蚊帳の外
※視点変更
内海達也 → 栗栖和也
※舞台変更
中 → 外
やっぱり、不思議な壁があって、ここから先には進めないよ。弾き返されちゃう。
「うーん。みんな大丈夫かな」
あ、栗栖和也だよ。栗っちって呼んで欲しいぜー! なんちゃって。
僕たちは、外国に来ているんだ。
ここは〝シギショアラ〟。ルーマニアという国にある、有名な観光地なんだって。僕は詳しく知らなかったんだけど、ドラキュラ伯爵で有名なところみたい。ちょっと怖いよね。
……ここ、人がいっぱいいるけど、怪しい気配は全然なかったんだ。だから、つい油断しちゃった。
「たっちゃんたち、あの見えない壁の中に入っちゃった」
何だろう、この壁……悪意とかは、ぜんぜん感じられないんだよね。
『……悪意は、その内側に渦巻いている。こちらに届いていないだけだ』
僕のつけているネックレスから声が聞こえた。
……彼はソウスケさん。このネックレスにとり憑いている霊だよ。
「内側に? この壁って、いったい何なの?」
『分からない。が、呪いの力に似ている。ここから先は、完全に切り離された、別の空間だろう』
なるほど。呪いに似てる壁だから、僕を取り込めなくて、弾き返しちゃうんだね。
……あれ? でもそれじゃ僕、みんなの所に行けないよ!
『お前がこの中に、本当に入りたいと願えば、呪いは退くだろう。ワタシの呪いさえ通じないような者に、このような隔たりは、何の意味も成さない』
セリフのあとで、鼻で笑うような声が聞こえた。
えー? それじゃあ僕、本気でこの中に入りたいと、思ってないってこと?
『お前の仲間は強い。奴らを信じるあまり、この中に入る理由は無いと、お前は考えているのではないか?』
あ、なんか分かっちゃった。僕が居なくても、たっちゃんたちは絶対に負けないもんね。
『とにかく、その先に進むも進まぬも、お前の心ひとつだ。忘れるな』
「うん。ありがとう!」
『礼には及ばん。お前はワタシに〝人間〟を見せてくれるのだろう? ……もちろん、首を絞めさせてくれるなら、それでもいい』
そう言って、ソウスケさんの気配はネックレスの中に消えていった。
えへへ。首を絞められるのは嫌だよね。
「さて、どうしようかな。たっちゃんたちなら、すぐに魔界の門を閉じて、帰ってくると思うんだけど……」
……って、本当にあるのかなあ。門。
町全体が、ほんわかと優しい雰囲気だし、ここと魔界が繋がっているなんて、ちょっと思えないんだ。
あ、でもね、悪いことを考えている人は、やっぱりいるよ。
僕、外国語は分からないし、しゃべれないけど〝精神感応〟で、その人が何を考えているかわかっちゃうんだ。便利でしょ?
たとえば、あの優しそうなお兄さんは、おじいさんとおばあさんに、親切に話しかけているよね。
『ああ、それならこっちですよ、案内しましょう』
って言ってるっぽいけど、実は……
『へへへ。いいカモが釣れたぜ』
……すっごく、悪い事を考えてるんだ。
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『おとなしく、あり金ぜんぶ出せって言ってんだろ?』
……ね? 悪い人だったよ。
おじいさんとおばあさんは、六人のお兄さん達に囲まれている。
『アンタたちの国じゃ、どんなシステムか知らないけどさ? ここじゃ、人に道を訪ねたら、こういう薄暗い路地で、命か金を取られる事になってんだよ!』
ムチャクチャだよ。
もしそれが本当なら、僕、本気で怒っちゃうからね?
『っていうかさー? 俺たちはアンタらが、怪我しようが死んじまおうが、どうでも良いんだぜ? だったら、元気なまま、言うこと聞いた方がイイんじゃねえ?』
ちがうよ? 一番いいのは〝お兄さんたちが元気な〟まま、おじいさんとおばあさんに道案内をしてあげる事だよね。だって僕は、お兄さんたちがちょっと痛い目を見た方が良いって思ってるんだから。
『や、やめてくれ! ワシらには、こんなコトをしている時間も余分な金も無いんじゃ!』
「お、おじいさん、この人たち、なんて言ってるんですか?」
おじいさんは、この国の言葉が話せるみたい。おばあさんは……今の、日本語だよね! ビックリしちゃった!
「こいつら、強盗じゃ! ワシらから金を奪うつもりじゃぞ」
「なんて事……」
このおじいさんとおばあさんは、とても大切な用事があって、このシギショアラに来たみたい。今はパニックになっていて、思考がうまく読み取れないけど……
『ゴチャゴチャうるせーんだよ! 構わねぇ、バラしちまおうぜ!』
悪いお兄さんたちは、刃物を取り出した。
『やめてくれ! 頼む!』
さっきの優しそうだったお兄さんが、おじいさんの言葉なんか全然聞かないで、斬りかかる。
……できれば、警察の人とかが来て、助けてくれたりしないかなって思ってたんだけど、もう限界だよ。ちょっとお仕置きしちゃうね?
「えへへ。お兄さんたち、ダメだよ?」
『な、何だコイツ? 突然あらわれたぞ?!』
急いでおじいさんとおばあさんの前に立ったんだけど、僕の動きが速すぎて驚かれちゃった。
「おじいさん、おばあさん、ごめんね。もっと早く止めに入れば良かったんだけど」
……できれば、あまり目立ちたくなかったんだよね。
マズいかなあ。慌てちゃったから、変身するヒマもなかったし。
「き、君はいったい……? ああっ! 危ない!」
悪いお兄さんたちが、一斉に襲いかかって来たのを見て、おじいさんが叫ぶ。
「えへへー! だいじょうぶだよ?」
だって、普通の人間の動きなんか、ノロノロだもん。
『こ、このガキ、妙な動きしやがって!』
『なんだ? なんで当たらないんだ?』
お兄さんたち、すっごく驚いてる。
……あ、おじいさんとおばあさんも驚いちゃった。ビックリさせてごめんね?
「でも、よく考えたら、お仕置きってどうすればいいかな」
僕の行動って、人間には〝マイナス効果〟を与えないんだ。だから、どれだけ暴れても、建物を壊すことはないし、僕が人を攻撃しても、怪我するどころか健康になっちゃったりするんだよ。面白いよね!
……でも、度を超えた悪人には、僕の攻撃は〝裁き〟となる。
『避けるんじゃねぇよ、このガキ! ぶっ殺す!』
『うらぁあああっ! 死ね! 死ね!』
……絶対に、裁かれちゃうよね、このお兄さんたちの場合。ヘタしたら死んじゃうかも。だって、子どもに向かって〝死ね〟って、ちょっとヒドいもん。
「おじいさん、僕が言ってることを、このお兄さんたちに伝えてあげて。えっとね……」
僕の言葉を聞いて、おじいさんは驚いた顔で言った。
『なんじゃと?! ……大丈夫なのか、君?』
「うん。だからお願い!」
通訳をお願いしたよ。一応、警告はしてあげないと、かわいそうだもん。
『お前さんたち、この子から伝言じゃ。〝今すぐやめないと、痛い目を見ることになる〟だ、そうじゃ……』
『ぎゃはははっ! 聞いたかよ!』
『ガキとジジイが何か言ってるぜ! ナメられてんじゃねーぞお前ら!』
『もう許さねえ! 細切れにしてやんぜ!』
男たちは、警告を無視して、刃物を振り回す。
あーあ、やめとけばいいのにね。
……きっとお兄さんたち、痛くて泣いちゃうよ?




