終業式
「……という事であるからして、知らない人には、絶対について行かないように」
校長先生が、長めのお話を終え、終業式は終わった。
短い春休みのあと、僕たちは6年生に進級する。
「彩歌さん、ごめん。僕のわがままで待って貰っちゃって……」
〝終業式には出たい〟という僕の希望で、大波神社に行ってから2日間、魔界の門へ出発するのを遅らせてもらっていた。
「ううん、いいのよ。最初は驚いて取り乱しちゃったけど、ルナの言うとおり、悪魔が何十年も通ってないなら、焦らなくても大丈夫よね」
「それに俺もさー、ある程度、研究を進めておきたかったんだぜ。頭にさえ入れとけば、道中、色々と考えられるしなー?」
大ちゃんの得意技〝脳内研究所〟だ。
あまりに没頭し過ぎて、電柱に頭をぶつける事もあるけど。
「やー! この2日で、長老にも色々調べてもらえたし!」
「えへへー! 僕もね、ちょっとだけ準備があったんだよ」
「うーん。それじゃ、ちょうど良いタイミングだったのかな?」
城塞都市が管理している神奈川県の門以外にも、世界各地に、開いている魔界の門がある。
魔界の創世に関わった〝魔界の軸石〟の化身〝ルナ〟は、そう言った。
5つの門のうち、ドイツにある〝ベーリッツ陸軍病院〟の門は、すでに閉じた。しかし、まだ空いたままの門が、神奈川以外で3つも残っている。
『ふふん。やっと思い出してくれたね! そうだよ、僕が魔界の至宝〝ルナ〟だ!』
彩歌の頭の上で、黄色いウサギが、ふんぞり返っている。
「……それでさ、どの門に行くかなんだけど」
『って、無視かーい!』
頭から湯気をあげて怒り出すウサギ氏。
……表現が古いな。懐かしのアニメかよ。
『それにしてもさ! 最近、僕の出番が少ないんですけど! プンプン!』
ルナは湯気を増やして、プンスカ怒っている。
「だってあなた、魔界でもほとんど帽子から出て来なかったじゃない。大波神社でも、気配を消して静かにしてるし……」
そういえば最近、全然話題にも出なかったけど、お前、ずっと彩歌の頭の上に居たんだよな。
『魔界で目立つと、いろいろ面倒なことになるんだ。だって僕は、秘宝中の秘宝だからね! それに、あの神社の人たちは、なぜか僕が見えるみたいなんだよ。どうなってるのさ、宇宙人……』
それで気配を消してたのか。そういえばユーリには、お前がずっと見えているみたいだもんな。
「あ、そうだ。ルナ、まさかとは思うけど、あれから門は……」
『心配いらないよ彩歌。今のところ、門を通った悪魔や人はいないから』
良かった。でも、なんで門が開いてるのに、悪魔や魔物がやって来ないんだ?
「……きっと〝理由〟があるのよ。でなきゃ、悪魔が開きっぱなしの門を、放っておくはず無いもの」
確かにそうだ。実際、城塞都市が門を守っていなければ、神奈川は……いや、日本は大変な事になっていただろう。
先日閉じたドイツの門は、自称〝軍人〟の〝デトレフ・バルムガルテン〟による数々の所業により、悪魔がこちらに来るのを警戒した事で、被害は無かった。
……いや、厳密に言えば、被害は有ったな。過去に、口封じの為に殺された人達と……多数の悪魔だ。
『タツヤ〝ボリス・ドーフライン〟もだ』
「え? っと、だれだっけ?」
「〝メガネの男〟よ、達也さん」
「あ、そうか……」
デトレフ・バルムガルテンが残した呪いによって、魔王の依代にされた男だ。
『主よ。私は……』
「おっと、パズズ。その件に関しては、お前は悪くないからな?」
悪いのはデトレフだ。人の命を何だと思ってやがる。
「うん。悪魔の命も、だよね? 僕もちょっと、怒ってるんだよ」
栗っちが、珍しく怒りを顕にしている。
「そうだな。あいつは許せない」
それに、まさかとは思うけど、第二、第三のデトレフが居ないとも限らない。
……いや、それとは別の、想像もつかないような何かが、残りの門でも起きているかもしれない。
「達也さん、どの門に行く?」
吸血鬼の伝説で有名な、ルーマニアの〝シギショアラ〟。
多数の行方不明者を出している、アメリカの〝カサ・グランデ山〟。
雪と氷に閉ざされた、カナダの〝アンジクニ湖〟。
どれもが、有名なオカルトスポットだ。
『タツヤ、どこへ向かう〝ルート〟も、ここからの距離は似たり寄ったりだ。キミたちが決めるといい』
〝ルート〟とは、地球上の離れた場所へ高速で移動する手段で、世界中に存在している。
この前の〝分岐点〟の時は、鳥取とオランダを結ぶルートを通り、帰りは、ドイツから石川県へと戻ってきた。
「やー? 雪と氷?! 〝アンジクニ湖〟は、寒そうだよ!」
ユーリが顔をしかめた。やっぱネコは寒いの苦手なのか?
「……ん? でもユーリ、お前たしか、正月の寒い中を、ミカンを探してウロウロしていたよな?」
「やははー。たっちゃん何言ってるの? ミカンと寒さは別腹じゃんかー!」
出たぞ、不思議発言! ……なんでその二つを、胃袋で比べるんだよ?
「まあ、季節的にも〝アンジクニ湖〟は今回パスかな」
『了解だ、タツヤ』
もういっそ、ラストにしよう。
五月なら、今よりは過ごしやすい気候になってるんじゃないかな。
『タツヤ、ちょっといいかな? ルートの話が出たので気付いたのだが……』
ブルーが、ちょっと慌てたように言った。
「なんだよブルー?」
『いま、ルーマニアと日本を結ぶ、ルートの入口付近に、少し多めの人間が集まっている』
人の気配。それも、10人以上が、人気のないはずの山林に密集しているらしい。
「なんだって?!」
「おいおいー! 移動手段に問題が出るのは厄介だなー!」
大ちゃんの言う通り〝ルート〟を使えなければ、大幅な時間のロスになる。
……最悪、大ちゃんの飛行ユニットという手もあるが、ルーマニアの大地に突き刺さるのは、できれば避けたい所だ。
「……もしかして気付かれたのか?」
『ルートに気付く人間は、そうそう居ないよ。しかし、何かが起きているのは間違いないね』
何かか。気持ち悪いな。
よし、今回はルーマニア……〝シギショアラ〟一択だな!
「彩歌さん、ルーマニアに行こう!」
「うん! 急がなきゃ……ルートに何かあったら大変!」
『タツヤ、ルーマニアへ向かうルートの入り口は、香川県だ』
またしても、絶妙に遠いな……!
……少なくとも移動に半日は掛かるぞ。
「俺が、ひと足先に見に行くから大丈夫だぜー!」
「さすが大ちゃん! ナイスアイデア!」
ひとっ飛びして、何が起きているのか確認してもらえるなら安心だ。
「現金も確保できたし、みんなは慌てずに、公共の交通機関で行ってくれよなー!」
駐車場の少ないイベント会場みたいな言い方だな。
……あ〝現金の確保〟といっても、別に違法行為じゃないからね? ウォルナミスの長老に頼んで、僕が大量に持っていた古い紙幣を、新札に交換してもらえたんだ。これで、ある程度は自由にお金を使うことができる。
「よーし、じゃあちょっと行ってくる! ブルー、ナビは任せたぜー?」
『了解した、ダイサク。大丈夫だとは思うけど、気をつけてほしい』
「わかったぜー! 変身!」
大ちゃんは、まばゆい光と共に変身すると、空高く舞い上がっていった。




