地下室へ
物置が、轟音とともにせり上がっていく。なんとも形容し難いが、ウチの裏の物置は、今、盛り上がった土で僕の目線よりもずっと高く持ち上げられている。
『ちなみに、これも一般人には自然現象と捉えられて、認識される事は無い』
「良かった。結構な音が響いてるから、誰か来るかと思ってヒヤヒヤしたよ」
……物置の下って、こういう事か。
「でも、なんでわざわざ、物置の下なんだ?」
『ここなら、掘り起こされたりしないからね』
轟音が止むと、盛り上がった土の壁に、スゥっと扉が現れた。
『ちょっとカッコイイ扉をつけてみたよ。開けてみて?』
変な所、凝るなぁ。
……僕はドアノブを回した。ゴウッと鈍い音を立てて扉が開き、中には下へと続く、レンガ造りの階段が現れた。壁も、レンガ調だ。
『地下室を作った。勿論、私を認識できない人間には入れない。この中に入れるのは、キミと、アヤカと……』
「もしかして、ユーリ?」
『うん、そうだね。あの娘は先程、私の声を認識していた可能性がある』
「重さを言い当てる、特技を持ってる、とかじゃないか?」
『なるほど。それなら良いのだが』
まあ、ユーリに、そんな特技が有るなんて、聞いたこと無いが。
『それに可能性としては、あと、もうひとり……』
「え?」
『いや。それはまだ 私の憶測にすぎない。とにかく、中に』
僕は、ブルーに促され、旧札がパンパンに詰まったリュックサックを持って、地下室への階段を降りていった。
少し降りると、また轟音が響く。
『閉じておくよ。物置があの位置だと、中の物が取れないからね』
物置がせり上がって、物が取れなくなっている状態。それでも、一般人には、この部屋の扉は認識できないのだそうだ。全てが自然現象だと感じて、スルーしてしまうらしい。
『大雨で川が渡れなくても〝不便〟ではあるけど〝不思議〟ではないよね』
なるほど。物置の物を取れなくても、不便だけど、不思議じゃない。ってことか。それこそ、僕にとっては不思議なのだけど。
「それにしても、ここ、ちょっと暗すぎないか?」
入り口が閉まったので、暗闇になった。ブルーの光で、少し先が見える程度だ。
『ああ。すまない。〝暗視〟は まだ使えなかったね』
ブルーが光を強めてくれたので、かなり下まで見えるようになった。
『その内、あかりを用意するよ』
階段を降りきると、また、扉がある。
『この扉は、さらにカッコ良くした』
なぜだ? まあいいや。僕は扉を開ける。
……中は予想以上に広かった。無機質な、乳白色の床と壁。必要以上に高い天井には、光る球がいくつも埋まっていて、結構明るい。
「ブルー。ここ、どれぐらいの広さなんだ?」
『キミの部屋が、20個は入るよ。仕切りも好きな様に作れるし、一応〝呼吸不要〟のキミ以外でも大丈夫なように、外気も循環させている。好きに使ってほしい』
「広すぎて落ち着かないよ。僕の部屋ぐらいの広さで、壁とドアを作ってくれない?」
何故だろう。ここにポツンとリュックサックだけ置いたら、言い知れない不安感があるな。
『了解した』
さっきのような轟音が響くかと思ったら、なんかスマートに、シュッ、シュッという感じで、壁が出来ていった。
『タツヤ……意外?』
なんか腹立った。思惑通りか。
そして、扉だけは、ゴゴゴゴウン! という轟音と共に、下からせり上がって来た。
『タツヤ……この音?』
好き勝手しやがって!
「入り口の扉は、スゥって現れたじゃないか! なんでここだけ、その音なんだよ!」
『効果音はサービスだ。以後、好きに選んで欲しい』
「お心づかい有難う。炸裂音以外を、ランダムで頼む」
『アハハ。さすがだタツヤ。次はサプライズで、中国のお祭りみたいな音にしようと思っていたんだ』
あぶねぇ! 爆竹って、不意に聞くとビックリするからな。っていうか、地球の意志って、こんな感じなのか?
『さて。冗談はここまでだぞ? タツヤ』
うん。その冗談の発信源は、お前だよね、ブルー。
『古いタイプの紙幣を、どうやって使うかが、まずは一番の課題だね』
新しく出来た小部屋に入り、シュッと出てきた椅子に腰掛けて、某コンビニの入店音とともに出てきたテーブルに、札束の入ったリュックを置く。冗談はここまでじゃなかったのか。なんで効果音リストに、その音が入ってるんだよ。
「他の埋蔵金を探すというのもアリじゃないか、ブルー?」
僕は、何事も無かったように、話を進める。
『それなんだけどね。少し時間を置かないと、さすがに金銭系のジャンルで、これ以上、歴史を曲げるのは、キミの特異点としての許容を、超えそうなんだ』
「マジか。それって、超えるとどうなるんだ?」
『それ以上の大きな力で押さえつけられる』
なるほど。アレか……
「……で、実際には、何が起きて、どうなるんだ?」
『わからない。何かが起きて、どうにかなってしまう』
アバウトだな! 逆に、すごく怖い。
『タツヤ。古い紙幣を選んでしまって申し訳ないと思っている。今回はなんとか、これを使ってしのいで欲しい』
「わかったよ。なんとかしてみる」
とは言ったものの。どうしよう。小学生が単独で、飛行機とか新幹線に乗るだけでも目立つのに、それを全部、旧札で支払ったりしたら更に怪しさが増してしまう。そして、現地のお金……ユーロに両替えするのは、極力、違和感のない新札を使いたい。たしか、年齢制限は無いはずだが、小学生は外貨に両替えとかしないよな、あんまり。
「いっそ、怪しまれるのを覚悟で、思い切って使っちゃうか。旧札」
『ダメだ、タツヤ。〝土人形〟の取得時期と、その練習、移動時間も考えると、トラブルひとつで間に合わなくなる恐れがある。今回の分岐点は、わりと重要なんだ』
「確かに、家に連絡されたり補導されたりしたら、時間をかなりロスするな」
『更に、確率は低いが〝敵〟が存在していて、察知されたりしたら厄介なことになる』
「やっぱり、目立つのはダメだな。リスクが大きすぎる」
僕は、リュックから札束を一つ取り出して、ペラペラと指で弾く。これを、どうやったら怪しまれないように使える……?
突然、お金を束ねている紙が破れて、バラバラになった紙幣が床に散らばる。
『タツヤ、その帯も、かなり劣化していたようだね』
僕は、慌てて紙幣を拾う。
「あちゃー! やっちゃったな」
数枚ずつ、拾ってはテーブルに置いていく。最後の一枚は、部屋の隅まで飛んでいた。それを拾って、天井の光る球に透かしてみる。間違いなく本物だ。透かしが入っている。今かよ! とは思うが、真贋の確認以前に、束のままだったので気付きもしなかった。
「……待てよ? 同じ場所でたくさん使おうとするから目立つんだよな」
なんで今まで、思いつかなかったんだろう。
「少しずつ、違う所で使って、お釣りを集めればいいんだ!」




