方向性
「お邪魔します。たっちゃん、今日はありがとう」
ということで、栗っちが来た。相変わらず、礼儀正しいな。
「よー! 上がって上がって」
「あ、これ、るりちゃんに。このあいだ食べちゃったからお詫びに」
栗っちは、チーズかまぼこを持って来てくれていた。本当に礼儀正しい。
「ありがとう。でも今日は、皆、出掛けちゃってて、僕一人なんだ。帰ってきたら渡しとくよ」
「あ、そうなんだ。よろしく伝えてね」
あれ……ちょっと残念そう? ……気のせいか。
「るりのヤツ、栗っちが来るって言ったら、自分も残るって言って、随分ゴネたんだぜ。面倒だと思うけど、今度、あいつが居る時に、遊びに来てやってくれよ」
「えっ? 本当に!? 必ず来るよ!」
あれ……なんか嬉しそう? ……まさかね。きっと気のせいだろう。
「まあ、立ち話もアレだし、僕の部屋に行こう」
「ごめんね、正月早々。忙しかったんじゃない?」
まあ、色んな意味で凄く忙しいけど……〝言えない事〟ばかりだな。
「いやいや。あ、そういえば昨日は、ウサギのエサやり、危うく忘れるトコだったよ」
谷口先生の話をしながら、部屋のドアを開け、中に入る。
「ヘぇ! 先生たち、動物の事、ちゃんと見ててくれてるんだね」
僕は押し入れから、折りたたみ式の丸テーブルを出して、部屋の真ん中に置き、台所から持ってきた缶ジュースを2つ並べた。
「で、栗っち、何かあったの?」
さっそく本題に入る。昨日の感じだと、そこそこヘビーな相談事なんだろうな。
「うん。ちょっと、口で説明するより、やってみるね」
栗っちは、缶ジュースのフタを、開けた……手を触れずに。
『タツヤ。これは……』
ブルーが驚いて話しかけてくるが、僕には、珍しくもない事だった。
「たっちゃんは、僕のこの力、もう何度も見たことあると思うけど……」
『そうなのか? タツヤ、今のは、あまり普通に見かける能力でもないと思うが……』
そう言われてみれば、ブルーが驚くのも当然かもな。栗っち以外でこんな事が出来る奴は、見たことがない。
「言うの忘れてたけど、というか、今まで僕も忘れてたけど、栗っちの特技なんだ。スプーンとかもグニャグニャ曲げるし」
『そういう事はもっと早く教えてほしい。私だけ驚くというのは、いささかキャラ設定が崩れる』
お前のキャラクター設定、わりとブレブレだと思うけどな。むしろそれがウリみたいな。
いや、そんな事より栗っちだ。
「えへへ。今まで僕、あんまり、重いものとか、遠いものを持ったり、できなかったじゃない? でもね……」
ジュースの缶が2本とも空中に浮かぶ。中身が缶から出て球体になると、2本の空き缶はグシャグシャに潰れて細くねじりあげられ、ジュースで出来た球体の周りを、土星の輪のように飾る。
「最近どんどん、力が強くなっているんだよ。〝予知〟も、今までより鮮明になっちゃった」
すごい力だ。僕の記憶では、栗っちは、手が届く位の物を、手でできる位の力で操作することしか出来なかったはずだ。実際には、手でやった方が早いっていう感じだった。
『なるほど……やはりそうか。私の思っていた通りだ。タツヤ、彼の詳細を表示するよ?』
そう言うと、ブルーは僕の脳裏に、栗っちのステータスを表示した。
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栗栖 和也 Chris Kazuya
AGE 11
H P 18
M P 0
攻撃力 224
守備力 149
体 力 14
素早さ 13
賢 さ 15
<特記事項>
救世主
未来予知
念動力
確率操作
千里眼
精神感応
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「救世主?!」
『うん。彼は人々を導き、救いを与える存在。奇跡の体現者だよ』
マジか? 栗っちが?!
「でもブルー、僕の知ってる〝15年後の栗っち〟は、中学に入った辺りから、予知もスプーン曲げも 出来なくなってたぞ?」
『そこなんだ。今の彼は、まだ覚醒の途中だ』
「僕みたいな感じ?」
『そう。救世主は、様々な時代に、ごく稀に現れ、天啓を受けて覚醒し、奇跡の力で人々を救済する存在だ。海を割ったり、大災害を予言したり、死後、復活してみせたり。それは歴史をも、ねじ曲げられる力だ』
「人を救うための特異点?」
『そうだね。彼は、いずれ〝本当の力〟に目覚め、人々を救うのだろう。だが、今この時点では、とても弱い存在だ』
栗っちは、ちょっと首を傾げて僕を見ている。僕とブルーの会話を、認識できてはいないようだ。
『タツヤ、キミが私と出会い、特異点としての能力に目覚めるはずの歴史を、彼はねじ曲げてしまった。無事で済むはずがない。キミの能力と使命は、カズヤよりも遥かに高位の物なんだ』
「そんな……僕を助けようとしてくれた事が、栗っちの能力を奪った?!」
『そう。彼の救世主としての力は失われた。だが、今回の巻き戻しで、キミは無事に私と出会い、歴史は修正された』
「それで栗っちは、救世主の力に、目覚めようとしてるんだな」
『いつ、カズヤが〝天啓〟を受けるかはわからない。だが、近い内に、タツヤと私の事にも、気付くだろう』
大体の事はわかった。僕の事もブルーの事も、いずれ知られる事になるなら、今ここで説明しても良いだろう。
『ダメだ、待ってくれタツヤ。念の為に言っておく』
「何だブルー。何か問題でもあるのか。ちゃんと説明して、協力してもらおうよ」
『キミの使命は〝星を救う事〟だ。だが、カズヤは〝人を救う事〟が使命だ。そういう〝天啓〟をいずれ受けて〝覚醒〟するはずだ』
「だから、同じ方向性じゃないか? 何か問題があるのか」
『方向性は全然違う。星を破壊しようとするのが、もし人間だった場合、キミ達は、敵同士になる』
「……あ!」
『星を壊すのが人類なら、キミは人を滅ぼさなければならないんだ。彼はそれを防ぐための救世主となるかもしれないんだよ?』




