破砕の日
やった! ついに念願の休暇を勝ち取ったぞ!
休みが明けたら、当分の間は〝土日返上〟だけど。
「……はぁ。というか、正月ぐらいは休んでもバチは当たらないだろ」
部長は僕に、正月休みを差し出した。
なんと要望書通り、前後3日ずつが付いて、丸々一週間のロングバージョンだ。書いてみるもんだなあ、休暇願い!
「有難うございます、部長!」
「ぐぬぬ……き、君も、なかなかの交渉上手だねぇ」
ふっふっふ。年末年始の休みか。
何をしようか悩んじゃうな!
>>>
僕は暗闇の中にいる。
おいおい。またあの夢かよ。
「って、あれ? 何だか、いつもより暗いような……」
『おっと、すまないタツヤ。暗くて見えないね』
周囲が、ボゥっと青く照らされる。
「ああ、ありがと……っていうか誰?!」
ここはいつもの夢のように、会社の入り口……ではない。
周囲全てが、苔むした岩肌。
……見たこともない風景。
『さあ、いつもの夢が始まるよ』
「いや、違うだろ? いつもの夢はこんな……うわわっ!」
『まずは地震だ』
それは大きな地響きと共に始まる。
でも、いつもと違って、ここにはビルも無ければ人もいない。
そして降ってきたのは割れたガラスじゃなくて……何だ?
「あれ……は……!」
見上げた先。
僕の頭上には大きな岩が迫っていた。幻想的な青い光に照らされ、巨岩はもう目と鼻の先。
「うわああっ?!」
……そして突然の暗転。僕の耳元で囁かれる言葉は、やはりこうだ。
『タツヤ、時間がない。早く帰って来るんだ』
>>>
12月28日。
恨めしそうに、書類の山の向こうから僕を睨んでいる先輩を横目に、会社を出た。
相変わらず、同じ夢をよく見る。内容は変われど、おかげで寝不足に変わりはない。
が! 今日から少しの間、仕事とはオサラバだ!
『時間がない。早く帰って来るんだ』
という、あの夢のせいではないが、今回の休みは帰省することにした。
実家には、就職してからほとんど帰れていなかったし、たまには親孝行もしなくちゃね。
さて。里帰りの荷物といっても土産と着換えだけだ。寮に帰るのも面倒だったので、朝からロッカーに押し込んであったのだが。
「折角の東京名物が、ペシャンコになっちゃったな」
……まあいいか。味はバナナのままだろう。
最寄りの駅から、南に向かう電車に飛び乗り、僕はそのまま、東京を後にした。
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僕の故郷は、神奈川県の郊外にある自然の多い町。コンビニが2軒、信号機は5個もあるので、都会といえばそうかもしれないし、結構な山とか林もあるので、田舎なのかもしれない。
実家に帰ると、両親と、燻り歴2年ほどの妹が迎えてくれた。
「燻りとか言うな!」
直後に殴られた。
痛てて。兄を何だと思ってるんだ、まったく。
「……で、達也。あなた大晦日はどうするの?」
寝ぼけ眼で朝食を食べる僕に、母さんが尋ねる。
やっぱ実家のメシは美味い!
それと、帰郷後に例の夢は見ていない。やっぱりストレスだったんだな。
「…………へぇ。パーティ?」
父さんと母さんは、地元の友人と年越しパーティだってさ。
あれ、妹は?
「あの子、念願のチケットが当たったのよ」
妹は、某アイドルユニットの年越しライブイベントに行くらしい。
あいつ、まだファンだったのか? 確か、そのアイドル、父さんに近い年齢じゃなかったっけ。
「ん? という事は僕、独りぼっちで年越し?」
それは寂しいぞ。
よし、折角だから友達に声を掛けてみよう。
「……となると、やっぱあの場所だよな、うん」
自宅の近くにある山は、頂上から見る日の出が、なかなかの絶景なんだ。
早速、地元の友人たちを誘ってみた。
『おー、久し振り! 悪りーな。今年は帰れなくってよー』
……マジか。まさかの全滅だ。
まあ、携帯番号を知っているのは、ほんの数人だったけど。
残念だ。非常に残念だ。
「ええい! こうなりゃ意地だ。僕だけでも登るぞ!」
>>>
……という事で、大晦日。
僕は、まだ暗い内からLEDライトを片手に出かけた。近所のコンビニで買ったビールと、妹の〝取って置き〟であろう、冷蔵庫、上から2段目、左奥にあったチーズかまぼこを持って。
子どもの頃は、この山でよく遊んだものだ。
「特に、ここ! 懐かしいな……」
その〝思い出の洞窟〟は、山の中腹、少し道外れの目立たない所にあった。
友人たちと秘密基地ごっこをした洞窟。
おもむろにビールのフタを開け、一口飲む。
「みやげ話には、なる……かな?」
こみ上げて来る懐かしさと不思議な高揚感が、僕の背中を押した。
広いと思っていた洞窟の入り口は、少し屈まないと頭をぶつけそうだ。
あの頃は怖くて奥まで行けなかったけど、もうオトナだし、ちょっとアルコールも入ってるし、新兵器の超絶なライトもある。
「よーし! 今日は、日の出より洞窟探検だ!」
と、腰を屈めて突入。奥へ奥へと進む。
……へぇ。この洞窟、こんなに奥まで続いてたんだ。
「モグモグ。しかしこりゃ、子どもが入ったりしたら危ないぞ?」
チーズかまぼこを囓りながら、どんどん進む。
「えっ?!」
超絶ライトが、クルクルと回転しながら、どこかへすっ飛んで行った。
僕までクルクル回っているのは、突然〝地面〟が無くなったからだ。
「うわあああぁぁぁぁ…………」
アタマ・ヒジ・シリ・ヒザ・背中などをランダムにぶつけながら、僕の意識は途切れる。
>>>
気が付くと、暗くて静かな場所に、横たわっていた。
水の流れる音が聞こえるが、暗くて何も見えない。
そして、冷たい空気が辺りを満たしている。
「……そうか。縦穴に落ちたんだ」
幸い、痛みは感じない。僕はゆっくりとヒザをついた。
「あ、あれ?」
右の手のひらに強い痺れを感じて、力が入らない。
「何だよ。正月でも、バチは当たるのか」
悪態をつきながら、痺れていない左手でポケットを探る。スマートフォンが無事だと良いんだけど。
お、ラッキー! ライトがついたぞ。
「何だ、ここは?!」
そこそこ広い空間だ。岩肌や地面に苔がびっしり生えていて、岩の隙間から水が溢れている。
真上にライトを向けるが……よく見えないな。
「でも、なんだか見覚えがあるような?」
今度は、右手を確認しようとライトを向けた。
……ここで、先程からの右手の痺れの原因が判明する。
「ええっ?! うわぁぁぁっ!」
同時に、情けない声をあげてしまった。
ガラスか水晶のような青い塊が、僕の右手に突き刺さっている。
「……突き刺さっている!!」
細長い、20センチほどの青い石が、掌のド真ん中を手の甲まで貫通している。
「待て、ちょっ! ヤバいヤバいヤバい!!」
〝痺れ〟だと思ってたけど、痛みで感覚が飛んじゃってる状態だったのか!?
ダメだこれ! 意識が向くと痛むパターンだろ!
ほら! 痛た、痛たた? 痛たたた……!
「……くない?」
あ、れ? 痛くない……痺れも、無くなってしまった。
そういえば、これだけ見事に突き刺さっているのに、血も出ていない?
恐る恐る、石に触れてみる。
「硬い……」
石というより、ガラスに触ったような感触だ。
『ようこそ』
「……え?」
誰か居る?! スマホのライトでもう一度、周囲を照らしてみた。が、誰もいない。
「空耳か」
光を右手に戻した瞬間。
『随分待ったよ。タツヤ。遅かったね』
「はいっ?!」
ありえない所から声が聞こえた。
『本来なら、キミが小学生の頃に会える筈だったのだが』
右手の青い塊から声が響く。
「ええ?!」
石はボウっと青く光り、声は間違いなくそこから聞こえる……石が喋っている!
『そうか。キミは大人になってしまったから、先入観が邪魔してしまうかも知れないね。だが、どうか落ち着いて聞いて欲しい』
青い石は、呆然としている僕を放っておいて、流暢に語り始めた。
『私は、この星の意思と力の化身。地球そのものであり、地球とキミをつなぐ、端末でもある』
意思? 地球? 端末?
『これからキミは私と同化して、この星と一つになる』
いやいやいや、待って! ちょっと情報が多過ぎて……
『キミは選ばれた……が、遅かった。もうすぐ、この星は終わる』
……はい? 星が終わるって?
「あの、えっと! 僕のせいで星が終わるって、どういう……」
『いや、君のせい、という事ではない。それに、もうすぐこの星は終わるが、まだ間に合わせる方法がある』
間に合ったのか、間に合わなかったのか、どっちなんだ?
分からない事が多すぎて、色々と頭に入ってこない。
『今からキミを〝本来私と出会うはずだった時間〟に戻す。私の力は一度だけそれを可能にする』
「戻す……僕を? 何を言って……」
『キミの知識と体力はそのまま残して、15年前に、時間を巻き戻す。当然キミは15歳分若返る。簡単なのだが、2度は出来ない』
「ちょっと、何だよそれ、急に!」
……えっと15年前って僕は何歳だ?
待って! まだ心の準備が。
『悪いが、もう時間も選択肢も無い。私も一緒なので時間を戻してから説明しよう』
〝地球の意思〟は、かなりせっかちな感じで話を進める。
そしてその理由はすぐにわかった。
突然の、縦揺れ! いや、横揺れ?!
凄まじい轟音が響く。
信じられない程の大きな地震だ!
……あれ? この揺れ、知ってるぞ?!
『始まったな。これがこの星の最期だ』
右手の青く光る石は、軽い口調で恐ろしい事をサラッと言う。
やっぱりそうだ! この場所は、夢で見たあの洞窟?!
『同時に、私の最期でもある。これをどうにかしてもらうために、キミが選ばれた……あと22分で、星は消える。急ごう』
なんて事だ。まさか現実にあんな事が起きるなんて!
……あれ? 何か忘れているような?
『うん、そうだね。今、キミの頭上に、大きめの岩が迫っている。直撃コースだ』
「えっ?」
見上げると、目と鼻の先に、凄まじい速さで落ちてくる、大きな岩が見えた。そうだ、思い出した!
『大丈夫。キミはもう、死なない』
パーン! という音と共に、大きな岩は粉々に砕け散る。
「うわああああっ?!」
痛あああぁぁあっ! 死んだ! パーンって死んだぁあああ! 痛くて死んだ! 死んだ……死……あれ?
「痛く、ない。し……死んでない?」
なんで? なんで何とも無いんだよ!!
『タツヤ、まだ始まったばかりだが、今のキミは私、つまり〝地球〟と徐々に融合、同化中だ。この時点で、キミは〝不老〟と〝星の強度〟を身につけた。老いる事も無いし、地球が壊れるほどのダメージを受けなければ、キミもダメージを受けない』
「……もしかして、不老不死ってこと?」
『そうだ。そしてもうすぐ、キミは11歳に巻き戻る。体は小学5年生だが、身体能力と、知識や思考能力は大人のままで』
11歳。小学生か。そういえば昔、友達と、親に内緒でこの洞窟に来て、新年をコーラで祝う会をやったような気が……
『ではいくよ。心を落ち着かせて。そう、キミはあの頃の自分の姿に変わるだけだ』
地震が徐々に治まり、轟音も遠のいていく。
周囲が一段と明るくなった。光源は僕の右手。もはや青ではなく白に近い光だ。
「こ、この光は……? うわあ! まっ! 眩しい!!」
目を開けていられないくらいに、光が強くなった。
「うわああああ!! 冷たい! 足先が……冷たい!」
……と同時に、つま先が冷水に浸けられたように冷たくなって来たぞ?
「これが……僕の変化?!」
『違う。キミは先程、落下する岩に怯んで、水たまりの中に足を突っ込んでいる』
先に言ってよ! 巻き戻り関係ないじゃないか!
『あ。巻き戻せた』
ええっ! もう終わったの?! このタイミングで?!
せっかくの荘厳な感じが台無しだよ!