つるぎ持たぬ伏兵
どこかに転送されてしまった〝守護者〟の行き先を、ラゴウに調べさせたところ、それはあまりにも予想外の場所だった。
「……中央大陸?」
「うむ。〝部屋〟は、そう言っている」
どうやら〝守護者〟は、地球のどこかに送られたようだ。
この〝部屋〟が言う〝中央大陸〟とは、どこを指しているのだろう。
「ちょっと分からないんだけど……」
「そうか……ならば」
ラゴウは咳払いを一つしてから〝部屋〟に話しかける。
「〝中央大陸〟の位置を地図で見せろ…………いや違う。俺の頭だけではなく、床に映すのだ」
ラゴウの指示で、足元のスクリーンに世界地図が表示された。
真ん中の大陸の上に赤い丸印がついている。
ふむふむ、なるほど、ここが中央大陸なんだな?
「……っていうか、これはどこの〝異世界〟の地図だよ?!」
赤い丸が表示されている場所に行こうにも、そもそも見た事もない地図だ。行きようがない。
「内海さん、なにか問題があるのですか?」
織田さんが不思議そうにしている。
「問題もなにも、これは地球の地図じゃないですよ」
僕の知っている地図は、真ん中に太平洋がドーンと広がっているものだ。
足元に表示された地図は、なんというか……陸地が多すぎる。
いや、まあ〝守護者〟が異世界に飛ばされたのなら、ひと安心だけどさ。
『タツヤ、この地図は地球だ』
……へ?
『おいおい、何を言ってるんだよブルー? お前、自分の姿も分かってないのか? 全然違うだろ?』
『いや、これは間違いなく地球の地図だよ』
ん? ……あ、そうか。僕は日本人向けの地図しか見たことないからな。確かアメリカとかヨーロッパの地図は、それぞれの大陸が中央に来るようになってるんだっけ。どれどれ、もう一度よく見てみよう。
ふむふむ、アメリカ大陸がこれだとすると、こっちがユーラシア大陸で……いや、形が違うな。
日本はこれかな? いや、そこが日本なら、ずっと南にオーストラリアがあるはずなのに無いぞ。
『どう見ても違うじゃんかブルー!』
『アハハ。これはね、もう少しだけ私が〝若かった〟頃の地図なんだよ。今とは陸地の位置が違うから、分かりづらいかもしれないけど、間違いなくキミが〝普段〟見ている地図だ』
マジか?! 変わりすぎだろお前。太平洋に陸があるぞ?!
「少年よ〝守護者〟が送られた先……その赤印の場所は〝ムー〟と呼ばれる大陸の首都のようだ」
「ムー大陸だって?!」
幻のムー大陸が、過去に実在していた!
こりゃ世紀の大ニュースだな。
……あれ? という事はさっきの〝守護者〟は太平洋の真ん中に転送されたのか?
「ムーの大地に降り立った〝守護者〟は殺戮を始めているだろう……だそうだ」
「いや、降り立つも何も、そこは今、海なんだけど……」
っていうか、その場合どうなるんだ?
「内海さん〝海〟とはいったい……」
「ケイタロウ。〝海〟は塩分を多く含んだ水で構成され、魔界にある、どの湖より深く広大だ。その広さは地球の表面積の7割を占めるという」
ラゴウの説明を聞いても、織田さんは首を傾げて、いまいちピンと来ていないようだ。
「ちなみに地球の広さは魔界の10倍以上だ」
へー? 魔界って、結構広いのな。
「……ということは、海というのは、魔界全土が7つ分、スッポリと収まるほどの湖という事ですか?!」
織田さんは、相当驚いているようだ。
「な、なんだと! そんなに大きいのかッ?!」
ラゴウが、自分で解説しておきながら、織田さんより驚いている。
計算、苦手なんだな。
いや、そんな事より……
「話を戻すけど、太平洋のド真ん中に送られた〝守護者〟は、どうなるんだ?」
「聞いてみよう…………答えろ。もし〝守護者〟が海に落ちた場合、どうなる?」
ラゴウは〝部屋〟に問いかけている。
……暫くして、少しだけ表情を緩めて言った。
「喜ぶがいい。〝守護者〟は無敵だが、大量の水と塩分に対応できる仕様ではないようだ。〝海〟に落ちれば活動を停止し〝休眠〟状態に入るらしい。もうすぐ通知が……」
「作さく戦せん失しっ敗ぱい。全ての〝守DO護LL者〟は、活動を停止しました」
部屋に響いたのは、ラゴウが立てた作戦が失敗に終わったことを告げるメッセージだった。
……なんだ、思ったよりあっけない幕切れだったなあ。
「……さあ、殺せ」
突然、ラゴウが腕組みをしたまま座り込む。
「兄さん?!」
「少年よ。地球に、お前のような強く正しい心を持つものが居るならば、俺はシェオールの民の未来を託して往くとしよう」
いや、往くとしようって言われても。
「そんな! 兄さんはシェオールの事を想って……!」
「フハハハ! やはりお前は甘いな……さあ、やってくれ、少年」
やだよ! 無抵抗のヒトを手に掛けるって、さすがにハードル高いからね?!
あー、でもこの人、色々やっちゃってるからなあ。死者もそこそこ出てるだろうし。
「……今回の一件、無かった事にしない?」
「……な?!」
驚くラゴウと、織田さん。
まあ、取り返しのつかないことをしてしまったのは事実なんだけどさ、根っからの悪人じゃないし……というより、郷土愛が暴走しちゃった結果だ。幸い、真相を知っているのは僕と織田さんだけだからね。
「生きて償うというのも、アリだと思うよ?」
『なあ、ブルー?』
『そうだね。それにキミが決めたことなら異論を唱えられる者は居ないよ。キミは地球の全ての神より上の存在なんだ』
「……少年」
「地下都市の天井が開いたら、忙しくなりそうだし、人手は多いに越したことはないんじゃない?」
「内海さん……!」
僕の手を握り、涙をこぼす織田さん。ラゴウは、ただ頭を下げている。
「じゃ、僕は帰るから」
急がないと、卒業式や終業式に間に合わない。やっぱり各種行事だけは、土人形じゃなくキッチリ出席しときたいからね。
「織田さんはどうします?」
「私は城塞都市の管理局に、今回の件を報告に行かねばなりません」
なるほど、そりゃそうだ……あ、ちょっと待った!
「織田さん正直者だから、お兄さんの事とか全部しゃべっちゃうんじゃないですか?
まさか……ね? そこまでバカ正直ってことはないだろう。
「はい! 全てを包み隠さず話した上で、許して頂けるまで謝罪を……」
超ド級の正直さんだったー!!
「ダメですよ! 今回のは、さすがに謝罪とかで許される事じゃないですからね?!」
身分証を持ってないだけで、一生地下牢に入れられるんだぞ? どんな目にあわされるか分かったもんじゃない。
「はぁ……ですが、既に管理局の方々には〝私の実の兄が地上を滅ぼす〟と伝えておりますので……」
真面目かよ!
「いえいえいえいえ! ですから、今回の場合は〝見た事もない魔物が化けていた〟とか〝呪われたアイテムに操られていた〟とか言って、うまく誤魔化さないとダメですからね?」
犯人は居ない、と言う事にしておかなきゃ、ヘタするとシェオールの人達をまとめて危険視されて、外に出してもらえなくなるぞ?
「なるほど! 内海さんは策士ですね」
織田さん本当に大丈夫かな……この調子だと、説明のあとに〝……と、言えと言われました〟って付けそうな気がするぞ?
『あはは、タツヤ、それは面白いね』
『笑い事じゃないよブルー。その後、僕や彩歌の事まで全部説明しちゃったらどうするんだ?』
「すまぬ……このラゴウ、必ずや罪は償う」
「内海さん、本当にありがとうございました」
「いえいえ、どうか二人で力を合わせて、頑張って下さい。あのー、織田さん?」
「はい?」
一応、念には念を入れておくかな。
「僕達の事は、絶対に誰にも言わないで下さいね。地球の存在を話すのも、城塞都市では禁忌らしいですので気をつけて」
「もちろんです! 今回の事は、絶対に誰にも言いませんよ!」
ニコニコ顔の織田さん。やっぱ僕も一緒に行って、得意の口八丁で……
「……そういうわけにはいかないぞ!」
突然、背後から声がした。
「うわっ?!」
僕の思考とタイミングバッチリだったので余計に驚いてしまった。
『タツヤ、人間の気配が急に現れたぞ』
慌てて振り向くと、見知らぬ若い男がこちらを睨み付けている。
『何らかの方法で姿を隠していたのだろう。驚いた事に、私も全く感知できなかった』
何らかの方法……魔道具か?! だとしたらこの男は!
「僕の記事で、お前たちの事は全て白日の元に晒してやるからな!」
次の瞬間には、もう男は消えていた。
「転移したようですね……」
複雑な表情の織田さん。
「はい。きっと僕たちと一緒にここまで来たのでしょう」
待てよ待てよ? という事は、あの血まみれの小部屋からここに降りてくる時も、アイツは僕と織田さんの隣で、一緒に寝そべってたのか? 怖っ!
「何者なのだ?」
アイツらは西の大砦にも居たらしいが、やはり全然気づかなかった。
隠密アイテムで姿を隠して〝スクープ〟を狙う……間違いない。まさかこんな所まで入り込んで来るなんて!
「内海さん、今のはもしかして……」
「はい。雑誌記者だと思います」
……〝梟〟だ。
ペンは剣より強し、か。思わぬ強敵が現れたぞ。




