同行三人
ほらね、言わんこっちゃない!
『タツヤ。キミの言っていた通りになったね』
本当だよ、まったく。
……でも、落下中の砂時計にワンタッチ出来たぞ!
ギリギリだったけど。
「しかし、まさか3人とは……」
『本当だ。これは想定外だっだ』
僕と、遠藤、辻村の3人を残して、時間は堰き止められた。
どういう訳か、最後に触った僕だけじゃなく、砂時計に触れた3人ともが〝使用者認定〟されちゃってるじゃないか。
ドッジボールかよ、まったく!
「何だ? 織田っち、なに固まっちまってるんだよ!」
「ちょ? 急に動かなくなったし! 彩歌っち?」
織田さんも彩歌も、ピクリとも動かない。
遠藤たちが揃ってわめき続けているので、ちょっと分かりにくいけど、周囲の音や気配も無くなってしまった。
「二人とも、落ち着いて。時間が止まっているだけだから」
遠藤と辻村は、途端に青ざめる。
「時間が?! 何でだよ!」
「〝止まってるだけ〟って一大事じゃね?!」
そうだな。普通なら確かに一大事だ。
……だが僕には、時神にもらった〝定期時券〟がある。
これがあれば……あれ?
『タツヤ、どうした?』
この感じ……時間の流れが見えない?
「何だこれ? 時間の流れを止められたんじゃなくて、全く流れていない?!」
普段、見えるはずの時間の流れが〝川〟なら、今の状況は〝水槽〟だ。
流れていく先も、流れてくる元も無い……ここが行き止まり?
「ボウズ、何言ってんだ?」
「……って、アンタがそんな顔するなんて、結構やべーの?」
僕、そんなヤバそうな顔してたか?
……してるんだろうな、きっと。
この状況は、相当にヤバい。
『時間を堰き止められたのでは無いのか、タツヤ?』
時間を堰き止めた?
いや違う。どちらかというと、用意された〝虫かご〟の中に放り込まれた感じだ。
死ぬまで絶対に出られない、特製の〝虫かご〟に。
『…………そうか。作られた〝時間が止まった場所〟に居るんだね?』
さすがブルー。それでまず間違いない。
危ない危ない。〝定期時券〟が無ければ、気付かないところだった。
これは〝時間停止〟じゃなくて〝複製〟だ。
『なるほど。それは面白い。だが、少し厄介だ』
ああ、これは厄介だぞ。
……僕は誤解していた。
〝砂抜きされた砂時計〟が、ただ単に、使用者以外の時間を止めるだけのものだと勘違いしていたんだ。
「お、おい、ボウズ! 結局、どうなってるんだ?」
あー、そうだな。説明しよう。
「僕たちは〝砂抜きされた砂時計〟によって用意された〝時間の牢獄〟に囚われたんだ」
「じ、〝時間の牢獄〟?!」
「囚われたって、どういう事なのさ? ワケ分かんねぇし!」
そうだよな。僕だって、仕組みはよく分からない。
実際〝魔界の道具〟ってだけで、何でもアリなのはズルいと思うよ。
「ここが〝牢獄〟って……ボウズ、何とかなるんだよな? 出られるんだよな?」
そこが問題なんだ。
「僕の予想が正しければ〝使用者が死ぬ〟まで、ここから出ることは出来ないと思う」
「そ、そんなぁ!」
「マジで?! ヤベぇし! どうするの?!」
ここは、現実の時間から切り抜かれた〝偽物の世界〟だ。
現実世界が〝動画〟だとしたら、この場所は〝写真〟のように、一枚だけの空間。
「この場所に移動させられた〝砂時計の使用者〟は、死ねば元の世界に戻される」
だから、この世界の物を壊しても、停止している生物を殺しても、現実世界には何の影響もない。
怪獣が東京タワーを壊しても、実物には何の影響もないのと同じだ。
『時神の休日とは、似て非なるものだね』
そうだな。この砂時計は、世界の時間を停止させているわけじゃなかった。
「外の時間と隔絶されている上に、その境界に触れられないんだから、元の世界に戻る事は出来ない」
……普通はね?
「ま、マジかよ? どうすんだよ!」
「ウソでしょ? ワケわかんねーし!」
……ふぅ。元はといえば、お前らが勝手に砂時計をイジったからなんだぞ?
その上、僕だけが〝使用者〟になると思ったんだけど、余計な2人もついてきちゃったか。
でもまあ、同行出来て良かった。たぶんこの世界、いくら僕でも、外から干渉するのは不可能だからね。
『つまり〝砂抜きされた砂時計〟は、時間を操作する道具ではなく、時間の進まない世界を作り出して、使用者を閉じ込める道具だったのか』
そういう事。スゴいとは思うけど、彩歌の時券としては使えないな。こりゃ完全にジャンル違いだ。
「どうするんだよ! 俺たちこのまま、死ぬまでここに居なきゃならないのか?」
「ヤだし! まだやりたい事いっぱいあるのに!」
パニック状態になる2人。
僕だってイヤだよ。お前らは〝死んだら〟出られるかも知れないけど、僕は不老だぞ?
……とか言ってても仕方ない。とりあえず、2人を落ち着かせよう。
「まあまあ、落ち着いて。大丈夫だから」
2人とも、急に大人しくなり、キョトンとこちらを見る。
あれ? そんな素直に落ち着かれると不安になるな……
『きっと信頼しているんだ。2人とも、キミの力をすぐ側で目の当たりにして来たんだから』
……そっか。じゃあ、信頼に答えないとな。
さっき僕が言った〝外から干渉できない〟っていうのは〝中から干渉できるかもしれない〟って事だ。
この世界がどこまで巨大な〝コピー〟なのかは分からないけど、試してみるか。
「ブルー。この〝複製世界〟の〝広さ〟って、分かるか?」
『いや、時間が止まっている上に、ここは狭すぎる。せめて地表までが、扉のない真っ直ぐな通路なら、測れたかも知れないが……』
なるほどね。それじゃ……
「2人とも、目を閉じて、思い切り耳を塞いで?」
耳は、鼓膜を守るため。
目は……精神的なアレを守るためだ。見ないほうがいい。
「わ、分かった!」
「助かるなら何でもするし!」
よし。それじゃ、どデカいのを打ち上げてやろう。
ノームの使っていた魔法に、すっごいアレンジを加える。
圧縮した岩を、更に力いっぱい圧縮。
「うぉおおお! もっと! もっとだ!」
『素晴らしいねタツヤ。恐るべき硬度と質量だ』
で、先端をドリルの形に尖らせて、それを、いくつも縦に並べる、と。
よし、できた! 全部、超高速回転!
「何だ、これ何の音だよ?」
甲高い音が響く。
これは〝ドリル圧縮岩弾〟の回転音だよ。
「いいから、ちゃんと耳を塞いでてね!」
で、念のために、二人はこれで防御、と。
正月に買った〝折り畳み傘〟をバックパックから取り出して〝接触弱体〟を掛ける。
これを差していれば、隕石が降っても大丈夫だろう。
『タツヤ、それは隕石のサイズによるぞ?』
『いやいや。ノリと勢いだよブルー。少なくともこの傘、地球と同じ強度だから』
傘を広げて二人をガード。
これで準備は整った。
『なるほど、そういう事か。いいね!』
「いいだろ? ……よし、発射!」
唸りをあげて、真上に放たれた〝ドリル圧縮岩弾〟は、轟音と共に、硬い天井を〝砂遊び〟のように削っていく。
「うぎゃああああ?! 何だ? 何してんだボウズ!」
「ヒィィィィ! 揺れてるしっ! 地面がゆれるぅぅぅ?!」
轟音に紛れて、遠藤と辻村の叫び声が響いている。
大丈夫だから! 落ちてきた岩は傘が全部弾いてくれてるよ。
>>>
天井には、巨大な穴が空いていた。
はるか遠くに見える光は、地上の明かりだろう。
「えー? たった3発で貫通って! 意外と歯ごたえ無かったなあ」
『……タツヤ。キミの〝使役:土〟は、とんでもない威力だね』
いやいや、天井が柔らかかったんじゃないか?
「ブルー、これで〝地表まで扉のない真っ直ぐな通路〟が出来たぞ」
『そうだね。早速、この空間の広さを測ってみよう。少し待って欲しい』
僕は傘を閉じて、二人にジェスチャーで〝もう大丈夫〟と伝えた。
「お前、何したんだ? 今のバカでけぇ音は何だったんだよ!」
「すっごい揺れてたし! あり得ねぇし!」
……これは、説明しない方がいいか。
ブルー、どうだ?
『タツヤ。残念だがこの〝複製された空間〟は、とてつもなく広いようだ。私の測定できる範囲を遥かに超えている』
そうか。それじゃあ、時間が掛かるかも知れないな。
「でも、なんとかこの空間の端まで行かないと……」
『いや、それは出来ない』
結構、歩かなきゃかもなあ。
……え? 何だって?
「出来ないって! どういう事だ、ブルー?」
『私は、単純な〝三次元空間〟の距離なら、ほぼ〝太陽〟から〝木星〟ぐらいまでを測ることが可能だ』
おいおいおい!
太陽から、水、金、地、火、木……
それってどれくらいの距離だよ?!
『約〝5天文単位〟だ。メートル法だと、ゼロを数えるだけでも大変だね』




