たっちゃんの事、好きみたいだし」
……え? 何?
「えっと……? あれ? あははは、さすがにそれは、ないんじゃない?」
「だって、たっちゃん、いつもユーリちゃんに〝愛してる〟とか〝大好き〟とか言われてるじゃない」
「いやいやいや。アイツ、僕だけじゃなくて、みんなに言ってるだろ?」
「ううん。少なくとも、僕は言われたこと無いし、他の男子にも、その類の事を言ってるの、聞いたこと無いよ?」
ちょっと記憶が定かではないが、言われてみればそんな気もしてきた。〝愛してる〟や〝大好き〟は、ユーリにとっては、挨拶代わりなんだろうとしか思っていなかったのだが……
「きっと、ユーリちゃん、たっちゃんの事、本当に大好きなんだと思うよ」
またまたー! そんな事を爽やかに言っちゃうのか、この救世主様はー。
……まてよ? でも、ユーリの気持ちを察したのは、救世主の特性〝精神感応〟なのか? ということは……?!




