得体の知れない何か
栗っちが突然姿を消した。
退路は〝見えない壁〟によって絶たれ、得体の知れない何かが迫って来ている。
「というか〝得体の知れない何か〟って何なんだ? 気持ち悪いなあ」
栗っちが居れば〝千里眼〟で、見てもらえるんだけど……
「ブルー、栗っちとの通信は?」
『ダメだ。まったく通じない。あと、土人形との接続も、切れてしまった。外界とは完全に隔絶されてしまったようだね』
「……そうだな。人形に繋がっている感覚が無い」
栗っちとの通信も途絶え、さっきまで繋がっていた土人形も操作できない。
土人形は、接続が切れれば土に戻ってしまうはずだ。時差があって、今はまだ深夜だからバレてないだろうけど、急がないと大変な騒ぎになるぞ。
……特に、栗っちのお母さんとか。
「あれ? ちょっと待った! 完全に隔絶って事は、もしかして変身も出来ないんじゃ……」
確か、変身した時に装着される、スーツやアーマー、ヘルメット等は、大ちゃんの家から〝転送システム〟で送られて来るんじゃなかったっけ?
「おー、さすがたっちゃん。よく覚えてるなー! でも大丈夫だぜ。もうすぐ異世界へ行くだろー? その時の事も考えて、転送システムは使わずに、次元の隙間に置いておく方式に変えたんだ」
クロの〝収納庫〟をマネして作ったらしい。
……ここまで来ると、もう大ちゃんも〝魔法使い〟だ。
「クロの収納庫と違って、あらかじめ用意した変身用のパーツ以外、出し入れできないけどな?」
「いやいや、スゴイよ! さすが大ちゃん」
変身できなくて、大ピンチになったばかりだし、ね。
「あー、そっか。変身しといたほうがいいな。同じ失敗はダメだぜ……変身!」
大ちゃんは、ベルトのバックルを押し込み、変身した。
「お待たせした、諸君。これで大丈夫だ」
知っていると思うけど念のため。
大ちゃんは、レッドに変身すると口調が変わる。
「しかし達也少年。この状況、良くないぞ」
「だよね。あまりにも想定外の事が起き過ぎだよ」
栗っちが無事だと良いんだけど。
それに、接近中の〝何か〟も、気になる。
「ブルー、その〝得体の知れない何か〟は、どれくらい近付いて来ているんだ?」
『明らかに私たちを目指して移動を始めたものが3体。その内、最も近い個体が、30メートルほど先の角を、こちらに曲がって来ようとしている』
もうそんなに近くに来ているのか? お、見えた!
……服はボロボロで、頭もボサボサ。あと、顔色が凄く悪いけど、普通の人間っぽいな。
「彩歌さん、大ちゃん、ユーリ。気をつけて!」
いや、やっぱり普通じゃない。明らかに、動きが人間じゃないぞ。ゾンビ映画みたいで不気味だ。
「分かってるとは思うけど、達也さんも気をつけてね?」
「うん。魔界絡みの敵は、僕の不死性を超えてくる奴が、普通にいるからね」
〝魔王パズズ〟も〝モース・ギョネ〟も〝砂抜きされた砂時計〟も、下手をすれば、簡単にジ・エンドだったと思う。もし映画ならブーイングの嵐だ。
「やー! やだよー! 何であんなに気持ち悪いの? 何でみんな、平気なの?!」
得体の知れない何かは、ジワジワと奇妙な動きで近づいて来る。
確かに不気味ではあるけど、あんまり強そうじゃないんだよなぁ。
……逆に、何でユーリは、こんなに怯えているんだ?
『タツヤ、油断してはいけない。物理的な攻撃以外でも、君たちに不利な状況をもたらす方法があるかも知れないよ?』
……そうだな。まずはとりあえず、アイツが敵か味方か、探りを入れてみようかな。
「ハロー! ハウ、アー、ユー?」
コミニュケーションから入る僕って、超・紳士だな。
……あ、英語は通じないか。
まあ、敵意が有るか無いかぐらい、わかるだろう。
「……ハれ、ハえ、アえ、ユえ」
うん? あいつ、何か喋った? 何を言ってるのかは分かんないけど。
よし、続けてみよう。
「……。……!」
……あ、あれ?
「……! ……?!」
うわっ、これは!
ブルー! ルナ! 僕の心が読めるなら、今すぐみんなに、アイツに話し掛けないように言ってくれ!
『どうしたタツヤ?』
『やだなあ達也氏。なんでそんな急に……え? ほんとに?』
良かった。ブルーもルナも、僕の心の声を読み取ってくれたみたいだ。
しかし、なんで僕の〝胃の中のゴーレム〟が、急に喋れなくなったんだ?
『ダイサク、アヤカ、ユーリ。あの個体に声を掛けてはいけない』
「ん? どうしたのだ?」
『タツヤ〝体内〟のゴーレムが、あの正体不明の個体に話し掛けたとたん、機能を停止したんだ』
「停止……? ふむ。どういう事だろう」
レッドが顎に手を当てて考え込んでいる。
今回も僕は、すぐに帰れるようにと、地下室で〝阿吽帰還〟を唱え、そこからはずっと、胃の中に作成した発声用のゴーレムを使って会話していた。
……かなり自然に発声できるようになったから、誰も気付いてなかったみたいだけど。
「達也さん、ゴーレムの再作成をすればいいんじゃないかしら?」
あ、そうか! ゴーレムの調子が悪いなら、消して作り直せばいいんだ。
ほいほいほい……これでよし、と。
「……。……?」
ええ?! 喋れない! なんで?!
「達也少年は、何かをされたのか?」
『いや、ダイサク。攻撃らしいものを受けた様には見えなかったが……?』
「やー! 怖いよ! アイツ……すごくイヤだ!」
ユーリの怯え方といい、ゴーレムの異変といい、何やら普通の敵じゃなさそうだぞ。
「達也さん、魔法で眠らせてみるわ」
なるほど。眠らせて、その隙にアイツを調べてみるというのもアリかもね。
「HuLex UmThel PaRAlis iL」
彩歌の呪文が発動し、得体の知れないアイツを青白い光が照らす。どうやら見事に命中したようだ。
「……ヒュえ、ウムて、パリャれ、イれ」
さっきと同じように、アイツは、よく分からない事をボソボソと喋る。
「……また、何か言っているようだが?」
うん。それに、眠らないなアイツ。
一瞬、動きを止めたが、またゆっくりと、こちらに近付いて来ようとしている。
「レジストされたのかしら? ……それじゃ、これでどう?」
彩歌は、変身用の腕時計を操作して、大ちゃん特製のロッドを取り出す。
そうか。それなら効くかも。
「……」
ん? なんで魔法を使わないんだ?
「……ッ! ……?!」
何だろう、彩歌が妙にあせった様な顔でこちらを見た。
心なしか、手に持ったロッドが震えている。
「どうしよう……! 詠唱できない……なんで?」
何だって?!
「待てよ? それはまさか……!」
レッドは何かに気づいたようだ。
「HuLex UmThel FiR iL」
彩歌が、慌てたように、別の呪文を唱える。
……火球の魔法か。なんだ、できるじゃないか、詠唱。
「藤島くん、いけない! アイツは……!」
レッドが何かを言い終える前に、彩歌が放った火の玉は、奇妙な動きのアイツにヒットした。
「うそ……! これも効かない?!」
いま、当たったよね? 何だろう。無反応というか、手応えがないぞ。
「……ヒュえ、ウムて、フィれ、イれ」
また、何か言ってるし。アイツ一体?
「少し困ったことになったかもしれない。藤島くん、今の魔法、もう一回使えるか?」
「え? ……ええ」
彩歌は、ロッドをアイツにまっすぐ向けて、詠唱を……
「……? ……! ……!!」
……詠唱しない? どうしたんだ?
「ダメ! 火球の呪文も使えなくなっちゃった!」
彩歌が泣きそうな表情で叫んだ。マジか?!
「やはりそうか。恐らく、アイツに何かすると、その〝行動〟自体を……」
「そうよ。〝禁止〟されてしまうわ」
突然、どこからか声が聞こえた。誰だ?!
『タツヤ、上だ』
見上げると同時に、僕の顔めがけて、何かが降ってきた。
これは……縄梯子?
屋根の上には、黒髪の女の子がいて、手を振っている。
「急いで! 触れられたら、おしまいよ!」




