奴らは見ていた
「分かった! 壁を作って門を囲っちゃうんスね!?」
なるほど、いい手だけど、それは出来ない。
櫓にいる魔道士たちに見られちゃうからな。
「辺り一面、まんべんなくクレーターにしちゃうんじゃね?」
いやいやいや。だから見られてるんだって!
「ふふ。だからと言って、これもあんまり見られていい物でもないと思うけど?」
そう言って彩歌が手渡してくれたのは、左右合わせて2個の、マントの肩当て部分。
これは、大ちゃんが用意してくれた、催眠ガスの詰まったカプセルだ。僕のバックパックにも3個……あ、1個エーコさんにあげちゃったな。まあいいや。4個あれば充分だろう。
「内海さん、何ですか? それは」
不思議そうに覗き込む織田さんの耳元で小さい声でささやく。
「この中には、吸った者を眠らせてしまうガスが入っているんです。これを使って、潜んでいるであろう悪魔や魔物を眠らせます」
かなりの範囲に広がり、効果は10分。人はもちろん、大型の生物や虫にも効く。
門を開閉する間だけ、周辺を安全地帯に出来そうだ。あとは、櫓までガスが届かない事を祈るのみ。
「ただ、織田さんと、バカップ……遠藤さん、辻村さんも寝てしまいますので、僕と彩歌さんが抱えて中に入ります」
遠藤と辻村には何も言わない。下手に動かれると色々面倒だから大人しく寝ていてもらおう。
「分かりました。よろしくお願いします」
織田さんは完全に信用してくれているな。
「よし、やるぞ、彩歌さん」
「いつでも良いわよ?」
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「こんなに居たのかよ?!」
木の上からバラバラと落ちてくる悪魔や魔物、岩陰からも茂みの中からも……うわ、背後の壁にもへばりついてたのか! 百匹近い悪魔と魔物が、コロコロと転がって眠っている。
「すごい効き目ね。さすがは九条くん!」
僕と彩歌には〝病毒無効〟があるから効かないが、大抵の生き物はこのガスで寝るだろう。
……精霊はともかく、モース・ギョネには効いたかもしれないな。今更だけど。
「おーい! これでどうだ?」
はるか上の櫓に向けて叫んだ。あの高さなら、さすがにガスは届いていないだろう。
「すごいですね! どうやったのですか?! ……あ、今すぐ外門を開けます。念のため、悪魔、魔物の侵入にお気を付け下さい」
良かった。なんとか入れてもらえそうだな。
……おっと、織田さんたちを連れて行かなきゃ。
僕は、織田さんと遠藤を小脇に抱えて、辻村を背負った彩歌と共に門をくぐり、西の大砦に入った。
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中央ブロック、守備隊拠点。
「いやあ! 参りました。不覚にも完全に寝入ってしまいましたよ」
織田さん。不覚っていうか、あのガスに抗える生き物はそうそう居ないよ? 大ちゃんが改良する前のガスですら、あのユーリが動けなくなったみたいだもん。
「やだなー! ひどいっスよ! 先に言ってくださいよー!」
やっと目覚めた遠藤が、なぜか嬉しそうに喚いている
お前、それを聞いたら大声で騒ぐだろ。悪魔はこっちの言葉を理解してるんだからな?
「まったく、ビックリするし! パイセンは乙女を眠らせてどうするつもりよ?」
どうもしねぇよ!
っていうか、ほらみろ! そのセリフを聞いただけで彩歌がすっごい睨んでくる! そして……
『キミは本当にアレだなタツヤ。そういう事だったのか』
どういう事だよブルー! もうお前〝アレだな〟って言いたいだけじゃないか。
「お帰りなさい、皆さん。〝落日と轟雷の塔〟で、お望みの物は手に入りましたか?」
鈴木博己氏が現れた。この人はずっと働いているなあ。
「はい、なんとか手に入れました!」
彼は、モース・ギョネに操られ、自由のない〝共生〟を強いられていた。あれ? それって〝寄生〟じゃね?
……さておき、問題はその寄生していたヤツだ。
「ところで鈴木さん、先日のモース・ギョネの死体は、どうなりましたか?」
無事でいてくれよ……って死体に言うのも変だけど、なんとか片腕だけでも残っていてほしい。
「ああ。それでしたら魔法で氷結させて、地下に保管してありますよ。」
やった! 有り難い!
「すみません、今すぐに確認しても良いですか? それと、一部で構いませんので、サンプルに頂いて帰りたいのですが……」
「もちろん良いですよ。私としては、もう2度と見たくもありませんし、元々はあなた方の獲物ですので、好きにして頂いて構いません」
よし! 貴重なアイテム(?)ゲットだ! ……でも、あんな大きなモノ、どうやって持って帰ろう。
>>>
……ずいぶん縮んじゃってまあ。
「次の日には、もうこの状態でした。本当に不思議なヤツですね」
モース・ギョネは、不気味な姿はそのままに、小脇に抱えられるぐらいまで小さくなっていた。これなら無理をすれば、バックパックにでも詰め込めるな……気持ち悪いからやめとくけど。
「保冷鞄です。こちらをお使い下さい」
鈴木さんが、たすき掛けにできるバッグを手渡してくれた。
「有難うございます! もらってしまって良いのですか?」
「はい。一般の魔道士にはちょっと扱えないものですので。その鞄は、肩ヒモ部分から、かなりの魔力を吸い続けます。ご注意を」
「達也さん。いまさらだけど、魔力が枯渇すると命に関わるの。気をつけてね?」
クスクスと笑う彩歌……怖いな! 呪いのアイテムじゃないか!
『タツヤ、キミたちの魔力が枯れることはない』
『……あ、なるほど、僕や彩歌は平気なんだった。一般人が触らないようにしなきゃ』
彩歌が言った〝気をつけて〟はそういう事か。ユーリとか、真っ先に触りそうだもんな。
「では、ありがたく頂いて行きます」
僕は保冷鞄にモース・ギョネの死体を入れて肩に掛けた。
さて、それじゃそろそろ……
「お父さん、大変! 飛竜が! ……あ、彩歌様……皆さんも!」
紗和さんが慌てた様子で部屋に入ってきた。
「紗和、どうしたんだ?」
「城塞都市から飛竜が来たの! 天蓋を開けてって!」
……飛竜って!
そういえば彩歌がドイツで言っていた。すっかり忘れてたな。
〝天蓋〟とは、城壁を乗り越えて、魔物や悪魔が侵入しないように張られた、大規模な結界魔法の〝天井〟だ。薄くて脆いが、下手に触れれば魔力と体力を吸われ、一時的に昏倒する。同時に、正確な位置情報が守備隊に通報される仕組みだ。
「飛竜が来た? それはただ事じゃないな……3番を開けると伝えてくれないか。言えば分かるから」
「はい! 行ってきます!」
紗和さんは、僕たちに軽く会釈すると、急いで階段を駆け上がっていった。
「飛竜はね、余程の事がない限り使えないの。城塞都市で何かあったのかしら」
「でもさ、この西の大砦を無事に奪還したのを、まだ城塞都市は知らないんじゃ……」
「いえ、恐らく数日前に伝わっているはずです。〝梟〟が取材に来ていたようですので」
「ええっ! 〝梟〟って、あの?!」
彩歌の話によると〝梟〟というのは、城塞都市で刊行されている週刊誌で、魔界の情報をかき集めては、ある事ない事を面白おかしく紹介している。いわゆるゴシップ誌だそうだ。
「なんでも〝見捨てられた大砦を密着取材〟だとかで、お得意の隠密魔道具をバッチリ装備した記者が数名、一ヶ月に渡って許可も無しに滞在していたのだそうです」
……許せない。大勢の人たちが大変な思いをしている所を、ただ覗き見していたのか?
『いやタツヤ、それもそうだが、キミやアヤカの事、見られていたかもしれないね』
うーん……飛竜の事も気になるけど、それはマズいな。早急になんとかしなきゃ。




