カードゲーム(下)
※視点変更
内海達也 → 七宮啓太
私は七宮。この閉ざされた空間に来て、6年になる。
「そう、6年だ。長かった……!」
……ん? ああ、ガキ5人か?
アイツらは今ごろ、吸血鬼の元へ送られているだろう。日が暮れたら、順番に血を吸われて、晴れて〝眷属〟の仲間入りだ。
「おっと、もう新しい鍵が用意されたか。持っていかなきゃな」
噴水の前に転がっていた鍵を拾う。添えられた手紙は要らねえ。丸めてポイっと。
最後だ。この鍵を使って、あと1人! たった1人〝試練の扉〟に人間を放り込めば、私は自由になれる!
「……ここは、食料庫などではない。〝養殖場〟だ」
人間は、こんな場所でも勝手に増える。500年という歳月は、この閉ざされた空間さえも、人間が生活できる町にした。それほどまでに、人間の順応性は高い。
だが、その順応性が問題だった。吸血鬼と、その眷属から逃れ、隠れて生きる術を考え、学び、捕らえられなくなったのだ。
やがて、吸血鬼は腹を空かせ、奴らを探したが、時既に遅し。どこに居るのか分からない。捕まえることが出来ない。
「家の中に虫がいる。いるはずなのに見つからない……しかも、どんどん増えていく。腹立たしい上に、気味が悪いんだろう」
そこで吸血鬼は〝協力者〟を用意しようと考えた。
私は吸血鬼と約束したのだ。ここに隠れ住む人間を100人、あの扉に誘い込めば、晴れて自由の身になれる!
……今日の獲物は、なかなか手強いヤツラだった。若干の苦労はしたが、うまく引っかかってくれたものだ。所詮はガキだな。
「……ククク。そういえば〝見た目がガキなだけ〟のヤツもいたっけ。ククク……ハーハッハッハ!」
「えへへー。何がおもしろいの?」
「うわっ?!」
な、何だこのガキ。お、脅かすなよ!
ん? 日本語? コイツもしかして、アイツらが言ってた……
「僕はね、栗栖和也だよ」
間違いない。あのガキどもの仲間だ。
そうか、結局入って来ちまったのか。クックック。ご愁傷様だなあ。
「えーっと、僕、友だちを探してるんだけど……」
ククク。知ってるよ。
よし、折角だから会わせてやろう。そうすれば、私のノルマも達成だ。
「そうか……もしかして君の友達は、同い年くらいの4人組みじゃないか? 男の子2人に女の子2人の」
「わあ、良かった! おじさん、みんなのいる所、知ってるの?!」
食いついた! チョロいな。
「知っているとも! でもね、とても危険な所なんだ。それでも行くかい?」
「うん。どうしても行かなきゃならないんだ。あとね、もうひとり…………あ、そっか、一緒なんだね、えへへ!」
ん? 何だ、一緒って。
まあいい。とにかく、コイツを扉の中に放り込んで、こんな空間からは、さっさとオサラバだ!
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扉の前で、ルールを説明する。これが大事だ。
「いいかい? 5つの〝試練〟を突破した者は未だ居ない……」
〝呪い〟や〝魔法道具〟は、決められた条件で発動する物が多い。
「君は全てを1人で突破しなければならない。〝試練〟の内容だが……」
この扉は、複雑な条件を満たすことによって、幾重にも編み込まれた呪いを掛ける。
まず〝ルール〟を強制して、違反した者の自由を奪う呪い。
そして〝試練〟に失敗した者の自由を奪う呪い。
最後に、鍵を持つ〝案内者〟に危害を加えた者の自由を奪う呪いだ。
「大切なルールをもう1つ。この扉の中にある物以外の、あらゆる道具は、使用禁止だ。使ったとたんに、負けとなる」
……これでよし。呪いの発動に必要な説明は、ここまでだ。これをやっておかないと、鍵を使うことも出来ない仕組みだからな。逆に、説明不足なら扉は開かない。まあ、だからこそ失敗は有り得ないんだけどなあ!
「すまないが、私は、この世界に閉じ込められている、多くの人たちのリーダーだ」
ククク。そのおかげで、養殖されて隠れているヤツラも、わざわざ向こうから来てくれるんだ。
「だから〝挑戦者〟として一緒には行けない。でもせめて〝案内者〟として、ついて行ってあげるよ」
「うん、ありがとう! すごく助かるよ!」
ククク。礼を言うのは私の方だよ。だって君のおかげで、もうすぐ、私は自由の身になれるのだからね!
……よし、扉が開いたぞ。
「さあ、まず〝挑戦者〟の、君が入るんだ」
コイツの友だちは、不可解なヤツらだった。
「うん。頑張るよ! でもちょっと怖いよね……」
そもそも、藤島彩歌……〝魔道士〟が〝アガルタ側〟から入ってきた時点で、普通じゃないのは分かっていたが、結局、ヤツらの正体は分からず仕舞い。
「私も一緒だから、勇気を出して行こう。友だちを助けるんだろう?」
ヤツらがタダのガキじゃない事を踏まえた上で、コイツの身に着けている指輪と首飾りが気になる所だ。〝ガキの分際で〟と思っていたが、もしも、何らかの力を秘めた、常時発動系の道具だったら……ククク。ルール違反で一発退場だ。
「えへへ! 不思議だねー。ドアだけだったのに、中はこんなになってるの?」
……チッ! 普通に入りやがった。期待させやがって!
指輪も首飾りも、ただのアクセサリーか?
「えっと、あ! アレだよね、試練の部屋!」
「え? あ……ああ。最初の試練は、さっき言ったように、ポーカーのようなカードゲームだ」
「うん、僕、頑張るよ!」
何だか調子狂うぞ。意外とグイグイ行くな。
……ほら、もう扉を開けて中に入って行ってるし。
「まあいい。ここでアイツもゲームオーバーだ」
今回は1人で左の部屋か。そういえば〝挑戦者〟が1人だけっていうのも久しぶりだな……
「……ん? なんか、おかしくないか?」
あのガキ、もう椅子に座ってやがる。
〝怖いよね!〟とか言いながら、全然怖がってないじゃないか。
ディーラーのおっさんも、出てきた途端にギョッとしてるな……あんな顔、初めて見たぞ。
『ジュ……ジュッのルールは、もう聞いていると思うが、ジュジュッのは、カードを使ったゲームだ。私に勝てば、次の〝試練〟に進むことができる』
いつもの妙なノイズのあと、ディーラーのおっさんの声が聞こえてきた。
「あ、そういえばアイツ、言葉わかるのか?」
『えへへ。大丈夫だよ! ……あ、じゃなかった。分かったよ!』
「ふーん。しゃべれるのか。まあ、ゲームを始めることは出来そうだな」
……ん? やっぱり、何か不思議な違和感があるな。
『このカードを使う』
おっさんは、大きく〝13〟と数字が入ったカードを4枚、テーブルに並べていく。
『カードは1から13まで。そして、どのカードに置き換えることも出来る〝ワイルドカード〟が1枚』
いつものように、大きく金色の〝星〟が描かれたカードを並べた。
……このディーラーのおっさんは〝眷属〟だ。
いや、そこら辺をウロウロしているヤツとは違うぞ。特別に〝吸血鬼〟に認められて、人間だった頃の記憶と自我を残してもらった、言わば〝エリート〟なんだってさ。
『まずは双方に5枚のカードを配る。カードの交換は2度。あなたが先で、次が私……』
今まで何度も聞いた説明が続く。
茶番だな。でもまあ、これをやるとやらないとでは、罠に掛かったと気付いた時の〝挑戦者〟たちの絶望感や怒りが、格段に違ってくる……のだそうだ。
『数字を1、2、3、4、5のように、順番に5枚揃えれば〝ストレート〟。ただし、13から1に続けることはできない』
だいたい、普通のトランプを使ったポーカー勝負でも、絶対に勝てるんだよな、このおっさん。
たしか〝眷属〟になる前は、どっかのカジノで〝天才ディーラー〟として、結構な有名人だったみたいだから。
『5つ、同じ数字を揃える〝ファイブカード〟。この〝役〟が、最強だ』
不敵な笑みを浮かべるおっさん。これが〝ワイルドカード無しでも同じ数字を5枚集められますよ〟っていう、最大のヒントなんだよな。
……同時に、ディーラーとしてのプライドが見え隠れしていて面白い。
『それでは、始めようか。まずは好きなだけ、カードをカットしてもらおう』
ガキは、カードの束を受け取り、妙に慣れた手つきでシャッフルする。
『えへへ。こんなもんかな』
『よろしい、それでは始めよう』
おっさんが、自分とガキ、双方に5枚のカードを配る。
配られたカードを見て、ガキは、ちょっと困った顔をした。
『交換は?』
『うーん、どうしようかな……5枚ください!』
ガキは、カードを5枚とも伏せてテーブルに捨て、おっさんから、カードを5枚受け取る。
フルでチェンジか、珍しいな。
おっさんは、自分にも相手にも、思い通りのカードを配ることが出来る。
……まあ、イカサマと言うより、技術だな。
おっさん、いつもは〝黒3枚〟と〝色違い2枚〟を引かせて〝フラッシュ〟に持っていかせようとするんだが、気付いていないのか?
所詮はガキか。次の〝誘い〟でノッて来なきゃ、場が盛り上がらねぇなあ。
『それでは、私は1枚……よし』
ニヤリと笑みを浮かべるおっさん。
うまいな。おっさんの方に良い〝役〟が来たと焦らせて〝フラッシュ〟……いや〝ストレートフラッシュ〟を誘うつもりだろ。さあ、乗っかっていけよ、ガキ。
『そうだなあ……えーっと。どうしようかなー』
何を考える事があるんだよ!
2枚交換……いや、おっさんの事だから、1枚交換するだけで〝ストレートフラッシュ〟が狙えるぐらいのカードが来てるだろ? まあ、おっさんは既に、同じ数字が4枚の〝クアッド〟を揃えてるんだろうけどな。
『決めた! 5枚変えちゃおっと!』
さっきと同じように、5枚のカードをテーブルに伏せて、おっさんから5枚のカードを受け取る。
『あー。全然ダメだったよ。今日はツイてないなあ!』
うぉいッ! この馬鹿ガキ! ルール分かってねえんじゃねえか?!
「ううん。大丈夫だよ?」
はぁ?! 何が大丈夫…………ん? いまアイツ、私の心の声に日本語で……?
『私はこれでいい。やれやれ、やはり子ども相手では、盛り上がらなかったな』
おっさんは半ば投げやりに、持ち札をテーブルに並べる。
いつもの〝うまく揃えた黒のフラッシュが、実はブタだと気づく〟パターンを崩されて、すっかり萎えてしまっているのだろう。
『6の〝クアッド〟だ。さて、残念だが、あなたは我が主の元に……』
『僕はね、9の〝ファイブカード〟だよ!』
『……は?』
……は?
『えっとね? 最初来たのが、7で、次に8の〝ファイブカード〟だったんだ。思い切って13のを狙ったんだけど、今日は調子悪いみたい!』
おっさんは、あわててテーブルの上に伏せてあるカードを裏返す。
……さっきガキが捨てたカードは、7の〝ファイブカード〟と8の〝ファイブカード〟。
『ええええええええええっ?!』
「ええええええええええっ?!」
ちょっと待て!
えっ?! ちょっと待て! 〝ファイブカード〟が3回連続で来るって、どんな確率だよ!
……いや、それ以前に、おっさんがカードを操作してるんだぞ? いったい何が起きた?!
『あり得ない……! 私は、たしかにカードを……!』
『えっと……〝偶然〟おじさんの手が狂ったのかもね』
このガキ、カードの操作にも気付いていたのか?!
『えへへー。僕ね、すっごく〝幸運〟なんだ。ほんのちょっとでも〝運〟が絡むもの……たとえば〝裏向きになってて表の見えないカード〟とかが、僕の〝運〟に逆らうことは、絶対に無いんだよ』
そんな……そんな……!
『そんなバカげた事があるか! どうやった? どんなトリックを使ったんだ?!』
うお! ビックリした! 初めて見るな、こんなに声を荒げているおっさん。
だが、たしかに、イカサマとしか考えられない。このガキ、一体……
『えへへー。トリックでもイカサマでもないよ? うーん……じゃあね、その残ってるカード、5枚、僕に配ってみてよ』
訝しげな表情で、カードを配るおっさん。
ガキはそれを受け取ると、ハッとした顔で言った。
『あ、そうか! それでさっき、僕の〝運〟は〝10以上のファイブカード〟を出さなかったんだね!』
カードを、ゆっくりテーブルに並べるガキ。
……う、嘘だろ?
『えへへ。でもこっちの方が、お星様がキレイでカッコイイよね!』
実は、このカードゲーム、5種類の絵柄があるため〝ファイブカード〟の出る確率は、ひとつ下の〝役〟よりも、格段に高い。
……ガキが並べたカードは〝黒猫のマーク〟で統一された、10、11、12、13そして〝ワイルドカード〟。
『な?! 〝ワイルドストレートフラッシュ〟だとおおおお?!』
……実質〝最強の役〟だ。初めて見た。




