謎解き(下)
※視点変更
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儂はいつものように〝挑戦者〟を椅子に座らせ、テーブルの砂時計を指さす。
正しい説明は、スムーズな仕事の進行につながるからな。
『この砂時計のつぶが、落ちてしまう前に、答えを聞かせてもらう。それを儂が正解だと認めれば、おまえの勝ちだ。次の試練に進むといい』
持ち上げると、さらりと小さな音を立てる砂時計。
『もし回答が、儂が納得のいくものでなければ、お前の負けだ。吸血鬼様は今宵、お前の血を啜ってくださる』
『えへへ。分かったよ!』
ニコニコと笑う少年。今日は、子どもばかりがここに来る。
……大した情が湧くわけでもないが、大人を相手にするよりは、幾分、気も滅入るな。
『では、出題するぞ』
少年の顔をじっと見つめると、いつものように、脳裏に情景と文字が浮かんだ。
これが〝この場〟〝この時〟〝この相手〟に出題する、最適な問題だ。儂はいつものように、情景を眺めながら、その文字を、淡々と読み始める。
『その娘は、初めて城壁の外に出た。同行したのは、その娘の父親が雇った〝2人の護衛〟と、今回の探検を計画した〝娘の友人〟の、女性3人。護衛はベテランだが、娘の友人は、それが2度目の探検だった』
…………む?
『娘の父親は、高名な探検者だった。魔界で彼の名を知らぬものはいない。そんな父の背中を見て育った娘もまた、探検者を志したのだ』
な、なんだと?
『父親は、厳格で、秩序を重んじ、妥協を許さない男だった。だから、初めての探検に同行して欲しいという娘の願いを〝探検に親を伴うのは恥ずべき事だ〟と、頑として聞き入れず、護衛をつけて、送り出したのだ』
どういう事だ? この問題は!
『……半月後、娘は、変わり果てた姿で帰って来る事となる。西門を出て、壁ぎわを半周するだけの、定番の練習コースだったはずなのに、娘と友人、そして護衛の2人の遺体は、はるか北の〝死後線〟付近で発見された』
これは……儂の娘の事だ。そんなバカな! この少年を見て、なぜ儂の過去を題材にした問題が浮かぶ?
『おじいさん、どうしたの?』
むう。いかんいかん。仕事は、冷静に粛々と、こなさねばならない。
『なんでもない、続けるぞ……』
稀にだが、目の前の〝挑戦者〟とは無関係の問題も、出ることがあるではないか。出題を続けよう。
『……ただ、娘の友人と2人の護衛は、娘よりもはるかに早く、遺体で発見されていた』
儂自身に関わる問題が浮かんだのは初めてだが、必ず意味がある。これは〝この場〟〝この時〟〝この相手〟に出す、最適な問題のはずだ。
『娘の友人と護衛の二人には、魔物の攻撃とみられる多数の傷跡があり、それらが直接の死因だと分かった』
そうだ。3人とも、強力な魔物に襲われた形跡があった。だが娘は……!
『娘は、少し離れた洞窟の中で発見された。洞窟の入口には、障壁魔法でフタをした形跡があり、死因は餓死。つまり…………つまり娘は、逃げたのだ……!』
魔物に襲われ、友人と護衛二人が戦っている最中、あろう事か、娘は逃げだし、洞窟に身をひそめた。死後線付近ともなれば、初心者では太刀打ちできないような魔物が常にウロついている。出るに出られなくなった娘は、そのまま死んだ。まさに〝恥ずべき所業〟だ。
『さあ、この話の中で、いちばん罪深いのは誰だ?』
儂の頭の片隅に〝正解〟の文字が浮かぶ。
……そうか。なるほど、そうかもしれんな。
『うーん。この問題は、おじいさんの頭に浮かんだ〝正解〟を当てるんだよね?』
『おまえがなぜ、それを知っているのだ?』
どうせ、あの七宮という男だろう。いつも勝手な事ばかりしおって。
『まあいい。その通りだ。儂には〝正解〟が見えている』
『えへへ。でも、もしも。もしもね、そのおじいさんの見た〝正解〟が、間違ってるって分かったら……間違いない〝本当の答え〟が分かったら、そっちが〝正解〟だよね?』
……ほほう?
『よく分からんな。どういう事だ? くわしく話してみろ』
儂はテーブルの上の砂時計を寝かせて、砂が落ちるのを止めた。特別だ。
『えっと、例えばね? おじいさんが僕に〝神さまがこの部屋にいる。YESかNOか〟っていう問題を出したら、おじいさんの頭に浮かぶ〝正解〟はどうなるの?』
『……まず間違いなく、NOだろうな』
神などいない。少なくとも、この部屋や魔界には絶対にいない。
『でね、もしもこの場で〝僕が神さまだ〟って証明できたら、正解は〝YES〟になるよね』
なるほどな、そういう事か。〝例〟は、少々常軌を逸しているが、分かりやすかったぞ。
『……当然だな。その場合は、間違いを正さねばならん。この試練の〝正解〟に間違いなど、あってはならないのだ』
それが儂の誇りであり、この場所で〝挑戦者〟に引導を渡し続ける〝意味〟でもある。その者の真実の〝想い〟を見せつけて、偽善でしかない〝うわべだけの答え〟を否定してやる。
心の奥の〝想い〟は煉獄の炎だ。気づかぬうちに焼け焦げていく心は吸血鬼様の〝眷属〟となる事で初めて〝開放〟されるのだ!
『えへへ。じゃあ、おじいさんの心は、僕が〝開放〟してあげるね!』
なに? おまえ、いま何と……
『おじいさん。砂時計、寝ちゃってるよ? いいの?』
おっと、忘れるところだった。
……はて? 儂はいま、何か言おうとしていたか?
『えっとね。それじゃ、本当の答えを言うよ?』
『ああ、そうか、そうだった。おまえの回答を聞かせてもらおう』
先ほど私の頭に浮かんだ、この問題の答えは……〝父親〟だ。
娘を誘った挙げ句、計画を違えた友人。
コースアウトを容認した上、任務を全うできなかった護衛ふたり。
しかし、それ以上に罪深いのは、勇敢に戦う仲間を置いて逃走した……娘だ。
……と、儂なら、そう回答するだろうな。
『分かったよ! えっとね? 一番悪いのは……』
だが、正解は〝父親〟だった。
そうか。儂は娘の所業にばかりを非難して……そうする事で、自分の過ちを正当化しようとしていたのだ。
『おじいさん?』
『あ、ああ、すまんな……』
はじめての探検。突然現れた強敵。逃げ出したとて、それは仕方がなかったのかも知れない。
むしろ、同行を頑なに拒み、娘を守ってやれなかった事と、その事実から目を背け続けていた事の方が、よほど罪深い。
『さあ、答えるがいい』
だがいまは、私の使命を全うせねばならない。ただ粛々と、職務をこなすのだ……この少年が〝父親〟と答えれば正解。そうでなければ不正解。さあ、どう答えるのだ、少年。
『友達!』
……? なんだって?
『悪いのは友達だよ!』
少し、期待はずれだ。
……いや。結果に私の感情は関係ないな。
『その答えで本当に良いのだな?』
ただ、少し気になる。
……どうして、この少年への問題が、儂の娘の件だったのか。
『おまえは、なぜそう思ったのだ?』
儂としたことが、興味本位で、明らかな不正解に、意味を求めてしまっている。情けない事だな。
『そうとしか思えないからだよ。本当に悪いよね、友達!』
……至極残念だ。所詮は、ただの子どもか。
『不正解だ。儂の見た〝正解〟は〝父親〟だ』
一番悪いのは父親だ。儂がもっとあの時……
『〝父親〟は悪くないよ?』
……何?
『〝父親〟が悪いのだ。それが答えだ』
『ちがうよ?』
『ちがわない!』
『ちがわないことないよ! 僕、怒っちゃうからね!』
今までニコニコと笑っていた少年が、急に真剣な眼差しで、儂を睨みつける。
な、何だというのだ?!
『話にならん! 娘が悪いと言うならまだしも、娘の友達は……』
『ううん。悪いのは、おじいさんでも、佳苗さんでもないよ?』
『まだ言うか! 儂や佳苗に罪がないなら、いったいどういう理由で……』
…………な、なんだと?
『なんで……? なんでおまえが、娘の名前を知っている?!』
『佳苗さんは、美弥子さんに、だまされたんだ。だから、悪いのは、美弥子さんだよ?』
な、何がどうなっている?
この少年、娘の友達……美弥子ちゃんの名前まで知っている?!
『美弥子さんは、自分より強くてかしこい佳苗さんのことが、すごく羨ましかったみたい。だから、護衛の人たちにお金をいっぱい払って、洞窟に閉じ込めちゃったんだよ』
何を……言ってるのだ?
分からない。儂はいま、何を聞かされているのだ?
『佳苗さんを閉じ込めてすぐ、護衛の2人と美弥子さんは、すっごく強くて、大きな魔物に追い掛けられて、どこかに行っちゃったみたい。きっと、逃げた先で、殺されちゃったんだね』
バカ、な……! それが事実なら……
『なぜ? なぜお前が、そんな事を知っているのだ?!』
少年は、にっこり微笑んでから、儂の肩先を指さして言った。
『だって、佳苗さんがそう言ってるもん』
なんだと?! う、嘘だ。そんな事があるものか!
『ば、バカバカしい! ふざけるのもいい加減に……』
『佳苗さん、きれいな人だね。あれ? 右目と左目の色がちがうんだ!』
……!! そ、そんな!
『えへへ、僕知ってるよ? 〝オッドアイ〟って言うんだよね! とっても素敵だよね!』
……ああ、ああ! 佳苗! 一緒にいてくれたのか? こんな儂の傍に、いてくれたのか……!
『うん、うん、えへへ。そう言えばいいんだね? ……おじいさん、佳苗さんがね〝ごめんなさい〟って!』
『何を言って……るんだ? 佳苗はなんで?』
『〝つらい思いをさせてごめんなさい〟って。私のせいで城塞都市にいられなくなって、北の大砦に行くことになったせいで、おじいさんがここに来ることになっちゃったから』
『ちがう! それはちがうぞ佳苗! 全部、儂の〝どうでもいい見栄とプライド〟でやった事だ!』
……何という事だ。娘は逃げたのではなかった。殺されたのだ。親友に陥れられ、殺されたのだ!
『娘のおまえを……たったひとりの娘を、信じてやる事ができずに……! 儂は! 儂は!』
儂はどうしたらいい?
儂の罪を、いったい、誰が裁いてくれるというのだ?
『おじいさん、おじいさん。佳苗さんがね〝一緒に行こう〟って』
『一緒に? それは、どういう事だ?』
少年は、儂の方にそっと手を伸ばす。
『……いかんぞ! こう見えて儂は〝眷属〟だ。触れればお前は!』
『大丈夫だよ? 僕に〝呪い〟は効かないんだ』
そんな事があるものか! 呪いが効かない人間など……
『ね? 大丈夫でしょ?』
儂の手を握り、平然と笑っているこの少年は……いったい?
『おじいさん。光が見えるでしょ? 罪をつぐなう間だけ、佳苗さんには待ってもらわなきゃいけないけど、あっちの世界なら一瞬だから。ね?』
見上げた先に、光が見える。
……どうしたのだ? 体が! 不滅のはずの……〝眷属〟である儂の体が消えていく!
『その体は、もういらないし、ちょっと良くないから、キレイにしてあげるね。ほら、もう安心だよ? だれもおじいさんと佳苗さんを傷つけることはできないんだ』
『……佳苗? ずっとそこにいたのか。ああ、そうだな……ありがとう』
娘の姿が見える。なつかしい佳苗の、おだやかな笑顔。
それは〝この場〟〝この時〟〝この相手〟に出した、最適な問題の賜物……
少年よ。おまえはいったい……?
『えへへ。おじいさん〝神さまがこの部屋にいる。YESかNOか〟わかる?』
『…………! そうか、ははは。儂としたことが、出題される側になるとはな』
儂と娘の〝魂〟を救い〝呪い〟を物ともせず、穏やかに、粛々と使命を遂行する尊き者。その〝答え〟は。
『……まず間違いなく、YESだな』
ああ。光があふれる。温かい光が。




