蘇る力
※視点変更
九条大作 → 内海達也
猫耳の美少女、美土里は、大ちゃんより先に〝ガジェット〟の修理を終え、勝ち誇っている。
「ククッ。はーはっはっは! 動かないじゃないか! やっぱり所詮はただのガキだったか!」
「……ずいぶん楽しそうで何よりだ」
「えへへ。たっちゃんって時々、皮肉っぽい言い方するよね」
まあね。そりゃ皮肉っぽくもなるよ。
少なくとも、今の勝負がフェアじゃなかった事ぐらいは分かるからな。
「さあさあ、さっさと出ていけガキども。遊びの時間は終わりだ」
美土里の手には、大ちゃんが修理したガジェット。
これは、3年前に失踪した、長老の孫、里留さんが使っていた物だ。
侵略者たちとの戦いで暴走し、地球を救った時に、力を失ってしまってはいるが、遥か昔に惑星ウォルナミスから地球に持ち込まれた本物……〝オリジナル〟のウォルナミス・ガジェットだ。
『タツヤ、確か、ミドリが修理したのは、複製品の方だったよね?』
そう。美土里が直していたのは、ウォルナミス・ガジェットを模して作られた、レプリカ・ガジェットだ。
戦闘に関する性能は、オリジナルに近いらしいけど、決定的に違う点がある。それは〝時間操作機能〟が無いこと。
「やー! 美土里さん、違うんだよー! そのガジェットは……」
「ふん。負け惜しみなど、聞くだけ無駄だ。とっとと帰れ!」
……なぜ最後まで聞かないんだ、この人は?
「でも、大ちゃんが修理したガジェット、なんで動かないんだろう?」
「ああ。里人くん以外が触れても、動かないようにしたんだぜ」
なるほど。ガジェットは貴重品だ。手段を選ばず、手に入れようとする者が居るかもしれない。
万が一のために、セキュリティはしっかりしなきゃだよな。
「やー! それじゃ、里人を連れて来ればいいんだ! 待ってて!」
「あ、ユーリ、ちょっと待て! その前に……」
「やあああぁぁぁぁ!!」
すごい勢いで部屋を飛び出していくユーリ。
「待てって言ってるのになー? 里人くんを連れてくるだけじゃダメなんだぜー?」
大ちゃんが、やれやれと首を横に振っている。
……ウォルナミス人の耳って、あんなに大きいのに聞こえづらいのか?
「ほら、戦士ユーリは出ていったぞ! お前らもさっさと出ていけ」
シッシッと、手を振って退室を促す美土里。
マジか? 今の会話の流れ……は、聞いてなかったんだよな……
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
あ、もう戻ってきたのか? 遠くから、ユーリの声が近づいて来る。
窓から廊下を見ると、里人くんは手を握られて、宙に浮いている。
白目を剥いているぞ? 大丈夫なのだろうか。
「ゃぁぁぁああああ!! 到着!」
扉を蹴り開け、転がり込んでくるユーリ。
手を繋いだままなので、里人くんまで前転で登場だ。やめてあげて!
「あうあう……ゆ、ユーリちゃん……?」
「何だ何だ? 騒々しいガキ共だな!」
里人はクルクルと目を回しており、美土里は訝しげな表情だ。
「やー、美土里さん! そのガジェット、里人のだから動かないんだよ! 里人、武装! 早く武装!」
ユーリは美土里からガジェットを奪い取って、フラフラの里人に手渡した。
「おいこら、嘘をつけ、戦士ユーリ! 里人じゃないから動かないだと? ガジェットに戦士を見分ける機能なんて無いだろ!」
「えっ? えっ? ちょっと待ってよユーリちゃん。僕のガジェットは、こっちだよ?」
自分のレプリカ・ガジェットを取り出す里人。
周りにいた作業員達が、それを見て、ヒソヒソと噂する。
「おい、あれだぞ!〝損壊率10割〟を、あっという間に修理したっていうレプリカ……」
「ええ?! 10割って、ダメージによる〝強制武装解除〟かよ! そんなの、直すのに何年も掛かるだろう?!」
美土里の猫耳がピクリと反応する。
「……10割モノを修理だぁあ?」
かなり小さな声だったけど、今のは聞いてたんだな。
興味の有る無しで、フィルター掛かりすぎだろ……!
「室長……10割モノって……」
作業員が、そっとツッコミを入れる。
……普通は言わないのか。
「そんな面白そうな物を、私に内緒でイジった奴が居るのか? ズルいぞ?!」
あ、肝心なトコロは、やっぱ聞いてないや……
「ですから! ここに居られる九条さんですよ。スゴかったんですから!」
思わず説明する作業員。
それを聞いて、怒りのあまり、クシャッと顔をゆがめる美土里さん。せっかくの猫耳美少女が台無しだ。
「はあああぁ? 寝ボケてんのか? 8割モノですら満足に直せねぇ奴が、どうやってお宝を直すんだよ?!」
この人〝お宝〟って言っちゃってるよ……
「やー! ちがうよ美土里さん! このガジェットは、もう直ってるんだ! 里人、武装して!」
「いや、待て待てユーリ、それはまだ……」
「武装!」
勢いよくユーリに促されて、ピンと猫耳を立てた里人くんが叫ぶ。
「……あれ? 武装できないよ?」
里人くんは、不思議そうに首を傾げる。
……もー! この一族は、ちょこちょこ可愛いな!
「ほら見ろ。ガキ共に修理なんか出来るわけないだろ! 無駄な時間を使わせやがって!」
「にゃー?! 大ちゃん! にゃんでガジェット動かないのん?」
驚きのあまり、耳を出してしまっているユーリ。
「だから言ったろ? まだだって!」
ユーリと里人くんが、キョトンと同時に首を傾げる。かわいいかよ!
「……ああー、聞こえてなかったか。動力の源となっている、惑星ウォルナミスの〝光球の欠片〟からのエネルギー供給がなくなってるんだぜー? 動くはずがないんだ」
『なるほど。もともと〝光球〟の持っていたエネルギーを、暴走した時に使い切ったんだね』
ブルーが、納得したように言った。
「ええ?! それじゃ、あのガジェットは、もう使えないんじゃ……」
『いや、タツヤ。あの〝光球〟は、周囲の力を蓄え続ける。キミの右手に居る私も、アヤカの心臓も、ダイサクの制御基板も、星の力を集められる限り、力を失うことはない』
……惑星ウォルナミスの化身から削り取られ、欠片になった時点で蓄えられていた、莫大なエネルギーを元に、ガジェットは動作している。暴走で沈黙してしまうのは、供給元が無いからなのだ。
『私がエネルギーを供給すれば、光球の欠片は力を得ることが出来るだろう。ただ、今はまだ、ウォルナミスの意思が欠片に伝わっていない状態だ。あのガジェットの中にあるのは、ただの石コロだね』
ウォルナミスの思いは、あの日、ユーリに託された。
〝助けに来てくれますか?〟
〝絶対来るにゃあっ! 約束するよ!!〟
ユーリが貰ったのは、ウォルナミスの欠片を目覚めさせ、正式に開放する力だ。
「つまり、俺とユーリがいれば、暴走したガジェットは蘇るんだぜー! ユーリ、ウォルナミスの欠片の〝真の力〟を引き出してくれ。ガジェットはもう、直ってるからなー!」
「にゃー、わかったよ! ……目覚めて。ウォルナミスの欠片!」
里人くんの持つウォルナミス・ガジェットが、オレンジの光を放つ。
「わっ? わっ?! これ……もしかして?」
里人くんは目を丸くしてガジェットを見つめている。
「なななっ?! そんなの見たこと無いぞ?! 何なんだ、そのガジェットは?!」
美土里さんも驚いている。
「室長、そのガジェットは、レプリカではなく、里留さんの使っていた、オリジナル・ウォルナミス・ガジェットです」
「……?! な、なんだって?!」
「にゃー! いっけー! 里人!」
「おう! 戦士になれ! 里人くん!」
ユーリと大ちゃんの声に、里人くんは我に返った。
ガジェットを高く掲げて、叫ぶ。
「武装!」
まばゆい光がメンテナンスルームを照らす。
「起動した?! 本当に直っていたのか!」
美土里は驚いているが、大ちゃんが〝直ったぜー〟って言って、直ってない物などありえない。
〝完成したぜー〟って言って、爆発する物は、たまーにあるけど。
「……っていうか、なんで光るんだ?!」
それは完全に大ちゃんの趣味だ。
「にゃー! …………里人、カッコイイよ……!」
「よし! 成功だなー!」
ボディカラーは、白を基調に黄色と赤のラインが入った、鮮やかな色合い。
フォルムは、ウォルナミス・ガジェット特有の埴輪型ではなく。洗練された流線型。僕たちのスーツとも違う、全身に装甲板があるスタイルだ。
肩には、若干大きめのシールドが付いており、表面に〝LICHT〟という文字が入っている。
「これが……僕の、ウォルナミス・ガジェット!」
里人が、両手を見つめて、呟く。
「魔神の剣も、ちょっとイジっておいたぜ! たぶん、合ってるはずだ」
……合ってる?
「魔神の剣!」
里人が叫ぶと、目の前に、真っ白な細身の剣が現れた。
「元々の剣は、里人くんの手に合ってなかったし、重過ぎで動きづらそうだったからなー! 軽くして、持ちやすくしておいたぜ? ……あと、刃は俺のオリジナルだ」
里人くんが剣を手に取ると、刀身にオレンジ色の光が宿る。
「ウォルナミスの力を、ダイレクトに纏わせたんだ。切れない物を探すほうが難しいぜー!」
先程からの説明を、美土里は呆然と見つめている。開いた口が塞がっていない。
「盾も装甲も、光線・熱線反射、自己修復機能付きだ。暴走システムは改良してあるから、万が一暴走しても、一ヶ月ほど休ませれば復活する」
「ちょ、ちょっと……ま」
……ん? 美土里が小刻みに震えているぞ?
「ちょっと待てぇぇえええええ!」
突然、美土里が叫ぶ。
「オリジナルって何だよ! レプリカだと思ってたよ! 恥ずかしいじゃねぇか! どういう事だ! なんで死んだガジェットが生き返る?! なんでお前はガジェットを直せる? いや、直すというか、原型を留めてないだろ! なんだその高性能! 無敵じゃねえか! お前は一体何者だ?!」
質問が長いな! 人の言うことは聞かないくせに、欲張り過ぎだぞ?
「あー、そうか、自己紹介してなかったなー!」
あ、そういえばそうだ。
っていうか、あの状態では、自己紹介すら聞いてもらえなかっただろうけど……
「俺は九条大作。大ちゃんって呼んでくれよなー!」
大ちゃんとユーリ、そしてこの部屋にいたウォルナミス人の方々から、今さらながらの詳しい説明を、美土里は腕を組んで胡座をかいたまま、静かに聞いている。
「話は分かった!」
美土里は、説明を聞き終わり、スックと立ち上がる。
キッと大ちゃんを睨み付け、今まで聞いたことの無いような声で叫んだ。
「にゃあああん! 私を弟子にしてください、師匠ぉぉお!」
本当に、聞いたことも無いような〝猫なで声〟だった。




