長い旅の終わりに
※視点変更
能勢?? → 内海達也
※舞台変更
ルーマニア → 地下室
僕は大きく息を吸い込んだ。
間髪入れず〝阿吽帰還〟が発動する。
「うおっ?! もう到着かよー。やっぱ不思議だなー!」
「ふふ。この魔法は〝呼吸の要らない〟達也さんにしか、使えないけどね」
僕たちは無事、練習場の入り口に立っていた。
「よし。この距離なら〝土人形〟を作り直せるな」
とりあえず、僕と栗っち部屋にある人形を再構築っと。
ブルー、繋ぎ直してくれ。
『了解したタツヤ。あと、気を付けてほしい。練習場の中に、強い生命反応がある』
「うん。誰か居るよ! ……やー? でもこの感じ、知ってるかも。確か、どこかで……?」
ブルーとユーリの〝生命感知〟に、何者かが引っ掛かったようだ。
しかし、ユーリが心当たりのある、強い生命反応って……?
そっと扉を開けて、練習場の中に入る。
「あの向こう側ね」
彩歌が指差した先は、大きく床が隆起していた。
『聖剣を収納していた場所だね。凄まじい力で、無理やりこじ開けられたのだろう』
確かに、重機で掘り起こされたような感じに見える。
だが、あの剣は、触ると〝裁き〟を受けるんだぞ。それを掘り出したり出来るヤツなんて居るのか?
『タツヤ。少なくとも、ここに5人居るが……』
まてブルー。僕たちには全員、アリバイがあるからな?
「うう。怖いよね! 悪い人なのかな?」
栗っちがビクビクしている。
いやいや、少なくとも〝人〟なら、栗っちに勝てるヤツなんか居ないぞ。
「しかし、何をどうやったら、ここの頑丈な床をこんな風に壊せるんだ?」
大ちゃんが首を傾げている。
肩に乗っている〝ファルケ〟はというと、キョロキョロと辺りを見回しては、何やらキーキーと、小さな奇声を上げていた。
「このままジッとしていても仕方ない。よーし!」
大きく盛り上がり、死角になっている床の向こう側に向けて、声を掛けてみる。
「誰か居るのか? 居るなら、手を上げて出てこい!」
……返事は無い。
それなら仕方ない。実力行使だ。
「来ないなら、こちらから行くぞ?」
〝使役:土〟で、圧縮岩弾を作り、慎重に近付いていく。
僕の歩調に合わせて、彩歌、栗っち、大ちゃん、ユーリも、ついて来ている。
「やー? 女の人?」
「みたいだなー」
……うわ。想定を遥かに超えて来やがった!
白くて立派な〝鎧〟を身に纏った、二十歳くらいの女性が倒れていた。
……っていうか、待て待て待て!
「何なんだろうなー? 格好から見て、城塞都市の人かー?」
「たぶん違うわ。魔力の質感が全然別物よ?」
「やー! この人、すっごく強いよ! きっと、長い間ずっと戦い続けて来た戦士だよー!」
大ちゃん、彩歌、ユーリが、覗き込むように女性を見ている。
その後ろでは、栗っちが震えながら涙をポロポロとこぼしていた。
「あ、あ……うああ、ああああっ!」
栗っちが突然、膝をついた。そのまま這うように、女性に縋りつく。
そうか。やっぱり、そうだよな……
ああもう! なんでこんな姿になってるんだよ!
「おお? 栗っち、知り合いかよー?」
知り合い……か。
さすがの大ちゃんも、ここまで姿が変わっていては、分からないだろうな。
この〝鎧を着た女性〟は……
「るりちゃん! うわあああっ?! なんで? なんでこんな……?!」
そう。妹の〝るり〟だ。
僕としては、この姿の方がしっくり来る。
……巻き戻る前、妹は24歳だったからな。
「ああっ! しっかりして、るりちゃん! 目を覚ましてよ! うわあああん!」
栗っちは、何が起きたのか分からず、泣きわめいている。
『カズヤ、落ち着くんだ。ルリは大丈夫。気を失っているだけだ』
ふう。ビックリさせるなよな。まったく!
……パッと見た感じ、怪我はしていないようだけど、とりあえず〝治癒連鎖〟を掛けておくか。
>>>
「…………和也……さん?」
しばらくすると、妹は目を覚ました。
「るりちゃん! うん。僕だよ!」
栗っちは、そう言って妹の手を取る。
「ああ……帰ってきた! 私、帰って……!」
安心したのだろう。妹は、笑顔を浮かべる。
「夢じゃない……のね……」
妹の、その言葉の後。
栗っちは、ハッとした表情をしたかと思うと、また、ポロポロと泣き始めた。
「そんな……! ごめんね! ごめんね、るりちゃん! そんな大変な目に遭ったのに、僕は一緒に居てあげられなかった……! ごめん、ごめん……」
栗っちは、妹の手を握り締め、震える声で謝り続けている。
「ううん、和也さん。私が自分の意思で行ったの。だから、和也さんは悪くない」
妹も、栗っちの頬に手を当てて、涙を流す。
「むしろ私の方こそ、勝手な事をしてごめんなさい」
栗っちは〝精神感応〟で、妹に何が起きたのかを瞬時に知ったようだ。
まあ、るりが腰に差している〝聖剣〟を見れば、大体の予想は付くんだけどね。
「るり。何があったのか、説明してくれるか?」
妹は、僕の方をチラリと見て、静かに頷いた。
ずいぶんと〝大人〟な反応だな。
これは相当、大変な目に遭ったんじゃないか?
「……ポチルちゃんが来たんだよ」
ポチル?
ああ。異世界から来た〝ノウマズ・ロクドナス〟の従者で、犬耳の……!
ん? おかしいぞ?
「いや、それは確か、まだ200日近く、先の話だろ?」
暗い表情で、妹は首を横に振る。
「あの時、邪竜の王は、古の術とやらを使って〝聖剣〟と〝勇者〟を、あっちの世界に渡れなくするための〝壁〟を作ろうとしていた」
「壁?」
「そう、壁。時間の流れも、物質的な出入りも、全部遮断してしまうんだ。干渉できるのは〝神〟と〝魂〟だけだってさ。だから、アニキも〝異世界転生〟なら、ワンチャン、勇者になれたかもね」
ヤだよ。僕は地球を守らなきゃいけないんだぞ。死んでたまるか。
「それを察知した〝ノウマズ〟は、アニキを呼ぶために、ポチルちゃんをここに送ったんだ。〝命綱〟をつけてね。でも、確かあの時、みんなはヨーロッパに行っちゃってて……」
なるほど、大体分かってきたぞ。
僕たちにしてみれば、昨日、今日の事だ。だが、妹は……
「勇者が間に合わないと知ったポチルちゃんは、聖剣だけを、あっちの世界に返そうとした。自分の命と引き換えに、命綱を、聖剣に結わえようとしたんだ」
「……それを見兼ねて、お前が行ったのか。異世界に」
妹は、バツが悪そうに俯いて、ボソリと言った。
「だってアニキ。あのまま放っておいたら、ポチルちゃん、死んじゃったんだよ……?」
無茶しやがって。
それでお前は、そんな姿になるまで〝向こう〟に居たんだな。
「責めてるんじゃ無いよ。同じ立場なら、僕もそうしたと思う……」
僕は、そっと手を伸ばして、妹の頭を撫でた……ほとんど無意識だ。
クソ! 涙が止まらない。
「すまん。僕が居なかったせいで、大変な目に遭わせてしまった…………よく頑張ったな」
僕の言葉に、妹はハッと顔を上げ、大粒の涙をこぼした。
「ふ、うぐっ……アニキ、は、悪くない……! 考えなっ、無しだっ、た私がふぐぅっ、悪いんっだかっら!」
妹が嗚咽混じりに叫ぶ。
僕だって考えるより先に動くからな。耳が痛い所だ。
しかし、小学生の僕が、20歳の妹の頭を撫でているという構図は結構シュールだなあ。
「やー! とにかく、無事で良かったよー! ……あれ? なんで、るりちゃん、大人になっちゃってるのん?」
「おいおいユーリ、今さらかよー! いいか? 内海が異世界に到着してすぐ、古の術なるもので〝壁〟が作られて〝空間〟と〝時間〟が遮断されたんだろ。つまり、向こうの世界でどれだけ過ごしても、こっちの世界の時間は進んでいないんだぜー?」
さすが大ちゃん。説明が分かりやすい。
「という事は、るりさん、10年近く異世界に居たの?」
彩歌が、驚いて尋ねる。
「ちがうんだ。るりちゃんは……30年も、帰って来られなかったんだよ」
泣きじゃくっている妹の代わりに〝精神感応〟で全てを知った栗っちが答えた。
「……って、30年?! どういう事だよ!」
「ひぅっ……ふう、うぐぅ」
妹が息を整えている間、栗っちは、さらに説明を続ける。
「邪竜の王を倒しても〝壁〟は消えなかったみたい。しかも、るりちゃんは〝聖剣に選ばれた勇者〟じゃなかったから、本来は使えるはずの〝境界を越える能力〟も、貰えなかったんだ」
そう言えば、聖剣の勇者〝ノウマズ・ロクドナス〟は、様々な世界を巡っては、勇者候補を探していたみたいだし、この世界にも普通に来ていたよな。
それじゃあ、ラスボスを倒した後も、エンディングを探して右往左往させられていたのか? ヒドいバグだな。メーカーに文句を言ってやろうか。
「でもなー? 聖剣に選ばれたんじゃないなら、いくら内海が〝神様候補〟でも、邪竜の王とは戦えないだろー?」
大ちゃんの言う通りだ。
妹の持つ能力〝随行者の左手〟は、救世主と共に生きるための能力。つまり……
「……うん。死んでも復活するってだけで、他は普通の人間と一緒。私には〝戦うための力〟が無かったんだ」
無限コンティニューか。それはそれでスゴいんだけど……いや、ダメだな。
脱出できない〝ラストダンジョン〟に、低レベルで突入してセーブしてしまった、ぐらいの絶望感だ。
「でもね。そんな私を見兼ねた、〝転生を管理している神様〟が、力をくれたんだ。普通は〝転生者〟にだけ、与える物らしいんだけど、特別にって……」
力?
「えっと……転生して〝異世界〟に行く人は、100枚ほどあるカードから、ひとつだけ〝能力〟を貰えるんだって」
ほほう。そんなシステムがあるのか!
「普通は、100枚の裏返したカードから、1枚だけ選ばなきゃいけないんだけど。私は神様候補だから丁度いいって……〝勇者のカード〟を貰ったんだ。何が〝丁度〟なのか知らないけど」
何となく分かるぞ。小説やゲームで、勇者が神格化されるパターンは結構あるもんな。
「という事で、私は、その〝勇者のカード〟の力で、呼び掛けど宥め賺せど、なんの返事もしてくれない〝聖剣〟を振り回して〝邪竜の王〟を倒したんだよね」
さすがは我が妹。ワケが分からん活躍っぷりだ。
「やー? よく分かんないけど、その〝力〟で、歳をとらないようになったって事?」
いや違う。それは〝随行者の左手〟の効果だろう。
「るりちゃんが歳をとっていないのは、僕と一緒の時間を過ごすためだよ」
ほら、やっぱりね。
「るりちゃんは、この姿で、いつか僕と一緒に神様になるんだ。だから、歳をとらなかったんだよ。でも……」
栗っちが妹の手を握ると、暖かい光が溢れる。
「大人のままだと、一緒に学校へ行けないよね。だから」
……やがて、光が収まると、妹は、僕と〝双子設定〟でも差し支えのない姿に戻っていた。
「えへへ。るりちゃん、僕たちと一緒に、もう一度大人になろうよ!」




