鬼ごっこ(上)
※視点変更
元探検者の老人 → 内海達也
七宮は、4つ目の〝試練〟の挑戦者として、大ちゃんを指名したあと、壁際でタバコをふかしている。
「ブルー。頼みがあるんだ」
ずっと考え込んでいた大ちゃんが、真剣な表情で言った。
大ちゃんはいま〝凄メガネ〟を使えないので、ブルーの声を聞けない。
だからこれは、会話ではなく、ブルーに対する一方的な〝お願い〟だ。
「次の試練は〝鬼ごっこ〟で、相手は、俺が出会った事のある〝最も素早い生き物〟に化ける悪魔だ」
大ちゃんは、ちょっと悲しそうな表情を浮かべ、続ける。
「つまり、俺はユーリと対戦するわけだ」
僕や彩歌、そして栗っちも、かなりのスピードだ。けど、ユーリはもっと速い。
……という事は、必然的に悪魔は〝よりによって〟ユーリの姿になるはずだ。大ちゃんの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。
「それでさー。さっきブルー、言ってただろ? 自分は〝道具〟とは判定されないって」
たしかに。ブルーは〝外から持ち込まれた道具〟という扱いには、なっていない。
「ってことは〝これ〟も、大丈夫かもしれないよな?」
大ちゃんは、変身ベルトの制御基板に形を変えた〝ブルーの欠片〟を取り出した。
『ダイサク、キミはまさか……』
大ちゃんは、何をしようとしているんだ?
「この欠片は、どんなエネルギーも制御できるんだよな。だったら、ベルト無しで〝直接〟俺の体に、エネルギーを送ってくれないか?」
そんな事ができるのか、ブルー?
『やはり気づいてしまったか。さすがだね、ダイサク。しかし……とても危険だよ』
「あー、もちろん、危ないのは分かってるぜー? でも、他に方法が無いだろー?」
自然な会話っぽいけど、大ちゃんにはブルーの声、聞こえてないんだよなあ。
ん? でも、何が危険なんだ? 彩歌はブルーの欠片を体に埋め込んでも平気なんだし、大ちゃんだって……
『いやタツヤ、それはちがう。アヤカの場合、私の欠片は心臓を模して、単純に〝心臓の代わり〟をする所から始めた。負担のないように、徐々に同化を行なったんだよ』
「ところが、俺の場合、もともと用意された〝ベルトの機能〟に、ブルーの欠片の力が乗っかってる形だ。ベルトがなければ、ブルーのエネルギーを、体への負担なしに受け取る事はできないんだぜ」
ブルーに続けて、大ちゃんの説明が入る。声が聞こえていないのに、なんで内容もタイミングもピッタリなんだ?
「つまりな、俺の体中に張り巡らされた、無数のマイクロファイバーに、ベルトを介さずエネルギーを流すって事は、ストローに消火栓をつないで、水を飲もうとするようなもんだぜ?」
さすが大ちゃん、説明が分かりやすいな……っていうか、それダメじゃん! 無茶だよ!
「あー、無茶をするなって顔してるな、たっちゃん。でもさ、ユーリを救うためなら、俺は何だってするぜ。たっちゃんも、藤島さんのためなら、そうだろ?」
って、そんな顔で言われたら、止められないじゃないか。
……やっぱ、大ちゃんはすごいヤツだ。
『タツヤ。私もダイサクの体を壊さないように、微調整をするつもりだ。だが、もしうまく行ったとしても〝ベルト〟と〝スーツ〟なしで、どこまでユーリのスピードに迫れるか……』
大ちゃんの強さは、スーツの補助によるものが大きい。〝メルキオール・マリオネット〟も、スーツの駆動部分に、思考を直結して、初めて動作する。
「まあなー、最悪、体を壊したうえ、すぐにゲームオーバーって事もあるぜ。でもさ、何もせずに挑むよりは、ほんのチョットだけ、希望がわくだろー?」
ちょっとだけ、か。
そうだよな。やれる事はやっておかなきゃ、絶対に後悔する。
僕は、大ちゃんの目を見て、ゆっくり頷いた。
……ブルー、よろしく頼む。
『了解した。それではやってみようか』
大ちゃんは、普段〝ベルトのバックル部分〟が当たるお腹のあたりに、ブルーの欠片をピタリとくっつけた。
「これでいいか、ブルー?」
欠片は、制御基板の形から、細長いロープのように変形すると、大ちゃんの体に巻き付く。ベルトの裏側……マイクロファイバーが密集しているであろう部分だけ、薄く平たく、密着するように形が変わっていく。
『よし、繋がった。タツヤ、カウントダウンをお願いするよ。心の準備は必要だからね』
オッケー。いきなり何かをされるのは、何であれ不快なものだ。
僕は左手を開いて、大ちゃんに見せた。ゆっくりと指を折っていく。5、4、3、2、1……
「……っ?! ぐぁあっ! ブ、ブルー、も……もうちょっと、弱くできるか?」
『すまないダイサク。これより下は〝オフ〟だ』
「そう、か……わかった、ぜー!」
……ん? ブルー、いまのって、もしかして?
『うん。欠片を直結してるからね。私の声は、ダイサクに直接届くよ。キミの心の声は、無理だけどね』
「う、うっく! こ、これは、キツイぜー! ダーク・ソサイエティの〝電撃マシーン〟よりも強烈だな」
ちょっと! それって聞いた話だと、結構な確率で死ぬ〝拷問道具〟だろ?!
『ダイサク、あと少しで、キミの体が私のエネルギーを受け入れ始める。頑張るんだ』
「あ、ああ。っく! ぜ、絶対に耐えてみせるぜー!」
>>>
七宮が、二本目のタバコを投げ捨て、近づいてくる。
「お前ら、なにやってんだ?」
何って……パワーアップだよ。
結構あからさまに〝妙な動き〟をしていたんだけど、今ごろ気づいたのか。〝つかえない系〟のヤツで本当に助かる。
「んー? 何でもないぜー!」
大ちゃんは、ブルーの欠片からのエネルギーを、受け取れるようになってきた。ブルー、身体能力の向上はどうだ?
『残念ながら、やはりこの短時間だと、身体が慣れずに大きな負担が掛かってしまう。ユーリなみのスピードを求めるなら、キミの命に関わるかもしれない』
「……そうか。命を掛ければ、何とかなるかもしれないんだなー?」
大ちゃん?! いくらなんでもそれは!
「やってくれ、ブルー! 他に方法がないんだ!」
『……ダイサク、キミの勇気に敬意を表するよ。〝試練〟開始までに、出来る限り出力を上げてみよう』
「ああ、頼んだ、ブルー!」
……ユーリとの鬼ごっこに、勝てるヤツなんかいないだろう。それでも大ちゃんは、命がけで頑張っている。
『ダイサク、もう少し強くするよ?』
「う、うぐ……よ、よし、いいぜ!」
がんばれ大ちゃん! 二人で最期の試練に挑もう!
「たっちゃん! 俺は勝つ! 二人がかりで〝吸血鬼〟に正座させて、説教してやろうぜー!」
もちろんだ。こんな空間ぶっ壊して、みんなで帰るぞ!
「おい、やっぱりお前ら、何かやってるな?」
冷や汗をかきながら、苦悶の表情を浮かべている大ちゃんに、七宮が、やっと気付いたようだ。
「……まあいいか。どうせ次の試練は、どうあがいても突破できないんだからな。さあ、おまえは左の扉だ」
>>>
急な階段を上り切ると、そこは楕円形の広場を見下ろす、観客席だった。
「ここが第4の試練をおこなう競技場だ」
客席と競技場は、天井まで伸びるフェンスで仕切られている。
「さすがに、せまい部屋で〝鬼ごっこ〟は無理だからな」
いや、広すぎるだろ! 競技場が広いのは分かるけど、席はこんなにいらないぞ?
「ククク。客席が多すぎるってか? 最近は、これでも足りないぐらいだぜ?」
……何を言ってるんだ? 僕と七宮以外に、誰も座るやつなんかいないだろう?
「おっと、うわさをすれば、入ってきたな」
七宮が、ニヤニヤと指をさした先には、黒くうごめく何かがいた。
……どんどん増えているぞ? あれは何だ?
「アイツらは〝試練の扉〟が開くと、必ずここを目指してやってくるんだ」
あれは〝眷属〟か?! なんて数なんだ!
「この〝鬼ごっこ〟は、あいつらの、唯一の娯楽だからな。ほとんど全員、集まってくるぞ」
またたく間に、観客席は〝眷属〟で埋め尽くされていく。
確か〝眷属〟って、1000体以上いるとか言ってたよな? そいつらが全員って……!
「心配しなくてもいい。あのフェンスより、こちらには来られない」
よく見ると、客席側、僕の座っている席の数メートル先にも、銀色のフェンスが張られている。なるほど。ここは特別シートなのか。
「ぐああああっ! あがぁっ! ぎゃああああぁ……!」
まだ姿は見えないが、大ちゃんの声は、ブルーを介して聞こえてくる。ほとんど、うめき声や悲鳴だけど。
「ううう……ブルー。もっとだ! もっと強くしてくれ!」
しばらくして、競技場に大ちゃんが姿をあらわした。少しフラついている気もするけど、大丈夫かな?
『……ここまでだダイサク。これで、スピードと動体視力だけは、ユーリを超えた。よく頑張ったね』
「ひぃ、ふぅ。そ、そうか! ありがとうな、ブルー! あとは、頭脳と根性で勝負だぜー!」
『分かっているとは思うが、キミの体は、動けば動くほど、私からの過剰なエネルギーを受けて、ボロボロになっていく。この〝試練〟が終わったら、すぐにベルトをつけて変身するんだ。一刻も早く〝超回復〟を使わなければ、命に関わる。いいね?』
変身すれば、大ちゃんは〝超回復〟の特性を得て、大怪我でも瞬時に回復することができる。
……やっぱり、そこまで無茶なパワーアップだったか。
『ダイサク、私の見立てでは、いまのキミは〝ガジェットを装備していないユーリ〟との〝スピード勝負〟なら、若干だが優位に戦えるだろう。健闘を祈っているよ』
あのユーリのスピードより上って……! 無理しすぎじゃないか、ブルー?
『もちろん、無理しすぎだ。〝命に関わる〟ような危険行為だからね』
……なっ?!
背中に冷たい汗が流れる。大ちゃん、死ぬなよ!
「おっと、悪魔の方も出てきた。あいかわらず気味の悪いデザインだ」
「ギギギッ! オいオい、ガキじゃネーかヨ! ウまそうデ〝鬼ごっこ〟に集中デきネーな!」
なんだ? やけに小物くさいのが出てきたぞ。口調から察するに、そんなに高ランクの悪魔じゃなさそうなんだけど。
「そいじャ、いくゾ」
悪魔は、どこからともなく取り出した水晶玉を、大ちゃんに向けてかざす。
「あれが、魔道具〝チャールヴィの目〟だ。映した対象が出会った〝最速の生物〟に、自分を変化させる」
グニャグニャと変化していく悪魔。その姿は、やはり……
「ユーリ……!」
黄色いジャンパーに、ショートパンツ。見慣れた栗色の癖っ毛。耳が出ているという事は、すでに戦闘モードだ。
「ヘんしン完了! っテ、ナんだこの姿ハ? 元のままのほうガ速かっタんじゃネー?」
いや、そう思うなら、もとに戻ってくれ。
「……ちょっと動いてみれば分かるぜー? あとな、それ以上、ユーリを悪く言うなよ?」
いつもと違う、低くて凄みの効いた大ちゃんの声。怒りを、理性で押し込めているのだろう。
「はア? なに言ってんダ、このガキ。動けバわかるって何ダよ……ウほッ?!」
悪魔の姿が、一瞬ゆらいだかと思った次の瞬間、ゴン! という鈍い音とともに、はるか向こうの壁に、半分めり込んだ形で現れた。
「あいてテ……って、い、痛クねえ! すゲえな、コノ体、ドうなってンだ?!」
大ちゃんは、なぜか誇らしげに、腕を組んで頷く。いやいや、アイツ敵だからね?
「ギギギギッ! こんナの、負けるワけないダろ! さイコーだナ、オイ!」
「だろー? アイツは最高なんだ!」
ああ、そうか……分かるよ大ちゃん。
そんなニセモノ、ギャフンと言わせてやろうぜ!
「ソれじゃ、ルールを説明するゾ? おレが、追いカけて、おマエが逃ゲる。全部のロウそクに火をツけれバ、オまえの勝チ。ソのまえに、オれに触らレたらおまえハ〝吸血鬼さマ〟の夕食だ」
突然、いくつものボン! という音とともに地面が隆起して、何本もの柱が現れた。よく見ると、所々にロウソクの乗った燭台が設置されている。
「ロウそクは、ゼンブデ5本。オマエが柱に触れるだけで火がつく。消えることはナイ」
「分かったぜー!」
「それじゃ、スたートダ」
次の瞬間、悪魔と大ちゃんの姿が一瞬消えた。
速い! 目で追うのがやっとだ。
「おいおいおい! 何なんだよ、あのガキ! 消えたぞ? ああ?! 悪魔のヤローはどこだ?」
七宮は、目でも追えていない。
「ま、マジか?」
ひとつ、またひとつと、ロウソクに灯りがともされていく。
『さすがはダイサクだね。相手の動きを先読みして、フェイントを入れつつ躱している』
そうだな。柱の死角をあんなふうに使われたら、悪魔視点では、大ちゃんがほとんど見えていないはずだ。
「バカな……!」
「コのがキ! なにモのなんダ?!」
よし、ラスト一本だ! ちょっと遠いけど、今の大ちゃんのスピードなら問題なく行けるだろう。
「く、クソぉおお! どうなっテるんダヨおぉオオ! ……七宮アあぁ?!」
くやしそうな悪魔の声がひびく。
……ん? 七宮? なんで七宮を呼ぶ?
隣をみると、七宮がハッとしたような顔をしている。そして、あわてて懐に手を入れた。
「あー、やっぱりなー! ……たっちゃん。ヤバイぜ!」
え? 何?
……大ちゃんの声と同時に、観客席と競技場を隔てるフェンスが、ガシャガシャと音を立てて外れ、落下していく。
「おやぁ? どうしたんだー? フェ、フェンスが壊れたあ! これはいけないなあ!」
僕と七宮を狙っていた数体を残して〝眷属〟は競技場へと、なだれ込んでいく。
わざとらしいぞ七宮! とことんクズだな!
「ククク。ああなってしまっては、もうスピードは関係ないよなあ? あーっはっはっは!!」
スキマもないほどに、広場は〝眷属〟で埋め尽くされていく。
「ギギギギッ! タいへンだゾ! 俺はヘーきだけド、にンげんは〝眷属〟に、ちょっとでも触っタら、オしまいだよナ? ギギギギーッ!」
ダメだ。あれじゃ最後のロウソクまでなんて、とても辿りつけない。
大ちゃん! 逃げろ! 逃げてくれ!
「ほらほらほら! もうダメだ! あーあー! フェンスさえ壊れなきゃなあ!」
多勢に無勢にも程があるぞ……!
大ちゃんは完全に〝眷属〟に取り囲まれてしまった。
「あー、これはちょっと、キツイなー」
そんな! 命がけのパワーアップまでしたのに……大ちゃん!
「すまん、あとの事は頼んだぜ、たっちゃん……いや待てよ? このパターンがアリなら、最期の試練の相手は……ダメだ、たっちゃ……!」
大ちゃんは、眷属の波に飲み込まれていった。




