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番人(上)

※視点変更

七宮啓太 → 栗栖和也

 あらら。七宮さん、気を失っちゃった。〝案内人〟なのにしょうがないなあ。

 ……じゃあ、先に悪魔さんに聞いてみよう。


「えへへ。悪魔さんは、どうするの?」


「ど、どうすルって……俺ヲ殺さないノか?」


 ガクガクと震えながら、悪魔さんは(おび)えた目で僕を見ている。かわいそうな事しちゃったかな。


「えっとね。悪魔さんが、二度と人間に悪いことしないって約束してくれるなら、何もしないよ?」


「や、約束スる! 絶対ニ、にんゲんに悪さはシなイ!」


 ひざまずき、手を合わせて拝むように僕に頭を下げる悪魔さん。


「それじゃ、約束だよ? えっと、僕との約束は、普通の人のとは、ぜんぜん違うから、気をつけてね?」


「分かッタ! 約束はマもる!」


 僕と〝約束〟したら、気をつけなきゃだよね。だって、バチが当たるんだもん。


「悪魔さん、僕がこの空間を壊すから、それまでどこかに隠れててくれる?」


「こ、壊すノ? ここヲ?! そレは、いくラなんデも無理ダとおもうゾ?」


 ううん。やろうと思えば、今すぐにでもこんな空間、消しちゃえるけど……


「僕はね、吸血鬼の用意したルール通りに、試練を突破してやるんだ。卑怯なやり方よりも、正しいやり方のほうが、強いって事を、教えてあげなきゃね!」


「……そうカ。分かっタ。俺も、モウ、こンなトコろハ嫌ダ。応援スるゾ!」


「えへへー。ありがとう、悪魔さん!」


 それじゃ、今のうちに〝5の箱〟を見ておこうっと。






 >>>






 ……許せない。

 命をかけて、正々堂々と戦った大ちゃんを、あんな卑劣なやり方で罠にかけるなんて。


「ククク。結局、お前ひとりしか、生き残れなかったな!」


 生き残れなかった……だと?

 まだ死んでなんかいない! 絶対に僕が助け出すんだ。

 七宮……! この下衆(ゲス)には〝試練〟のあとで、しかるべき報いを受けさせてやる。


「おーおー! (にら)まないでくれよ、おっかないなあ!」


 この男、わざとやっているな?

 七宮は〝案内者〟だ。コイツに危害を加えると、即、負けとなるらしい。たぶん、眷属に触れた時のように、すべてを〝禁止〟されるのだろう。ブルーの話では、僕の〝星の強度〟や〝不眠不休〟では、この〝禁止〟を防げないようだ。


「ついたぞ。ここが最終試練の部屋だ」


 今までの部屋と、同じデザインのドアが2つ。


「お前が右で、私が左だ。中で、お前の対戦相手〝番人〟が待っている。まあ、せいぜい頑張れ」


 そう言って、七宮は左の扉を開け、入っていった。


(あるじ)よ。お待たせしております』


 ……パズズの声だ。

 実は言葉を〝禁止〟されたあと、パズズにはこの〝禁止〟状態の無効化ができないか、調べてもらっていたんだ。


『この〝禁止〟という状態は、複数の呪いを組み合わせ、条件通り動作するように組み立てた物のようです。解析を進めてはおりますが、まだ解除には時間がかかります』


 そうか。ありがとうパズズ、頼んどくよ!


『かしこまりました』


 僕が禁じられてるのは〝ゴーレムを使った会話〟だけなんだけど、吸血鬼に会ったとき(しゃべ)れないと、文句も言えないからな。


『タツヤ、この試練、十分に気を付けてほしい。罠が用意されているだろうからね』


 間違いないな。七宮の事だ。きっと卑怯な手で来るに決まっている。

 ……この扉を開けたとたんに、1000匹の〝眷属(けんぞく)〟が降ってくるとか、普通にありそうだからなあ。

 警戒しつつ、扉を開けて中に入る。無駄に長い廊下を抜けると、七宮の声が聞こえてきた。


「ククク。ようこそ、最終ステージへ!」


 さっきの競技場より、少し狭い広場。

 見上げると、数メートル高くなった観客席には、七宮が憎たらしい笑みを浮かべて座っている。


「がんばれよ、たーっちゃーん! ククク! アハハハハ!」


 アイツのクズ加減、驚くほどブレないな。

 ……まあいいや。あんなのは放っといて、今は目の前の敵に集中しよう。

 黒光りする甲冑に身を包んだ〝番人〟。コイツが僕の対戦相手か。


『タツヤ、あの〝番人〟から、生物の気配がしない 例の首輪を着けている人間のそれに似ている』


 ……という事は、眷属じゃないのか。心配して損した。


『そのようだね。だが、油断は禁物だよ』


 七宮の事だから、触ったら一発アウトの〝眷属〟を対戦相手にするとか、やりかねないと思ったんだけど。


「勝負は、何でもありの決闘だ。制限時間は無し。どちらかが戦えなくなるか、降参を宣言した時点で、勝敗が決まる」


 七宮はルールの説明を始める。


「お前は(しゃべ)れないから、両手をあげてバンザイをすれば降参という事にしてやろう」


 はいはい、それはご親切に、有難うございます。


「あと〝なんでもあり〟とは言ったが、基本的なルールはそのままだ。外部から持ち込んだ道具などは、使った時点でアウトだぞ」


 ……あの番人は、剣を持ってるけど?


「なんだその顔は……不服そうだな? ああ、そうか。分かってると思うが〝番人〟の装備は闘技場の備品だ」


 分かってねぇよ。備品ならいいのかよ、大人って汚いなあ。


「ククク。お前たちが何の集まりなのかは知らんが、お前がリーダーだと聞いていたのでな。最終ステージに残してやったんだ。がんばって仲間を救ってやれよ?」


 ニヤニヤと締まりのない顔だな。言われなくてもそのつもりだ。


「準備はいいな? ……それでは、試合をはじめろ!」


 目の前の〝番人〟は、静かにこちらを見据えている。重厚で物々しい〝まっ黒な鎧〟が、不気味さに拍車を掛けていた。

 ん、何だ? 見た目に似合わない小さな声で、なにか言ってるぞ? 


「……Thel FiR iL」


 魔法か? という事は、中身は悪魔か魔界人だな。


『それにしても、おかしな声だね、タツヤ』


 本当だ。小さすぎて聞こえにくいけど、妙に高い声だな……ヘリウムガスを吸ったような、とても違和感のある声だ。


『タツヤ、火球が来るよ』


 番人の頭上に、火の玉が浮かぶ。

 彩歌の魔法と比べるのは可哀想だけど、見るからにショボいな。

 ……よーし。そっちが魔法で来るなら、こちらも飛び道具だ。〝使役:土〟!


「おいおい、魔法だって? どういう事だ? お前、(しゃべ)れなかったんじゃないのか?!」


 僕の頭上に巨大な岩が現れ、ゴリゴリと圧縮されていく。

 残念ながら、これは魔法じゃないんでね。呪文は要らないんだ。


『タツヤ、その規模だと、建物が壊れてしまうかもしれないよ?』


 ……いや、何より先に、七宮を撃ち抜いてやりたいところなんだけど。


『それはいけない。彼は〝案内者〟だ』


 わかってるさ、冗談だよブルー。〝案内者〟に危害を加えたら、即、ゲームオーバーらしいからな。

 ……残念だけど、あとにしておいてやろう。






 >>>






「う、うう……」


 あ、七宮さんが目を覚ましたみたいだよ。

 ……この人が〝撃ち抜かれて〟ないという事は、あの後、たっちゃんは負けちゃうんだよね。続きがすっごく気になるよ。


「な、何だ? 私は……いったい?」


 ボーっとした顔で、辺りを見回す七宮さん。

 あまりの出来事に、記憶が飛んじゃってるのかな。


「ナナみヤ、気がツいたノか」


「ん……あ、ああ。悪魔か…って、おいおい! なんで競技場から外に出て来てるんだ? 吸血鬼に知られたら、ヤバいだろ?」


 ……やっぱり混乱してるよ。競技場なんか、もう跡形もないのにね。


「おマエ、大ジョウぶカ?」


「……ん? えーと? ……私は何をしていたんだ?」


 あーあ。これはちょっと重症だよね。

 〝箱〟の続きも気になるし、ほっといて、最後まで見ようっと。


「悪魔さん、一分ぐらいで終わるから、待っててね?」


「なンか知ラんが、分かったゾ」


 悪魔さんが七宮さんを見ててくれるから安心だよ!

 それじゃ、続きを……あれ? ちょっと巻き戻っちゃうんだ。えへへ。テレビ番組のCM明けみたいで、面白いなあ。






 >>>






『それはいけない。彼は〝案内者〟だ』


 冗談だよブルー、わかってるさ。〝案内者〟に危害を加えたら、即、ゲームオーバーらしいからな。

 ……残念だけど、あとにしておいてやろう。


「……オマエラ……イッタイナンナンダ?」


 (つぶや)くような、不自然に甲高(かんだか)い声が聞こえてくる。

 直後、番人の頭上にあった火球が、僕に向けて放たれた。当たっても平気だけど、相殺しとくかな。

 圧縮した岩を、飛んできた火球めがけて撃ち出す。

 見事に命中して、火球をかき消したした岩は、その軌道のまま、番人の肩をかすめて、はるか向こうの壁に大きな穴を空けた。


「ナンダトオォォ?!」


 悲鳴のような声をあげる番人。

 危ない……! もうちょっと右だったら、アイツの頭、無くなっちゃってたよ。あの〝番人〟には、さすがにそこまでするつもりはない。七宮には……フフフ。この後のお楽しみだ。


「……ッ! 殺シテヤル……! ……殺シテ……ヤルゾ!」


 ボソボソと、怒りに満ちた声が聞こえてくる。

 怒った時ぐらい、もっと大きな声を出せばいいのにな。


「HuLex UmThel FiR iL」


 お、マジか? なかなかやるな!

 ……番人の頭上に、火球が同時に2つ浮かんでいる。あれは高度な技だって、彩歌が言ってたよな。


「ククク。さあどうする? 今度は防ぎ切れんぞ……な、なにぃぃぃ?!」


 周囲に、とりあえず10個の大岩を浮かべてみた。ちょっと作りすぎたかな。


「ど、どうなってるんだ、その数! それに、お前やっぱり、さっきから詠唱もしてないよな?」


 当たり前だろ。喋れないんだから。

 さてさて。それじゃそろそろ、決着をつけさせてもらおうかな。

 ゴリゴリと圧縮されていく岩を見て、後ずさる番人。心配しなくても当てないよ。

 小石サイズにまで圧縮された10個の岩を撃ち出した。

 番人の足元に着弾した岩が、大量の土埃(つちぼこり)をに巻き上げる。それに紛れて素早く接近する僕。

 ……ヤツが当てずっぽうで放った火球の一つが目の前に現れたので、頭突きで消し飛ばし、拳を振りかぶった。くらえ! アース・インパクト! ……超・手加減バージョン!


「ぐふぅ!」


 極限まで手加減した〝ただのパンチ〟は、ヤツの腹部に命中した。

 片膝をつき、肩で息をする番人。


「な、何だ? どうなったんだ」


 よし、七宮には見えなかったみたいだな。余計な小細工をさせないために、わざわざ(ほこり)で隠したんだ。

 番人の鎧には亀裂が入り、兜の隙間から、血がしたたる。

 ちょっとやり過ぎたけど、勝負あったな。さすがにその怪我では、動けないだろ。


「ククク……」


 ん……? 七宮の笑い声?


「ククク……ククク……」


 アイツ、何がおかしいんだ?

 ……っていうか、この笑い声、おかしくないか?


「ククク。どこを見ている?」


 客席の七宮は、ニヤニヤとこちらを見ている。

 けど、今のセリフも、どこか変だ。


「私はここだぞ?」


 そ、そんな……バカな! 口が……口が動いていない!

 この声……明らかに、別の方向から聞こえてくる。


「ククク。やってしまったなあ、たっちゃあぁぁん?」


 間違いない。この声は!  

 ユラリと立ち上がった声の主……番人が、兜をゆっくりと外す。


「そ、そんな……!」


 番人の兜の下から、気持ち悪いニヤけ顔が現れた。

 それはなんと、口もとを血で汚した、七宮だった。


「ずいぶんと驚いたような顔だが?」


 ……突然、今まで味わった事がないような倦怠感が襲ってきた。体中の力が、みるみる抜けていく。何だ? いったい何が起こったんだ? コイツが七宮なら、客席に居る、アレはいったい?


「あっちの七宮は私の代理だ。〝魔法が使えない〟のが難点だが、私の〝三分の一〟程度の仕事はこなしてくれるよ」


 ……しまった! 〝分身魔法〟か?!


「ククク……それにしても〝案内者〟に危害を加えるなんて、おまえは困った乱暴者だなぁ、ん? おっと、私を攻撃しても無駄だぞ?」


 僕は最後の力を振りしぼって、七宮を殴ろうとするが……おかしい。確かに手応えはあるのに、ヤツはダメージを受けない。


『……いや、タツヤ。ダメージは与えている。恐ろしい速度で回復しているんだ』


「ククク、やめてくれよ。痛いだろう?」


 何だよそれ。やっぱり、まともにやり合うつもりなんか無いんじゃないか!


「ククク。この部屋は、万が一、ここまでの〝試練〟を突破してきた者が2人以上いた場合のために〝番人〟のダメージを自動的に回復するようにできている。捨て身の攻撃でノックアウトされたら〝最終試練〟に、突破者が出てしまうからな」


 言い替えれば、万に一人も、突破させるつもりは無いって事だよな。

 なんて事だ……マズいぞ。どんどん力が抜けていく!


「ククク。色々と手を焼かされたが、これで終わりだなぁ?」


 七宮は、僕の髪の毛を(つか)んで、自分の顔を近づける。

 もう、ブルーのエネルギーが伝わらなくなっているのか……〝星の強度〟は効いていないみたいだ。


「私はもうすぐ、ここを出ていく……もう二度と会う事は無いだろう」


 ここを……出ていく?


「その頃には、お前らはもう〝眷属〟だろうからな! あーっはっはっは!」


 ちくしょう…………ちくしょう!

 ごめんよみんな。結局、助けられなかった……!


「タツヤ、すまない。私も、もうすぐ活動を止められてしまう」


 そう、か。やっぱりブルーも禁じられるのか。

 ダメだ、意識が遠のく。ああ、もう……だめ……


「……タツヤ。カズヤだ。この空間に、カズヤが入ってきた」


 栗っ……ち? そう……か!


「私の能力も、かなり低下している。少し困難なのだが、なんとか今の状況を伝えてみよう」


 ブルー、た、頼んだ……ぞ……

 栗っち……なら。栗っち……の、ちから、な……ら……

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